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しっぽのきもち

作者: いさお

 すべてのワンコスキーにささげますw

 尚、タイトルは谷山浩子さんの曲から拝借いたしました。

「行けっ! キヨシロー!」

 俺の号令を聞くや、彼はまるで放たれた矢の様に飛び出した。

 精悍な顔つきの白い秋田犬が、目一杯の力で投げたボールに向かって全力で駆け出す。

「チャコちゃんっ! 負けちゃダメよ!」

 俺の隣では、渡井がやはり愛犬に声をかけている。

 彼女の声援の先では、白地にライトブラウンのウェルシュ・コーギーが綺麗なしっぽをはためかせて一足先に駆け出していた。

 二匹の犬は脇目も振らずに、ボールの落下点へと向かっている。

 先に走り出していたのはコーギーの方だったのだが、やはり体格差には勝てなかったのだろう。後からスタートしたにも関わらず、一足先にジャンプしてボールを取ったのは俺の愛犬、キヨシローの方だった。

 彼は嬉しそうにしっぽを振りながら戻って来ると、咥えたボールを置いてドヤ顔で見つめてくる。

「よーしよしよし。今日もイケてるぞー」

 俺はキヨシローの頭を撫でてあげた。彼は耳をぺったりとたたんで、嬉しそうに目を細めている。

 そしてその隣では、勝負に敗れたチャコちゃんが渡井の前で、申し訳無さそうにしょんぼりとうな垂れていた。実に見事な、ウィナーとルーザーの対比だ。

 そんな彼女を、渡井はなでなでしながら、

「まったく、意味わかんないよねえ。チャコちゃん女の子なのに、キヨ君マジ走りだもんねえ」

 と、まるで慰めるように語り掛けている。

「ふふふ、勝負の世界は非情さ。それに、ちゃんとハンデだってつけてあげたじゃないか」

 愛犬同様のドヤ顔で、彼女達に追い討ちをかける俺。キヨシローも俺にあわせる様にパタパタと、純白のしっぽを振っていた。

「チャコちゃん、瞬発力とすばしっこさには意外と定評があるんだけどなあ」

「コーギーは元々牧童犬だもんねえ。でもやっぱりこの子達の魅力は、この凶悪なまでの可愛らしさだよね。チャコちゃんマジチャコちゃん。ほんと可愛いなあ」

 俺も彼女にならい、チャコちゃんの頭を撫でる。

 ちまっとした可愛らしさと、愛嬌のある動き。そしてすぐに懐くフレンドリーさが売りのコーギーは、秋田犬が持つ凛々しさとか精悍さみたいなものとは、まったく異なる魅力を持っている。

「そうなの。こう、短い足をちょこまか一生懸命動かして走る姿が、なんとも愛しくて」

 親バカ全開のイイ笑顔で、嬉しそうに答える渡井。その足元では、先程の勝負なぞ無かったかの様に二匹の犬が戯れていた。

「うん。それにしても渡井とチャコちゃんは凄いよね。うちのキヨシローとこんなに仲良くなったの、君達が初めてだもん」

 俺のそんな呟きに、名前を呼ばれたチャコちゃんが返事代わりにパタパタとしっぽを振る。

 この、まるでキツネみたいに長くて綺麗なしっぽこそが、俺に渡井と仲良くなるきっかけを作ってくれた。

 そう思うと、ただでさえかわいい彼女がことさら愛しく見えてくるのだった。


 ☆


 一月ほど前の、夕刻。

「あれ、加藤君も犬飼ってたんだ?」

 愛犬と散歩中、やはり犬を連れた女の子に声を掛けられた。

「あ。……ええと、渡井?」

 話しかけて来たのは高校で同じクラスの女子、渡井わたらい はるかだった。一瞬気付かなかったのは、普段の彼女とは随分と違っていたからだ。

 学校での彼女はあまり前に出てくる様なタイプでは無い、はっきり言って目立たない存在。いつも教室の隅っこでぶ厚い本読んでたりポエムとか書いてるようなイメージのおとなしい子で、今までロクに話した事も無かった。

