第4話 「小鑓舞名」
太い一本の三つ編みで纏められている、太股まで伸びた黒髪。一応綺麗系だが、あどけなさが残る整った顔。
全体的にスリムだが、私がこの体の主役なのよと、その存在感を主張する胸。
灰色のパーカーに、膝下まである茶色のロングスカート。その内側の細く美麗な足。それを、包み込んでいる黒いストッキング。
そんな地味な格好の女の子が、目の前に立っていた。
彼女と目が合うが、俺は直ぐ顔を背けてしまう。お互い会話が無いまま立ち尽くす。
(くそっ! ……まず、挨拶だよな。……初対面の女子と会話するの苦手だ!?)
俺が行動を起こせないまま戸惑ってると、胸の辺りで手を組み、頬を紅潮させ、瞳を煌めかせて、彼女が口開いた。
「……トキメキます」
「はっ?」
開口一番の彼女の言葉だった。
「トキメくんです!!」
満面に笑みを浮かべた彼女が、飛び込んで来た!
「澤井さん、めっちゃトキメキますぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
胸ぐらを掴まれ、大きく揺れている二つの物体が迫る。
彼女の勢いに押され、後ずさり、脹ら脛がベットの縁に当った。
「お、おいぃ!」
俺は赤面し、バランスを崩してベットに倒れた。 ギシッ!
彼女の腰の感触が、俺の腹部に伝わり、俺から彼女を見上げている。
蛍光灯の陰になって、彼女の表情は見えないが。彼女の胸に、『私がこの体の主役なのだから、私をしっかり見なさい!』と、その存在をアピールされた。
「お、おい。……あ、あんた」
彼女が、強く拳を握りしめた……それを俺のシャツが教えてくれる。
「う……」
「う?」
「うちと……」
「はい?」
「うちと、付き合ってくださ──────────────いぃ!」
唐突すぎて思考が追いつかない。
(な、なに考えてんだこいつ? ……さっき知り合って、今初めてあったんだぞ!? こいつの思考どうなってんだ?!)
そう、思った瞬間。彼女の頭が完全に蛍光灯を覆い、彼女の表情がはっきり見える。
顔を赤くして、訴えかけるように瞳を潤ませていた。
ドクン!
何か、胸の奥から熱い物が込み上げてきて。……急に胸の鼓動が激しくなる。
ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ……
「こ……」
「こ……?!」
俺が口を開くと。期待の眼差しで、彼女が呼応するかのように言葉を被せて来た──俺は一気に言葉を放つ!
「断る!」
◇◇◇
「ほらよ」
ダイニングキッチンに、サークルで使ってる折れ脚座卓テーブルを出して座布団を敷いてやり、そこに座らせる。
炭酸が苦手だというので、サークルで集まった時に買った、賞味期限の怪しいインスタントコーヒーを冷蔵庫から取り出して作り。角砂糖の容器と一緒に彼女の前に置いてやった。
「グス…… グス…… グス……」 チ~ン
ゴミ箱に、使い捨てられたティッシュを山のように積み重ね。……彼女はぐずっていた。
俺は彼女の斜め横に座り、頬杖を付きながらファンタ・グレープ(500ml)を飲んでる。
今までの言動と今の姿(告白した男の前で、恥じらいもなく、平気で鼻をかむ姿)を見て、彼女の思考は、かなり幼いんじゃないかと考察した。
ちなみに俺は、昔から理屈や理論で物を考え判断してるので、幼い思考の持ち主はかなり苦手だったりする。
「どこが……グズッ」 チ~ン
思いっ切り鼻をかみながら、彼女が喋り出す。
「どこが、駄目なんですか?」
「…………」
「私、いつもこうなんです」
「……」
「いつも、振られるんです」
(そりゃ、あんな告白をすれば大抵の男はビビルよな)
「私……素敵な彼と、恋愛したいんです。朝、遅刻しそうになってパンをくわえながら走っていると、偶然通りかかった男子とぶつかり、それが切っ掛けで恋に落ちる。……これって、運命ですよね! 運命の出会いって、最高にトキメキますよね! ……せやから。うち、実践してみたんやけど、ぶつかる人誰一人トキメかなくて。運命を感じる瞬間って──こう心に、ビビッ! て来ますよね! もう、これを逃したら次は無いみたいなぁ!……うち、ビビッて来たの四年ぶりなんですよぉ~」 ひぃぃ~~ん
(だ、駄目だ。……どこからどう突っ込んだらいいか……突っ込みどころが多すぎる! めんどくせぇ~ まじ、めんどくせえ~!)
