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第9話 「澤井利哉」

カラン コロン……


 俺は万感の思いを込めて今! 十面ダイス(サイコロ)を振った。


0(ゼロ)


「ヨッシャァァァ───!! これで次のダイスで、1~9が出ればクリティカルだぁぁ!!」


 今度はダイスを額に当てて祈り、気合いを入れて振る。


コロコロコロ 0(ゼロ)


「え?! ……0(ゼロ)…………00(ゼロゼロ)? うわぁぁぁぁぁ~~~ファンブったぁぁぁ───!!」


 俺は頭を抱えて苦悩した。00(ゼロゼロ)=ファンブルとは完全失敗だからだ! サークル員達の目の前で転がり回った。



 今俺たちは、月一回の会合を俺の部屋で開き、仲間達とTRPG(テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム)を楽しんでる。


 ダイニングキッチンに、この会合の為に用意した六人用の折れ脚座卓テーブルを置いて座布団を敷き、俺は窓辺を背にして(くつろ)ぐ。

 俺の目の前にはGM(ゲームマスター)という。今やっているホラーゲームのシナリオ・演出を行い。更に、NPC(ノン・プレーヤー・キャラ)・敵などを駆使して俺たちプレーヤーを楽しませてる、男が座っている。

 そして、俺の右隣にはGMの妹で、このサークルの会長を務めている女子高生が座り。

 更に俺の左隣には、内のサークル最年少の中学二年女子が座っていた。


 メンバーは後二人程居るのだが、今回は欠席。そして、現在『クトゥルフの叫び!』と言うゲームをプレイ中だ。

 このゲームを簡単に説明すると、アメリカの人気SFホラー小説を元にした物で、怪物と戦うのではなく、怪物に恐怖するというテーマを真正面から扱ったゲームである。

 要するに、怪物が現れたら戦わないで悲鳴を上げて逃げろというゲームだ。……まあ、人間と大差ない大きさの怪物なら戦いもするが──クトゥルフのような旧世界の魔王が現れたら、そりゃ速攻で逃げる!


 俺のキャラクターは探偵で、今二人の仲間と一緒に古い洋館に来ている。そして、錆び付いたドアの鍵を開けるのに、ピッキング(鍵開け)に挑戦したところだ。

 

 結果──ファンブル。


 つまり、鍵開けに完全失敗してしまった。他のプレーヤー達からは罵られ、GMは腹を抱えて笑っている。

 そして、中学二年のキャラクターが、ピッキングに成功してドアを開けた。しかも、このやろうは俺に向かってブイサインを出してる。──ちくしょぉ!


 GMが話を展開させると、ドアの中からはゾンビが出てきて、戦闘に突入した……。



 ゾンビとの戦闘……



 ゾンビとの……



 ゾンビ?



 何だろう。凄く生々しい恐怖が俺を包み込む。体が震えだし、額からは大量の冷や汗が流れ出てきた。

 俺は両手で自分の両肩を掴み、無理矢理落ち着かせようとするが、更に酷くなる。そして、左腕が赤く染まり、今まで味わった事のない激痛が襲った。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 仲間達は心配して声を掛けてくるが、仲間達の輪郭がぼやけ、徐々に存在が希薄になっていった。

 

 そして……俺の存在も希薄になって……消えていった……。



◇◇◇



 青白い光りを瞼の上から感じる。


『****、**』


 誰かの声が俺の鼓膜を叩いてくる。

 相手を確認しようと目を開けるが──瞼が開かない?

 俺は目の筋肉に思いっきり力を入れて、重く圧し掛かった瞼を無理やりこじ開けようと試みた──が、駄目だった。


 仕方無いので、指で無理やりこじ開けようとする。

 だが、瞼に持っていった指が宙を切った? ……瞼が無い! いや、それ以前に顔が無い!!

 俺は慌てて他の体の部分に触れた。…………?!