 しかし、そんな彼女もプライベートでは少しばかり様子が違うらしい。セミロングの髪を纏めて、ボーイッシュなパーカーにカーゴパンツという活動的な格好はおそらく犬の散歩仕様なんだろうけれど、普段のおっとりとした雰囲気とはまるで正反対。連れている犬がウェルシュ・コーギーである事を見るに、きっとそれなりに引き回されるんだろう。元々が牧童犬のこの犬は、意外と運動量が多いから。

 その渡井が連れている可愛らしいわんこが嬉しそうにしっぽを振りながら、俺の愛犬キヨシローに歩み寄って来た。ものの本によるとコーギーは社交的で、初対面の人や犬にも平気でじゃれついたりするらしい。

 しかし、今回ばかりは飼い主の俺が言うのもなんだけど相手が悪い。

 あの有名な『忠犬ハチ公』の話でもわかる様に、秋田犬は飼い主にやたらと忠実な反面、頑固であまり協調性が無い。特にうちのキヨシローはその性格が強いみたいで、家族以外の人やよその犬にはまず懐かないアウトローなのである。

「あ、ごめん渡井。うちのキヨシロー、気難しいから知らない人とか他のわんことはあんまり……って、ええっ?」

 俺の言葉に反して、キヨシローはうなったり吠えたりするどころか、相手の鼻先をくんくんと嗅いだ後、ぺろりと舐め上げた。これは相手を受け入れるという、犬独自の行動だ。

 彼等のメインウエポンである、牙。それがある口元を舐めるという事は、『あなたを全面的に信頼しますよ』というサインなのである。

 そして、その後はまるで旧知の友みたいに二匹仲良く、リズミカルにしっぽをパタパタさせながらちょこんと並んで座っていた。

「うわ、すげえ。こんなの初めて見た……」

 そして、そんなキヨシローに更に追い討ちをかける様に、渡井がしゃがんで頭を撫で付ける。

「あは、うちのチャコちゃんと仲良くしてくれてありがとうねー。この子、キヨシロー君ていうの? うん、いい子いい子」

 キヨシローは、そんな彼女の手を嫌がるどころか目を閉じて、黙って撫でられるがままになっていた。

「す、すごいな、渡井。キヨシロー、普段はよその人には絶対に体触らせないんだよ?」

 返礼に彼女の連れているコーギーの頭を撫でながら、渡井に話しかける。

「ああ、秋田犬はそういう子多いみたいね。私は気に入ってもらえたのかな? 嬉しいなあ」

 イノセントな笑顔でキヨシローを撫でる渡井。彼女の猛攻にもはや彼は完全に陥落してしまったらしく、耳を畳んで目を細め、完璧な受け入れ態勢になっている。

 なぜか飼い主としてのプライドを傷付けられた様な気がした俺は、報復攻撃とばかりに彼女のわんこをわしゃわしゃと撫で回してみる。

 渡井に「チャコちゃん」と呼ばれていたそのツートンカラーのウェルシュ・コーギーは、はたして俺の撫でテクで瞬時に落とされた。ごろんと寝転がって腹部をさらし、長くてフサフサのしっぽを振り乱しながら……

 あれ? しっぽ?

「ねえ、渡井。この子コーギーだよね? こんなしっぽ、付いてたっけ」

 俺の記憶だとウェルシュ・コーギーには、しっぽは付いていないか、あったとしても申し訳程度のちっちゃいモノだったはず。こんな、まるでキツネみたいに長くて綺麗なしっぽは無かったように思う。

「本当はね。コーギーにはちゃんと、しっぽがあるの。ほとんどの子達は生まれてすぐに断尾されちゃってるから、加藤君がそう思うのも無理はないと思うんだけど」

 俺の問い掛けに、渡井はなぜか少し悲しそうな、それでいて怒ったような複雑な表情で答えた。

「そうなの?」

「うん。元々はね、牧童犬として使われていた時代に、牛にしっぽを踏まれてケガをしないようにっていう理由で切られていたらしいんだけど、今は習慣として切られているみたい。その方が、コーギーらしく見えるからっていう理由だけで」