「あのよぉ……」
鼻をかみながら、俺を見る
「まぁ、何て言うかさ、その……もっと、普通にアピールすれば良いんじゃない?」
「普通って?」
「その……何だ?! ……あんな力押しじゃなくて、もっとこう……ナチュラルに」
「なちゅらるに?!」
「そ、そう……あんた見た目は可愛いんだから、普通にしてたら絶対持てるから……だ……?」
彼女を見ると、頬に両手をついて真っ赤になっていた。
「ど、どうした?」
「かわいい……」
「あぁ?!」
「可愛いって初めて言われたぁ! ……地元の男の人は、うちのこと見ると逃げるし、近づいてきぃへんからぁ」
(お前……ホントに何やったのよ……?!)
「澤井さん、やっぱり凄くトキメキます! ……もっかい、うちのこと考えてくれへん?」
「断る」
「めっちゃ、いけずやぁ~」
「大体……出会って自己紹介もしないで、いきなり告ってくる女をどうやって好きになるんだ!?」
「あかんの?」
「少なくても俺は駄目だ」
「小鑓舞名です、宜しくお願いします」
「今更遅いわぁぁぁぁぁぁ────────!」
「ひゃぁぁぁぁ~~!!」
「大体、そんなことする為に来たんじゃないだろう!」
「えっ?!」
「い、今、本っっっ気で忘れていたろ……」
「あ、えと、」 あは、あはははは~
コーヒーに砂糖を五つ入れながら、明後日の方を見て誤魔化してる……。
「魔法だ、魔法! 魔法の事を教えてくれる為に来たんだろぉぉ!」
「あ!? ……うん、そや、うん、大丈夫、ちゃんと覚えてる……思い出した」
これからこいつに、色々レクチャーして貰うのかと思うと、凄く不安になる。
「で、何だっけ? ……マギア何とかって言ってなかったっけ?」
この女──舞名主導では絶対進まないと確信したので、自分から切り出した。
「あ! ……そう、……そうや、マギア・アルボーや!?」
俺に振られ、ようやく本題を思い出したようだ。
「マギア・アルボーの実はどこですか?」
「え? ……実!?」
「はい」
「えーと、無いけど」
「えぇぇぇ!! ……それじゃ、魔法が使えないですよぉぉ」
困った……。どうやら凄く重要なアイテムらしい。
俺の行動の中に、それらしいヒントが無かったか。……思い出してみる。
(午後四時半頃、ワールドマスターからの招待サイトに文字が浮かんで、そのまま意識が無くなった。午後六時過ぎに目を覚まし、バイト先に電話して……大急ぎで外に出た! ……ん? ちょっと待てよ!? ……その前に何か無かったっけ?)
(ゴッ! ガツン! コロコロコロ……)
「あっ!?」
「ひゃぃ?!」
俺が突然叫んだので、舞名がビックリする。
俺は舞名の使ったティッシュを、ごみ箱から放り出した。
「え?! 突然、何するんですかぁ? えと、それ、私が使ったティッシュですよぉ……ま、まさか、そういう趣味があるんですか? それなら、言ってくれれば」
顔を赤く染め、嬉しそうに恥ずかしがっている。
「ええぃ! アホな勘違いするなぁぁぁ~! 俺がごみ箱を漁っているのはなぁ……ん?」 コリッ
ニヤ……ようやく捜し物が見つかった。
(……あの時捨てたんだよな~いらんって……今度からはなるべく物を大事にするように、心がけるよ)
ごみ箱から手を取り出し、握られた指を開くと、胡桃のような固い殻で覆われた木の実らしきものがあった。
「もしかして、これの事か?」
放り出したティッシュを元に戻し、舞名にそれを見せる。
「あ! そうです。これが、マギア・アルボーの実です」
舞名は、にっこり微笑みながらそう言った。
「で! ……これは何なの?」
俺は、当然である疑問をぶつけた。
「えと、魔力を生み出す元です」
「魔力を生み出す元?」
くぅ~~
俺が聞き返した時、舞名の腹が鳴った。
「え、えと~ お、お腹空きましたね」 エヘヘ……
ふと、時計を見る。
20:23’
これはもう、天命なのかも知れない。
俺は、深く溜息を吐いて舞名に聞く。
「カップ麺で良いか?」
「す、済みません、頂きます」
「うどんと醤油、どっちがいい?」
「じゃ、じゃあ、うどんで」
キッチンの収納棚から、カップ麺の醤油ラーメンとうどんを取り出した。そう言えば、俺も腹が減ったなぁ……と、今更ながら思う。
ポットの中身を確認して、再沸騰させた。よく考えたら昼前に食べてから何も食べてない。
本当なら今頃はバイト中で、終わるのが深夜一時近く。帰りにコンビニなどで弁当を購入して、ネットなどをやりながらそれを食す。そんな平凡で退屈な毎日を繰り返す。……それが俺の日常だった。