 愕然とした。俺の体はそこに存在して無かったのだ。


 そして、徐々に記憶が思い出される…………。


『ああ……そうか……ひょっとして……死んだのか?』

『******……』


 さっきのサークル員達との顛末は……いわゆる走馬燈と言うやつなのか? と、思ったが──どちらかと言うと悪夢だな。



 周りの状況を把握してみる。……俺は青白い光りに包まれた優しい空間に漂っていた。



 死んだ(?)事については感慨沸かない。まだ、実感が無いからと言う事もあるが……まあ、ある意味俺の悪い癖だな。直ぐ状況に順応しようとする。

 今はまだ未練が沸かない……と、言う事もある。


 それよりも、ちょっと誇らしいという気持ちの方が強い。人の為に命を投げ出す事が出来たのだから。

 俺の人生でここまで誰かの為に、一生懸命になった事があっただろうか? ……まあ、好きと言ってくれた女の子に、格好付けたいという男心が多分に有った事は否めないが……。


 俺は基本的には自己中な男だ。どんな事にも先ず自分を優先させる。……それは俺が弱い人間だから、人に傷つけられるのも自分で傷つくのも嫌だから。

 だから、今まで他人と深く付き合おうとしなかった。……人が何人俺から離れても、未練なんて無かった。


 そんな俺の意識が変わる切っ掛けとなったのが、内のTRPGサークル“幻 -GEN-”だ。


 入ったのはホントに軽い気持ちだった。コンピューターゲームに飽きていた俺は、ただ単に刺激が欲しくて参加しただけだった。

 たいした面白みを感じなければ、一回だけ参加して次からは無視しようと決め込んでいた。


 だが、そこには今まで俺が感じた事のない刺激があった!


 コンピューターRPGでの同じ事の繰り返しの住民の会話が、ここでは臨機応変に対応する。俺のキャラクターが伸び伸びとゲーム世界を駆け回っていく。……何て自由な世界!

 すっかり俺は填ってしまった。

 それに填ったのはゲームだけでは無い。“幻 -GEN-”というサークルが、俺にとって何とも居心地のいい場所になっていたのだ。


 メンバー全員俺より年下だが、全員が俺を呼び捨てで呼ぶ。これはサークルの方針なのだとか。……要するに立場を対等にして、言いたい事を言い合える仲間作りをしたいという事らしい。

 俺は年下に呼び捨てにされるのも、女子を下の名前で呼ぶのも抵抗があったが、その事が俺の意識改革に繋がった。


 サークルの連中に、俺が今まで受けた事のない扱いをされた。横柄な態度で接したり、俺をパシリに使ったり……まあ、普通なら頭に来るのだが、見た目が悪くない女の子なもので、つい態度を許してしまう。……男とは情けない生き物だ。

 やがて、家族でも沸いた事がないような気持ちに支配されていった……面映ゆい。

 更に、こいつらと何時までも一緒に居たいと思うようになっていた。


『そう言えば、あいつらは無事なんだろうか……?』

『**、*******、***』


 取り敢えずここが天国なのか地獄なのかは分からないが? さっきから言葉を掛けてくる奴に、話し掛ける事にする。


『なあ、ここは天国でいいのか? ……納得してる訳ではないが、状況を考えたら……俺、生きて無いもんな』

『****! ****、****』

『あの時の痛みを思い出せないのが……唯一の救いだな……』

『**、*****、*******』

『舞名の奴……出来れば逃げて欲しいが……どうなってんだろうな?』


 俺がそう思った瞬間! 目の前に舞名が戦っている姿が浮かび上がった。

 前鬼が激しく鹿を殴打している。


『はぁ~ やっぱりこうなったか……逃げればいいのに……ほんと、俺なんかの何処が良いんだ? ……あいつ』

『****! ****、****』

『あのよ! さっきから会話が成り立っているように見えるが……お前の言ってる事、全く分かんねえぞ!』


 ここではっきり声の主に突っ込みを入れた。

 

『****! ****、****』

『いや、まてまて、何を言ってるのか分からん? ……言いたい事が有るのならちゃんと言え……後、姿とか見せれないのか?』


 突然、目の前で強い光りが輝きだし、人の姿を形作った。

 黒く長い髪の俺よりも年上っぽい清艶(せいえん)な女性で、ユーカラ(しき)と呼ばれるアイヌの伝統模様で編み込まれた、美しい着物を羽織っている。実に雅だ。


『ちゃんと会話出来るか?』

『……はい』


 ようやくまともに会話が出来そうだ──と、思ったが彼女の雰囲気に何処か見覚えがある?