 瞳に静かな怒りの色を滲ませながら、渡井は続ける。

「専門家なんかの意見では『生まれてすぐに切ってしまえばほぼ無痛』とか言われているらしいけど、私はそうは思えない。それに、もしそうだとしても、しっぽはこの子達が感情を表す大事な手段よ。手足と一緒なの。それを大した理由も無いのに切り取るなんて、許せない」

 何やら話している内に思い出しギレしてきたらしい。だんだん声のトーンが強くなり、目にはうっすらと涙まで浮かべている。

 俺は彼女の、今まで見た事の無かった『芯』の部分に少し驚き、そして少し感動した。

 クラスではただの目立たない、ぼーっとした女の子だと思っていた渡井。

 ところが、本当はここまで深く犬を愛し、彼等の境遇を想って涙を流せる熱い人間だったのか。きっと、彼女のそんな心根をキヨシローは感じたに違いない。犬はそういう所、びっくりするくらいに敏感だから。

「渡井は、本当に犬が好きなんだな。うん、うちのキヨシローが瞬殺されちゃう訳だ」

 思わず零した一言に、ふと彼女は我に返ったらしい。

「あ……ごめんなさい。この話になると、つい」

 恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて「えへへ」とはにかみながら、目元をぐしぐしと拭う渡井。

 今にして思えば。

 そんな彼女のしぐさに、この時俺も飼い犬同様に瞬殺されていたのかも知れない。


 ☆


 その日以来――

 毎日、夕方は渡井・チャコちゃん組と一緒に散歩するのが日課になっていた。

 正確に言うと、散歩の時間になるとまるで示し合わせた様にキヨシローとチャコちゃんが俺達を引っぱり、合流するのである。 二匹はよっぽどお互いを気に入ったらしく、もはや飼い主の意向など完全に無視である。

 元々、俺は散歩の時はキヨシローの歩きたいがままに任せていたけど、まさかこんな形で主導権を握られる事になるとは思ってもみなかった。

 どうやらそれは渡井も同じらしく、嬉しそうにうちのキヨシローめがけて走るチャコちゃんに、彼女は苦笑しながら引っぱられて来るのである。

「犬にも一目惚れってあるのかしらね?」

 楽しそうにじゃれ合う二匹を見て、感慨深そうに渡井が言う。

 俺はそこまで人格者じゃないので、

「くそう。飼い主より先に彼女作るとは、けしからん犬だ」

 と、キヨシローの頭を乱暴にわしゃわしゃと撫でてやった。

 まるで犬同士のデートに飼い主が付き合わされている様な、このシチュエーションは確かに滑稽だけど、俺にとってはそう悪い事ではなかった。毎日こんな事を重ねていく内に、俺はこういう形で渡井と会う事が段々楽しみになっていたからだ。

 彼女は、学校では相変わらず教室の隅でおとなしく本など読んでいる。さすがに挨拶や二、三の言葉を交わすようにはなったものの、俺も渡井もクラスでは特別に話し込んだりはしない。今まで通りの距離感を、お互い保っている。

 だけど、散歩の時の彼女は違った。

 お互いが重度の犬好きであると分かった事。そして、大好きな犬と一緒に居るという事が彼女のテンションを上げているのだろうか。会話の内容はほとんど犬の事にについてばっかりだけれど、学校に居る時とは別人の様に喋り、そして笑う。

 渡井は一見地味な風体でメイクなんかもしてなくて、特別ファッションにこだわっていたりもしていない。だけど、立ち振る舞いに同年代とは思えない落ち着きがあって、それでいて犬と接している時の彼女は子供みたいに無邪気で、更に笑顔が実はとんでもなく可愛い事に気付かされた。