俺は左腕の噛まれた辺りを見ながら呟いた。
「もう……戻れないのかな?」
そんな感慨に耽ながら、お湯が沸くのを待った。 コポコポコポコポコポ
「はい、おまちど!」
「あ、有り難うございます……」
「こっちは三分だが、そっちは五分だからな……」
そう言いながら、時計に目を遣った。
「わ、分かりました……」
「で……」
「はい?!」
「話の続き!」
「あ、そうでした、済みません」
慣れてきたとは言え、舞名のペースは非常に疲れる。
「どこまで話を……」
「魔力を生み出す元!」
「そ、そうです、魔力を生み出す元です」
(ほんと、勘弁してくれ……)
「き、きなんです……」
「き? ……気功かなにか?」
「い、いえ、そうではなくて、あの、葉っぱがいっぱい付いてる……」
「あぁ、樹木」
「そう、その木なんです」
「この実を土に植えて、魔力を放出する木を作らなきゃ駄目なんです……」
「気が長い話だな……」
「そんなに長くないですよぉ、普通の木とそんなに変わらない大きさです」
「いや、俺が言ってるのはそう言う事じゃなくて……」
「?!……」
溜息混じりに時計を見ると、三分たってる……。
俺は蓋を開け、面を解し啜った。
「固い……?!」
舞名も同じように啜ってる。
「俺、そっちは五分って……言わなかったけ?」
「……今、思い出しました」
「…………ハァ~」
ほんと疲れる……と、実感しながら、カップ麺を食らい上げた。
◇◇◇
長い時間を掛けて、ようやく舞名から話を全部聞き出した。
俺は要点を纏めて書き写した。
まぁ、これ以上舞名の話を聞かせて、読者様に離れられては困るし。
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◆マギア・アルボー (magia arbor)◆
マギア・アルボーの実を大地に植えると、数秒も掛からず樹木になる。
原理は、実の中の魔力を大地が吸い取り、その場に具現化している。根の中央の深部にアルボー・アニマ (arbor anima) 【根宝】と呼ばれる本体があり、例え幹を破壊されても数日で再生する。
実、自体から魔力を引き出す事が出来るので、実を持っていたら魔法が使えるが、魔法の使った実を大地に植えると、使った魔力の量に比例して樹木になるのにかなり時間が掛かる。もし実の魔力をすべて使ってしまったら、その実は木にはなれない。
木として成長したマギア・アルボーは、大地からエナジーを吸い上げそれを体内でマナ(魔力の元)に変換して大気に放出する。その範囲は直径5㎞高さ10㎞。その範囲内ならば、自由に魔法を使う事が可能だ。又、マギア・アルボーは七日事に一度に五個位の実を実らす。但し、実を付けるマギア・アルボーは最初に植えた一本だけである。マギア・アルボーを沢山作り、魔法の範囲を広げていくのが基本らしい。
最初の木を植える時は、招待者との契約が必要で、木を植えた土地が招待者の管理地となる。但し、最初の木は招待者の現住所以外に植える事は出来ない。
最初の木は起点となり、どんなに離れた場所でも最初の木の場所に瞬間的に戻る事が出来るが、マナが充満してない場所では不可能である。
最初の木からなった実は、自分の管理地以外の場所でも植える事が出来る。植えた木の直径5㎞高さ10㎞が招待者の新たな管理地となる。但し、他の招待者の管理地に木を植える場合は、その土地の管理者の許可が必要である。
最初の木には自分の契約者とそのパーティを癒す力があり、木に長時間寄り添っていると体力・精神力が回復する。
同じ系譜の木同士からは、自由に瞬間移動が出来る。
これ以外にも、まだ色々な特性があるらしいが、現時点では解明されていない。詳しくはヒロコミュ(ヒーローズ コミュニティ)内のマギア・アルボー研究所を参照との事。
◆ステータス◆
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成年男子の平均値
LV 1(メインレベル)
力 150
耐久 150
魔力 100
精神力 100
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成年女子の平均値
LV 1(メインレベル)
力 100
耐久 100
魔力 100
精神力 110