 考えた瞬間、一つだけ思い当たった。


『お前……マギア・アルボーか?』

『……そうです』


 やはり! ……彼女から感じたものは、俺が最初に見た時のマギア・アルボーのイメージそのままだった。


『何と言うか……それが、お前の本当の姿なのか? 俺があんたに抱いたイメージそのままだな!?』

『いえ……わたくしの本来の姿は木の方です、この姿は貴方が作り出した物です』

『え?! ……俺が作り出した?』

『はい、我々は思考ある生命体の思いに強く享受(きょうじゅ)されます』

『……何と言うか? 言ってる事よく分かんねぇけど……一つだけ聞いていい? ……俺って死んだの?』

『……そうです』


(うわ~ やっぱり死んでたんだ……密かに夢を見てると言う事を期待したのだが……。ハア~)


『そう言えば、俺に何を話し掛けてたの……さっき?』

『一番最初は、私の中に貴方がいる事が不思議でしたので、名前を呼び掛けました。その後は、貴方の問いに答えていました』

『ちょっと待て!? ……ここって、お前の中なのかよ?』

『そうです』

『何で俺! そんなとこに居るんだ?』

『分かりません。……私の同胞も不思議がっています』

『同胞って……あんたら繋がってたりするの?』

『はい。我々は個にして全。全ての意志を共有しています』

『……一つだけ基本的な事聞いていい? ……あんた達“マギア・アルボー”て何なの?』

『我々は、思考ある生命体──ここでは分かり易く、人と言い換えましょう。人の思いを享受して、大地の記憶を具現化する木です』

『ここではって……まるで、この世界の物じゃないみたいだな?』

『はい、我々はこことは別の世界から連れて来られました』


(別の世界から連れて来られた? て、事は……こいつも俺と一緒なのかよ? ……そして、連れてきた本人は……)


『ワールド・マスターにか?』

『分かりません。……ですが、多分そうなのでしょうね!?』


(こいつから、ワールド・マスターの情報を聞き出すのは無理か……この分じゃ、何も知らないのだろうな……?)


『じゃあ、魔法は? 魔法はどういう仕組みで発動しているんだ?』

『それも分かりません……我々も、わたくし共から放出したマナで、このような事象を起こせる事を初めて知りました』


(それじゃ、これらのシステムを作り上げたのが、ワールド・マスターという事に……)


『さっきから随分と俺の問いに、素直に答えるじゃねえか?』


 これは俺の一番嫌なところだ。どうしても相手の親切を疑って掛かる。……直したいのだが、そう思った時には何時も口付いた後なのだ。

 だが彼女(?)は、俺の嫌みも気にせず、実に素直に受け答えてくれた。


『はい、貴方は私の契約者。……この地での、たった一人の友ですから』

『え?! ……えと……その……どうも……』


 顔があったら、間違いなく真っ赤だっただろう。何とも直球な答えに、俺の方がたじろいでしまった。


 友か……正直、凄く嬉しい。俺の事を正面向かってそう言った奴は、こいつで二人目だから。……疑って悪かったな。



『なあ……俺って、生き返る事は出来ないのか?』

『分かりません……何しろ、人の生死に深く関わったのは、これが初めてですから……でも、多分無理だと思います』

『そうか……』


 あわや少し期待しての事だったが、そう旨くはいかないらしい。

 目の前の画面では、舞名が俺に見せてくれた混成魔法を使って、鹿に止めを刺していた。


『舞名……勝ったじゃねえか! これで、俺の心配は一つ減ったな』

『残念ですが、倒せてません……()の物を倒すのは不可能です』

『ちょっと待て! え?……だって、吹き飛んだろ!?』

『彼の物の名は“ユッコルカムイ”……この地に古くから伝承されている、アイヌの霊獣です。……霊獣や精霊は大地のエネルギーそのもので構成されていますから、大地と切り離さない限り存在を消滅させる事は出来ません』

『な!? ……ず、随分詳しいな……』

『はい、わたくしが作りましたので』

『…………!』


 予想外の答えに思考が麻痺した。

 こいつが作った? 俺を殺し、舞名を苦しめているこの鹿を! ……心の奥底から沸々と怒りが込み上がってきた。


『ふざけるなぁぁぁぁ!! お前が作っただとぉぉ……彼奴(あいつ)を?! 何の為にそんな事をしたぁぁぁぁ────!!』


 心が震える叫びだった。彼女は俯き申し訳なさそうに答える。


『わたくしも、作りたくて作っているわけではありません。……人が望んだからこそ、わたくしが作り上げたのです』


(人が望んだ? つまり、俺たちがあの鹿を望んだと言うのか? 馬鹿馬鹿しい)