 そんな彼女に惹かれた事も在り、俺達の散歩タイムは序々に変化していった。

 何せ、『彼女ともっと仲良くなりたい』という俺の思いと、『一緒に居たい』という二匹のわんこの利益は完全に一致しているのである。

 最初の内は一緒に歩くだけだったのが、段々途中で寄り道する様になったり、一緒に犬達と遊ぶ様になったり。特に、うちのキヨシローがボールで遊ぶのが好きだと知ってからは、散歩の締めには今みたいに河川敷の公園で『取って来いボール』をやって遊ぶのが日課になっていた。


 ☆


「あ、もうこんな時間」

 携帯を取り出し、時間を見た渡井が小さく呟いた。俺も自分の携帯を見てみると、なるほど既に七時を過ぎている。

 冬の太陽はつるべ落とし。五時を回る頃にはすっかり暗くなっているので、時間の感覚が分からなくなっている。そもそも楽しい時間はすぐ過ぎるものだし。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 お互いの犬にリードを繋ぎ、帰り支度をする。今頃になって、川から流れて来る風の冷たさに思わず身を縮めた。外灯の光すらも冷たく見える。横目で渡井を見てみると、やはり寒そうに体を丸め、手に息をかけていた。

 あの手を握って温めてあげる事ができたら、なんて事を思わず考えてしまうけれど、残念ながら俺達はそんな間柄では無い。きっと、彼女にして見れば俺は単なる犬仲間としか思っていないだろう。それも、たまたま飼い犬同士が仲良くなったからこうして居るだけだろうし。

 なので、俺にできる事と言えば。

「そうそう渡井。こないだ話した犬用のフライングディスク、昨日ネットで発注したからさ、きっと明日には届くよ」

 と新しい遊びを用意して、彼女とチャコちゃんの気を引く事くらい。

 そんな俺の涙ぐましい努力が通じているのだろうか。彼女はにっこりと微笑んで、

「わあ、そうなんだ。楽しみだねえ、チャコちゃん」

 と、チャコちゃんの頬っぺたをたぷたぷしつつ、嬉しそうにそう語りかける。そんな彼女に、チャコちゃんも嬉しそうに「わんっ!」と答えた。

 俺とキヨシローがきっちりと主従の関係を保っているのに対して、渡井とチャコちゃんはまるで仲の良い友達みたいな関係を築いている。これは犬や飼い主の性格なんかも相当に関係するのだろうけど、おそらくはとても難しい事だと思う。そして、彼女達がこうやって見せる種族を超えた友情のようなものは、はたから見ていてとても心地良く思えた。