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Lvによって上がるのは魔力だけである。他のパラメーターはスキルでアビリティを取得しないと上げることが出来ない。要するに、持って生まれた肉体の力や精神力は、システムではいじる事が出来ないという事だ。ただ、この魔力以外の能力値は、個人の努力で変動する。肉体を鍛えたり精神鍛錬をしたり怠惰に過ごしたりすることによって上下する。
Lvアップの+能力値は、一律10ずつしか上がらない。
◆アビリティ◆
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ブレーンウォッシング Lv 3 →
ブレーンカース Lv 2 →
ヒール Lv 5 →
ライフウォッチャー →
サモンゲート →
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アビリテイにより作られた物や召喚された物は、例え術者が意識を失っても存在し、術者自信が望むか、術者が死なない限り解除する事は出来ない。
アビリテイのLvアップは、その魔法(技)を使い続ける事によって上がっていく。ある程度Lvが上がると同系列の新しい魔法(技)を生み出す。メインLvは、アビリテイの総合平均値がその値になる。これにはLv表示のないアビリティも含まれる。
上記の俺のアビリテイを例にとって説明すると、レベルの合計が10、アビリティの数が5なので、10÷5=2で、メインレベルが2と言う事になる。そして、能力値の魔力が+10される。このシステムの為アビリテイを増やすとレベルが上がりづらくなり、下手したらメインレベルが下がる事もある。後、魔力∞の俺には関係無いが、アビリティには消費魔力があり使用が制限されている。下記に一般的な雷魔法を用意したのでそれを例にする。
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ライトニング Lv 1 →敵一体に雷攻撃 (消費魔力20)
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通常は上記の魔法のように、消費魔力が設定されている。魔力に呼応しているので、この魔法を使うと魔力の値が20減る。つまり成年男子の平均値でこの魔法を1回使えば、魔力100→魔力80となり、使うほどに減っていく。魔力を回復するには、マギア・アルボーの範囲内で魔法を使用した時間から三時間後に回復する。これは一度に回復するのではなく、回数に比例する。例えば魔法を合計5回使用したとすれば、全回復させるのに3時間x5回で15時間掛かるということになる。つまり、全く同じ値の魔力を消費させる場合、消費魔力20を5回使うより、消費魔力100を1回使う方が魔力の回復が早い。
◆パーティ◆
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招待者
支援者
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招待者の登録方法はパーティ画面を開き、そこに招待者No.を口答で入力する。パーティの最大登録人数は六人で、自由に解除することも出来る。瞬間移動の定義は、まず双方でパーティに登録する必要があり、その土地の管理者が、その場所へ招待するという事でしか瞬間移動は出来ない。
俺はマギア・アルボーと契約していないので、現時点では管理者ではないが、管理者候補の為、舞名を呼ぶ事が出来たらしい。
管理者候補とは、俺みたいにまだ木と契約してない者や、現時点でこの世界に招待されていない招待者の事で、他の招待者から、その候補者の土地を護る為のシステムらしい。
支援者とは、招待者以外の人達の事で、その人達とパーティを組む方法は舞名も知らないらしい。
…………以上。
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「フゥ~」
聞いた事をノートにまとめるのに、もの凄く時間が掛かってしまった。時計を見ると午前零時を回っている。
舞名に声を掛けようと目を遣ると、ベットの上で寝息を立てていた。
「まぁ、仕方無いか……」
俺は今日出かける事を諦め、押し入れの中から予備の毛布を二枚出した。
片方をそっと舞名に掛ける。
だらしなく口を開けている寝顔を見たら、頬がゆるんだ。
「明日は頼むな」
部屋の電気を消して、ダイニングキッチンで毛布に包まる。
ふと玄関の方を見ると、何時の間にか不快音が聞こえなくなっていた。
「悪夢の心配はなさそうだな……」
静寂の中。毛布を掛け直して、瞼を閉じた。