『俺たちが望むわけないだろ……あんな奴!』

『あなた方では有りません。約十万人以上の、この地に住まう民方です』

『な? ……ど、どういうことなんだ?』

『先程、わたくし共は人の思いを享受して、大地の記憶を具現化する木と説明しました。……分かりやすく言うと、人は死んだら土に還ります。その時に、人の脳の記憶が大地に染み込みます。ですが、大地のエナジーが染み込んだ記憶を掻き消してしまいますので意味は有りません──が、例外が起こります。それは、何千何万人という人の記憶の中に同一の物があった場合です。その場合は掻き消される事なく大地に残ります。その残っている記憶というのが……』

『宗教や神話や伝承って訳だ』

『はい……』


(成る程な、多くの人が共有する確かな記憶はそれしか無い物な……だけど、この国の葬儀は火葬だぞ!? ……大地に記憶が残るとは思えんが? それに、海外なら宗教の力は凄いが、この国のこの時代では考えられないのだが?!)


『この国の火葬では、大地に記憶が残るとは思えんのだが?』

『今は火葬が主流ですが、遥か昔の神話や妖怪を信じていた時代は土葬でした』

『あ!? ……成る程』


(要するに、現代ではなく遥か遠い過去の記憶が、未だに存在している訳だ……)


『そして我々は、人の思いの力で、大地の記憶を具現化します』

『そこがよく解らん? ……人の思いの力って──人はあんな怪物を作りたいなんて普通思わんだろ! ……それとも、誰か個人でそう思ってる奴でもいるのか?』

『個人の思いの力だけでは具現化しません。大地の時以上の──何十万人の思いが一つにならないと無理です』

『だろ! ……根本的に無理だろ、自国にしっかりとした宗派でもあれば、その神に縋り、全員が同じ奇跡を望む事が有るかも知れないが? この国みたいな宗教が乱立した所で全員が同じ事を望むなんて……特に、こんな地方都市なら尚更だろ!』

『確かに、奇跡を望む思いは千差万別です。ですが、極簡単に人が思いを共有する事象があります』


 その言葉を聞き、凄く嫌な事が()ぎった。でも、確かめずにはいられない。俺はその先を問う。


『それは……?』

『それは恐怖です。……そして、我々の数が増えれば増えるほど、大地の記憶をより強力に具現化します』


 やっぱり、思った通りの答えだった。

 確かに納得はいく。人が恐怖する心は一律だから……つまり、人の強い恐怖心が恐怖の対象である化け物を生み出しているという事だ。

 更に、こいつらの数が増えれば増えるほど、より凶悪な化け物が生まれるらしい……そして、現実恐怖の対象となっているのが……ゾンビ共だろう。

 では、ゾンビ共もこいつらが作り出したのか? それだと、色々と疑問が残るのだが……?


『なあ……ゾンビ共もお前らが作り出したのか?』

『いえ、我々はゾンビがいる世界に連れて来られたのです……』

『……ひょっとして、ゾンビを退治する為に──魔法を生み出す為にお前は連れて来られたのか?』

『分かりません……ですが、そう考えるのが自然なような気がします』


 つまり何だ? ワールド・マスターはゾンビを駆除したくて、俺や舞名やこいつら──マギア・アルボーを連れてきたって事か?

 ここは俺が住んでいた現実世界と変わらない、舞名にとってもそうだろう。彼女の両親がこの世界に居るんだからな。いわゆるここは、平行世界──パラレルワールドって奴だろう。

 そして現実ではなくても、知人や家族がいるとなれば、そいつらを守りたくなる。俺だってそうだ、サークルの連中や両親の事が何よりも心配だ。自分がゾンビを倒せる力を持っているのなら当然助けるさ。

 

 そしてゾンビを倒す為には、こいつらの生み出すマナが必要だ。それがないと魔法が使えないからな。そしてマナには使える範囲がある。それを補う為に更に多くのマギア・アルボーを植えなくてはならない。そして、マギア・アルボーを多く植えれば植える程、凶悪な化け物共が生まれると言うわけだ……ハハ、何とも良く出来たシステムだこと、ゲーム会社に企画を持って行ったら即採用されそうだな……全く……。