 きっと明日も、渡井とチャコちゃんは今日みたいに、むしろ今日以上にハジケるに違いない。そんな姿を見るのが、楽しみでたまらなかった。


 だけど――


「じゃあ加藤君、また明日。キヨ君、ばいばいねー」

 最後にキヨシローの頭を撫でて家路につく渡井と、後ろ髪を引かれる様に何度もこっちを振り返りながら、短い足でとてとて歩き去るチャコちゃん。


 それが――


 俺が見た彼女の、最後の姿だった。


 ☆


 翌朝。

 眠い目をこすりながら教室の扉を開けると、なんだか随分と慌しい。特に女子達のざわめきと言ったら、今までに見た事が無いくらいのものだった。

「どしたの?」

 机に鞄を置いて手近な女子の一団に声を掛けてみると、その中の一人が興奮した口調で言った。

「昨日、遥ちゃんが事故に遭ったらしいよ」

「なにい!」

 思わず大声で叫んだ。

 俺と渡井の関係は、何となくクラスでは隠していたのでみんな不審な顔で見ていたけれど、今はそんな事はどうでも良い。

「わ、渡井は大丈夫なのかっ! 怪我とかはっ!?」

 件の彼女に詰め寄る。俺の剣幕に押された彼女は、しどろもどろに答えた。

「う、うん。遥ちゃんはかすり傷くらいで済んだらしいんだけど、連れていた犬が轢かれて死んじゃったらしくて」

「チャコちゃんがか!?」

 思わず彼女の両肩をがっしと掴んで、問い詰める。

「ちょ、あんた一体なんなのよ! 私が轢いた訳じゃないんだから!」

「あ……ごめん……」

 彼女の抗議で、ようやく我に返る。すると、今度は心の中に言い様の無い切なさが湧き上がってきた。

 そんな俺の態度を不審に思った彼女は、「もう、いい加減にしてよね」と言い放つとまた女子達の輪に戻り、噂話に加わっていた。


 ――それがね、凄いのよ。信号を無視して突っ込んできた車から、まるで遥ちゃんを逃がすみたいに犬が突き飛ばしたんだって。そんな事って、あるのかなあ――


 誰かが、そんな事を言っていた。

 うん、俺には分かる。

 チャコちゃんだったら、そんな事をやってもおかしくは無い。彼女達は、それくらい強い絆で結ばれていたから。

 俺は渡井が無事だった事を安堵しつつも、チャコちゃんが身代わりとなってしまった事を考えると、とても素直に喜べなかった。

 あの可愛かったチャコちゃんにもう会えないかと思うと純粋に悲しいし、彼女を大好きだったキヨシローの事を思うと切ないし、何より渡井の事を考えると心に穴が開きそうになった。

 その内先生が来て朝のHRが始まった。冒頭で先生が、渡井が事故に遭った事や、体は無事だけど精神的にショックを受けているのでしばらく学校を休む事などを話していた。

 それ以上の話は、もはや俺の耳には入って来ない。

 携帯を開いてデータフォルダから画像ファイルを開く。その中の、渡井とチャコちゃんがとても良い笑顔で映っている写真を見ながら、俺は机に伏せて寝た振りをして涙を拭った。


 結局その日はロクに授業も聞かずに、渡井のいない席を横目で見ながら一日ぼんやりと過ごした。

 重たい足をひきずりながら家に帰る。鍵を開けて玄関に入ると、いつもの様にキヨシローが出迎えてくれる。

「……ただいま、キヨシロー」

 嬉しそうにしっぽを振るキヨシローに声を掛けて、二階の自室に向かう。彼は後ろからとことこと付いてきた。

 あんまり聞かない話だけれど、うちではこの大型犬と言って良いサイズの秋田犬を屋内で飼っている。俺がまだ小学生の頃に、仕事で忙しい両親が家族の一員として買い与えてくれたこの犬とはまるで兄弟の様に育っていて、昔は毎晩ベッドで一緒に寝ていたりもした。ちなみにキヨシローという名前は父親の命名で、何やら好きなアーティストの名前を付けたらしい。

 制服を着替えて、ベッドの縁に座る。するとキヨシローもベッドに上がり、体を伏せて頭を俺の膝に乗せ、甘えてきた。

「この甘えん坊め」

 耳の後ろをこしょこしょと撫でてあげると気持ちよさそうに目を閉じて、だらんと全身を弛緩させる。ここまで無防備な姿は、俺の親にすら見せない。

 そんなキヨシローの姿を見ながら、つい、

(もし、こいつが今日死んじゃったとしたら……)