 心底呆れかえっている俺に、舞名の悲痛な叫びが飛び込んできた。

 俺の胸に縋り、号泣しながらひたすら俺に謝っている。その姿はあまりにも弱々しく儚げだ。……自分こそ誰かに助けて欲しいだろうに……。


 俺の中の何かが暴れ出し始めた。


『なあ、やっぱり生き返るのは無理なのか? どうしても無理なのか?!』


 俺は今まで駄目だと言われた事を聞き返した事がない。無駄だと分かっているからだ。だが、生まれて初めて抗った。


『わたくしには分かりません……先程も申したように、人の生死に深く関わったのは、これが初めてですから……』


 だが、どうしても諦められない。目の前で泣くあいつを見てるだけで、張り裂けそうになる。


『……俺は、あいつを助けたい』

『なら、奇跡を信じてみますか? ……ここは、人の思いを具現化することの出来る、マギア・アルボーの中なのですから……それに……わたくしも、あのお嬢さんが好きです』


 彼女が初めて俺に笑顔を見せてくれた。


『そういう顔も出来るんだな……』

『はい、わたくしの心はあなた方と変わりませんから』


 何とも、生意気な事を言う。


 俺は気持ちを集中して、ひたすら強く願った。……あいつの──舞名の下に帰りたいと……強く……。



◇◇◇



 俺の目の前で舞名が泣いている。側にはマギア・アルボーが青白い光りを放っていた。

 帰って来れたんだ……そして舞名を見て言い放つ。


(かたき)なんか取らなくて()いのに……」


 俺の言葉に反応して、舞名が勢いよく顔を上げ、俺の顔を見つめた。涙と鼻水のどろどろの顔で……さっきまでは抱きしめてやりたい衝動に駆られたが……一気に気が失せる。

 瞬間、舞名の顔が崩れ、再び瞳から大粒の涙を流した。


「澤井さん! ……澤井さん! ……澤井さん……澤井さん。澤井さん。澤井さん。澤井さぁぁぁぁ──ん!!」


 俺の胸に崩れ落ちて、何度も名前を呼びながら泣きじゃくる。


「……何で逃げなかったんだ?」

「……そんなん……逃げれる訳ないやん……すっごい腹が立ったんやもん!……もう、腹が立って、悲しくて、悔しくて……どうしょうも無かったんやもん!!」


 舞名は顔を上げて、両手で涙を擦りながら答える。

 抱きしめたいような、苛めたいような不思議な気持ちが駆け巡った。俺はこいつの頬に右手を当てて──親指を口の中に入れて引っ張ってやった。


「あにをふるんれふか?」(何をするんですか?)

「お前が逃げてないから……俺が逃げれないじゃないか?」


 我ながら、もの凄く理不尽な事を言ってると思う。……だが、俺の衝動は止まらない。もう片方の親指を、舞名の口の中に入れて左右両方を引っ張った。


「ひはいれふはわいはん!」(痛いです澤井さん!)


 そして指を抜き、右手で頭を軽く叩いてやる。……何とも面映ゆい。

 つい視線をそらし、頬を指で掻きながら呟いた。


「ありがとな……。」


 舞名は両頬を(さす)りながら、怪訝な眼差しを向けた。

 俺は改めて辺りを見回した。道路向かいの大家の家は倒壊しているし、所々の家々は火事の後が見える。


「全く、何してくれるんだ、お前は! 俺の町内がメチャクチャじゃないか!?」

「え?! ……澤井さん……何で知って……」


 その時、倒壊した大家の家から、轟音と共に瓦礫と粉塵が巻き起こった!

 前鬼がユッコルカムイに吹き飛ばされたのだ。

 ユッコルカムイは荒い息を吐き、空に激しく嘶いた。


「先に、あいつをどうにかしないとな!」


 そう言って体を起こす──だが、魂が体から離れていたせいなのか、旨く立てない。俺は胸を押さえてふらつきながら立ち上がった。


「ダメや澤井さん! そんなん体で何する気や! ……うちが……うちがもう一度がんばるから……そんなん止めてぇぇ!!」


 舞名が瞳に涙を潤ませて訴えてくる。……何処まで純粋な奴なんだこいつは、ほんとこいつの前では意地を張りたくなる。

 俺は舞名の頭に手を置き……


「ここからは、俺のターンだ! 格好付けさせろ!」


 と、口元を緩ませて言ってやった。……もう、後には引けない。こうなったら意地でも男を突き通す。

 しかし、現実問題として、全く対策が思い浮かばない。そもそも、魔法をちゃんと使えない俺に何ができるのだろう?

 冷静に考え直してみる。……魔法は使えたんだよな、現に武田君が仲間になっているのだから……じゃあ、武田君の時との違いって何だ?


 瞬間! ある閃きが頭を()ぎった。


 多分間違いないだろう。俺は自分の閃きに自信を持ち舞名に協力を求めた。


「舞名! 俺に力を貸してくれ」


 このことを実行する為には、舞名の協力が不可欠だ。ユッコルカムイの突進を防いだ後鬼の楯の力が。


「狡い人や……そないな事言われたら……断れへんやん」


 狡い人? ……相変わらず、斜め上から言葉が返ってくる。だが、協力はしてくれるようだ。


「どうするんですか? ……あの──鹿は、前鬼くんの最強の攻撃でもダメだたんですよ?」

「あぁ……そうだったな! でも、あれは生物じゃないからしかたねえよ……。」

「え?! 何で知ってるんですか? そして、あの鹿は何なん?」

「それは、追々話してやるよ! ……後、あの鹿はこの土地の霊獣だ!」

「……れーじゅー?」

「あぁ! “ユッコルカムイ”だ!」

「ゆっこ? ……かむい?」

「アイヌの霊獣だよ!」

「……あいぬ?」


 多分、よく分かってないのだろう……こいつの表情を見れば解る。

 まあ、今は分からなくてもいい。取り敢えず作戦を指示した。


「俺がユッコルカムイに突っ込むから、あの小さい楯であいつの突進を防いでくれ」

「な!? 何言ってるんや! そんなんあかん! 失敗したらどないすんや! ……あかん、絶対あかん!」


 全力で反対された。しかし、俺にはこの方法しか思いつかない。


「頼む、舞名! お前を信じているから」


 真剣な眼差しで、舞名に訴える。


「分かった……うちが澤井さんの事、全力で護る!」


 思わず顔が綻ぶ。


「サンキュー! なら、俺の足掻きをしっかり見せてやるよ!」


 ユッコルカムイに向き直り、睨み付けた。

 だが、いざ対峙すると、足下から震え出す。俺は両腕を互いの腕で掴み、押さえ付けた。

 相変わらず、情けねえ。舞名はずっと一人でこいつと()り合っていたと言うのに……ほんと情けねえ。

 俺は何もかも吹き飛ばす勢いで、心の奥底から叫んだ!


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ────!!」


 声が空気に振動して、辺り一面に響き渡る。


「よっしゃぁぁぁ!!」


 俺は掛け声と共に走り出した。それに呼応するかのように、ユッコルカムイも俺に向かって駆けだす。


「後鬼くん! 花方壁(かほうへき)やぁ!」


 舞名の呪文を叫ぶ声が聞こえた。


 ユッコルカムイとの接触の瞬間! 激しい衝突音が鳴り響き、俺たちを中心に辺りに衝撃波が巻き起こった。

 粉塵が舞、周りの景色が見えなくなった。……尖角(せんかく)な前角が、後数センチで胸に届くというところで止まっている。

 そして、角と俺の胸の間には、円形の光りの盾が目映(まばゆ)い程の光りを放っていた。


「澤井さぁぁぁぁぁ───ん!!」


 粉塵の向こうから舞名の声が聞こえる。


「澤井さん! 澤井さぁぁぁぁ────ん!!」


 多分、俺を心配しての事だろう。


「あいよ!」


 ユッコルカムイを見据えながら、素っ気なく返事を返した。

 それと同時に粉塵が晴れる。

 奴は前に進もうと足掻いてるが、舞名の楯はビクともしなかった。……何と言うかほんとに凄い。


「舞名……サンキュー」


 舞名に礼を言い。ユッコルカムイを正面から睨み付ける。

 挑発的な笑みを浮かべ、右手で足掻いている奴の角を掴んだ!