 なんて事を考えてしまい、そして愛犬を失ってしまった渡井の事を思うと、俺は再び重たい気持ちになった。

 携帯を取り出して、画面を見る。待ち受け画面は今朝、チャコちゃんと渡井の写真に変えていた。

 本当は彼女のメアドを知りたくて、「撮った写真を送るから」なんてコスい真似をして撮った写真だけど、結局これが俺の持っている唯一の写真となってしまった。

 ふと思い立って渡井のアドレスを出して、メールの作成画面を開く。

 彼女に一体なんて言葉を掛ければ良いのか分からないけれど、今の俺にできるのは残念な事にこれくらいしか無い。

 しばらく悩んだあと、結局彼女には『元気をだして』という何の役にも立たなそうな一言をメールで送った。

「……散歩に行こうか、キヨシロー」

 俺の呟きに、ぴくんと反応して急に元気に立ち上がるキヨシロー。これからチャコちゃんに会える事を楽しみにしているのだろうか。

 その事を思うと、俺はなんともやりきれない気持ちになった。


 ☆


 あれから数日経った、日曜日。

 惰眠をむさぼれる筈の午前中に俺を起こしたのは、メールの着信音だった。寝ぼけまなこで画面を見ると、飛び込んできたのは『渡井』の文字。

 瞬時に飛び起きてメールを開くと、そこにはただ一言、


 すぐに来て


 とだけ書かれていた。

「……これは、一体?」

 そのあまりにもシンプルすぎる文面に、普段の渡井らしさは微塵も感じられない。

 しかし、彼女の携帯から発信されている事は紛れも無い事実である。

(きっと、まだ精神的に回復できていないんだろうな)

 そう考えた俺は、彼女に頼られているという事を純粋に嬉しく思いつつ、すぐさま支度をした。

 出がけに、いつもキヨシローと一緒に遊んでいたボールがふと目に留まる。少し悩んだ後、せめてチャコちゃんのお墓にお供えしてあげようと考え、俺はそれを手にした。

 あの日以来元気の無いキヨシローの頭を撫で付けて、家を出る。

 早足で歩く事、十分ちょっと。俺は渡井宅の玄関前に着いた。

 我が家とは比べ物にならない位ゴージャスな彼女の家は、全ての窓に雨戸が閉められている。これもきっと、不安定になっているであろう渡井の事を考えての事なのだろうか。

 緊張に震える指でインターホンを押す。

 すぐに女性の声で「はい」と返事があった。

「こ、こんにちはっ。僕、遥さんの友達で、加藤と言います」

「あ、加藤君……今、鍵開けるから入って」

 どうやら声の主は渡井だったらしい。すぐにドアの向こう側からカチャリと鍵の開く音がした。

「あ、えと。おじゃましまーす」

 どぎまぎしながら、ドアノブに手を掛ける。自慢じゃ無いが、こちとら年齢=彼女居ない歴の高校生。女の子の家に入るなんて、はっきり言って幼稚園以来だ。

 なけなしの勇気を振り絞り、ドアを引く。文字通り未知への扉を開いた俺の目に飛び込んできたのは薄暗い屋内と、闇に隠れるように佇んでいる、渡井。

 パーカーのフードを頭から深く被り、それでいてふんわりしたミニスカートという何だかアンバランスな格好で、玄関の奥に立っていた。

「わ、渡井……その、大丈夫か?」

 俺の何のひねりも無い問いかけに、彼女は小さな声で、

「か、加藤くぅん……ドア……閉めて」

 と呟いて、うつむく。

「あ、ああ」

 彼女の、何やら只ならぬ雰囲気を感じた俺は、後ろ手で扉を閉めた。その次の瞬間。

「加藤君! 加藤君加藤君加藤君加藤くぅ~ん!」

 物凄い勢いで、渡井が俺に飛びついて来た。深く被っていたパーカーのフードが脱げ、彼女のサラリとしたセミロングの髪が大きく舞う。

「うわわわわっ! わ、わたらいっ!?」 

 思わずそんな情けない声を出してしまった理由、その一つはもちろん彼女の予想外かつ情熱的な抱擁だが、

「そそそそれ、一体何なんだ!?」


 もう一つの原因は彼女の頭から生えているライトブラウンのでっかい耳と、お尻から生えているキツネみたいなしっぽの存在だった。


 ☆


「あのねあのね、今朝ね、チャコちゃんが夢に出たの!」

 ローテーブルを挟んで向かい合わせに座って、渡井が話し出した。

 場所は、彼女の部屋。ミントグリーンを基調としたポップな家具で統一された小奇麗なその部屋はまさに乙女の園といった感じで、これが普通のお宅訪問だったらさぞかし緊張していた事だろう。