 右手に意識を集中して、奴の目を見て言い放ってやる。


「やっと分かったんだぜ、何故ダメだったのか? ……この魔法は、臆病者は使えないんだ! ……自分が安全な場所に居て、遠方から放ったって意味が無かったんだ! 何故なら……こうやってガチに向き合い、相手に接触して初めて発動するんだから……」


 俺の右手の付け根から、言霊が描かれた光りが螺旋状に浮かび上がり、指の一本一本にまで達して、青白い光りが放出された。


「ブレーンウォッシング!」


 ユッコルカムイは微弱な光りを発して、体を小刻みに震わせた。そして、後方に下がり頭を左右に振って嘶いた。

 俺は安堵の息を吐き、心配そうに見ている舞名に声を掛ける。


「もう、大丈夫だぞ」


 俺はその場に座り込み。メニューを開いて、使役者の項目を開いた。


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◆使役者◆


種族 :霊獣 【ユッコルカムイ】

年齢 : -

生息地 : 日本国北海道全域


LV 3

力 890

耐久 340

魔力 490

精神力 490


種族解説 : ユッコルカムイとはアイヌ伝承における鹿の霊獣である。霊獣や精霊は大地のエネルギーそのもので構成されている為、大地と切り離さない限り存在を消滅させる事は出来ない。

特殊能力 : 自らの力を何倍にも高め、爆発的な加速で相手を攻撃する。肉体を量子分解したり再構成したりする。

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 マギア・アルボーの言った通りだった。……俺はこれからの事を、只漠然と思い(ふけ)った。


「霊獣ってそういう存在だったんですね? ……だから、倒せなかったんだ」


 突然背後から声が聞こえる。振り向くと、舞名が肩口から覗き込んでいた。


「わっ! お前はどうしていつも勝手に覗いているんだよ!」


 俺は慌ててメニューを閉じる。

 別にユッコルカムイの情報位は見せてやっても良かったのだが、マギア・アルボーとの関連を考えていた為、つい慌ててしまった。

 舞名を見ると、頬を膨らませて不満を言ってきた。


「いけずぅ~」


 そんな舞名を無視して、ユッコルカムイに目を遣る。……今まで俺達と、死闘を繰り広げていたとは思えないような愛敬で、俺を見据えている。

 このままここに居させても良いのだが……何となく、舞名の側に長く居させたくないと思い、ユッコルカムイに右手をかざして、ある呪文を思い描いた。


「まあ……色々とあったが、お前も今日から俺の部下だ! ……宜しく頼むな ……取り敢えず今は帰ってくれ」


 ユッコルカムイの足下に、アイヌの文様の魔法陣が浮かび上がった。


「サモンゲート」


 ユッコルカムイは魔法陣の光りに包まれて消えていく。


「へぇ~ 優佳良織(ユーカラしき)文様の魔法陣か」


 さすがアイヌの霊獣だけあって、母体となる魔法陣も、それと関係がある物らしい。


 そして、横で同じくして見ている舞名に、目を遣る。

 きちんとお礼を言いたいと思うのだが、改めようとすると……何か小っ恥ずかしい。

 だから、まともに舞名の顔を見る事が出来ないまま向き直り、人差し指で頬を掻きながら話した。


「そのぅ……何だ?……ま──こ、小鑓(こやり)さん、色々と有り難うな……。」


 ついサークルの癖で、下の名前で呼びそうになったのを堪える。

 さすがにサークルの子達とは違うし、礼を言う時くらいきちんとしたい。……照れくさくて出来てないが。


「え、えと、澤井さん……わ、私の事は、ま、舞名と、下の名前を呼んで欲しいです……。」


 舞名が名字ではなく、名前で呼んで欲しいと言ってきた。……正直、小鑓(こやり)と言う名字はいつ読み方を忘れてもおかしくないので、俺としては有り難い。素直に申し出を受ける。


「あ! そうか、なら、舞名……サンキューな!」


 俺が言葉を発した瞬間、舞名が顔を赤くして倒れ込んだ。


「おい! 舞名! 大丈夫か、しっかりしろ!」


 舞名を抱きかかえて名前を連呼するが、応答が無い。

 今までの疲れが一気に出たのかと心配したが、顔が赤い割には、妙に幸せそうな顔をしている。

 そんな折、周りからゾンビ達の呻き声が聞こえてきた。そして、後鬼の防御魔法で覆われた。

 まあ、これなら問題無いだろうと、舞名をマギア・アルボーの根本に寝かせ、俺はゾンビ達の下に向かった。


(取り敢えず行ってくるよ……今まで有り難うな、舞名)

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