 しかし残念ながら、今の俺にはそんなドキドキ感を味わう贅沢など許されなかった。

 俺は、普段とあまりにも違いすぎる彼女を見つめながら、考え付く限りのシチュエーションを頭の中で描いていた。

 自分を吹っ切るために、あえてこういう弾けた行動に出ているのか、それともあまりの悲しみに、精神的に追い詰められて現実から逃げるための行為なのか……

「んもう、聞いてる? 加藤君、きーいーてーまーすーかー?」

 ふと我に返ると、渡井が頬を膨らませてテーブルをぺしぺし叩きながらこっちを睨んでいた。彼女の頭に生えている三角形の耳が前方に傾いている。これは犬が怒った時にやるしぐさだ。

「あ、はい、聞いてます」

 ……うん。あの耳の動きは、とても作り物とは思えない。どうやら現実を見詰めなくちゃいけないのは、俺の方らしい。

「私ね、あの事故のあと、ずっと部屋で泣いて過ごしてたの。もう、目なんかすっごく腫れちゃって、大変だったのよ。ねねね、今の私、大丈夫? 目元、変になってない?」

 言われてみると確かに目元が赤くなっているけれど、そう気になる程でも無い。

「大丈夫だよ」

「そ、良かったぁ。それでね、昨日の夜も泣きながら寝ちゃったんだけど、そしたら夢にチャコちゃんが出てね、こう言ったの。『お願いをかなえて欲しい』って。もちろん、私にしてあげられる事ならなんでもするって答えたわ。それでね、起きたらこの姿になってたの! すごいでしょ!? 信じられる?」

「………………」

 あまりの超展開についていけなくなっている俺を見て、今度は急にシュンとした渡井は、

「信じて、もらえないかなぁ」

 と、泣きそうな声で呟いた。耳がうなだれた様にぺったりと倒れ、彼女の背後で暴れていたしっぽが丸まっていく。

「し、しし信じる、信じるよ。ていうかそんなの見せられたら、信じざるを得ない」

 ここまで感情と連動した耳やしっぽの動きはまさに犬のそれだし、しかも彼女に付いている三角形のでっかい耳とフサフサの綺麗なしっぽは、どう見てもチャコちゃんのものにしか見えない。

 にわかには信じられないけれど、これってつまり……

「ええと……要するに、この世に未練のあるチャコちゃんが、渡井に乗り移ったって事で……いいのか、な?」

 あらためて口に出してみると荒唐無稽もいい所な話だけど。

「うんっ! チャコちゃんが私の中に入ってきてくれたの!」

と、満面の笑みで答える彼女を見ると、そう信じる他無い様に思えてくる。

 耳やしっぽという人外チックなパーツもそうだけど、普段の渡井とは正反対の、この全身から醸し出している落ち着きの無さ。これは間違いなくコーギーの、というかチャコちゃんのものだ。チャコちゃんが乗り移った事により、メンタル面もチャコちゃんの影響を受けているのだろうか?

 ふと、ボールを持ってきていた事を思い出した俺は、それを取り出して彼女に見せてみた。

「ねえ渡井、これ何だかわかる?」

「それはっ!?」

 ボールを見た瞬間、耳がピンと立って彼女の眼が輝いた。

「そーれ」

 彼女に向かって、軽く投げてみる。

「わふーっ!」

 高い放物線を描いて放られたボールを、彼女は瞬時にジャンプしてキャッチした。運動音痴の渡井には絶対にできない芸当。うん、これは間違い無くチャコちゃんだ。

「本当に……チャコちゃん、なんだな……」

「だからそうだって言ってるじゃないっ」

 渡井はキャッチしたボールを、わざわざ俺の前まで持ってきて、直に手渡してきた。

 そして、期待のこもった目で俺を見つめてくる。

(えーと、これって、もしかして……)

 若干躊躇した後、

「よ、よしよし」

 と、渡井の頭を優しく撫でてみた。

「くぅぅん」

 彼女は、うっとりと嬉しそうな表情で俺の掌を受け入れている。

 ここに至って俺は、いよいよ彼女の話を信じざるを得なくなった。

 

 ☆


「で、そのチャコちゃんの『お願い』って、一体何なの?」

 なし崩し的に俺の隣に座っている彼女に実は結構ドギマギしつつ、どうにか本題に入った。

「うーんとねえ。それが、わからないの」

 ……にもかかわらず、渡井はこんな事を仰いました。

「夢で言ってたのは、『お願いをかなえてほしい』ってだけで、そういえば具体的な事は何も言ってなかったのよねえ。ほら、チャコちゃんドジっ子だったから」

 や、今のあなたは半分チャコちゃんなんですが。

「でもね。チャコちゃんの願いを叶えてあげるには、加藤君の助けが必要だって事は分かるの。加藤君のそばに居るだけで、私の中のチャコちゃんが喜んでいるのが分かるもの」

 脳内でツッコミを入れていた隙に、彼女が真顔で俺を見つめてそう言った。

 渡井と、こんなに接近したのは初めてなので正直アセる。

 しかも。良く見てみると犬耳としっぽの付いた渡井は、何だかとっても可愛いじゃないですか。

 冷静に考えてみれば、元々可愛い渡井が、あの理不尽な程にキュートだったチャコちゃんのパーツで武装しているのだから、これが可愛くない訳が無い。

 そして、そんな彼女がまるで俺の飼い犬みたいに全面的な好意を寄せてくれているのである。これは健全な男子的には、もうたまらない。

「ま、まったく。肝心な事を言い忘れるなんて、チャコちゃんドジっ子もいい所だな」

 照れを隠す為に、思わずそんな言葉を口走る。

「ほんと、ドジっ子なんだから……私なんか庇って死んじゃってさ、ほんとにドジっ子なんだからぁ」

 そんな俺の不用意な言葉に、渡井は急に俺の胸に顔を埋めてさめざめと泣き出した。俺はいたたまれなくなり、思わず彼女の細い肩に手を掛けて、言った。

「よし。じゃあ、二人で考えよう。こうして君に憑いているっていう事は、きっと君にしか頼めない事だと思うんだ。俺達でちゃんと、チャコちゃんを成仏させてあげようよ」

 渡井を庇って、残念ながらこの世を去ってしまったチャコちゃん。それでもきっと、彼女は大好きな渡井を守れた事には、満足しているに違い無い。

 だったら尚更、彼女の未練を無くして成仏させてあげるのは残された者の使命だろう。

「……ありがとう、加藤君。大好き!」

「え? って、ちょっと渡井!? うわ!」

 彼女は感極まった表情で抱きつき、嬉しそうに俺のほっぺたを舐め回す。ていうか、ここまで犬化しちゃっているのか!?

「お、おすわり!」

「はいっ!」

 瞬時に正座する渡井。うん、素晴らしい犬っぷりだ。

 しかし、ここまで彼女を犬化させておいて、肝心なチャコちゃんの願いが分からないってどういう事だよああもう神様のバカ野郎。

 それでも、俺達はどうにかして彼女の最後の願いを叶えてあげなきゃいけないのだ。チャコちゃんの為にも、渡井の為にも。

「ええと。それじゃあさ、チャコちゃんが望んでいそうな事を挙げてみよう。たとえば、チャコちゃんが好きだった事とか」

 俺のその提案に、行儀良く正座していた渡井は「うー」とうなりながらしばらく考えた結果、

「あの子が一番好きだったのは……なんだろ。お散歩と、遊ぶ事かなあ?」

 と零す。

 そして、急にがばっと立ち上がると目をキラキラと輝かせて言った。

「そうだよ。ねえ加藤君、私をお散歩に連れてって!」

「はい?」

「お散歩! さっきね、加藤君にボール投げてもらった時、心の中がすっごく気持ち良かったの! きっとチャコちゃんが喜んでいるんだよ。だから、私を散歩に連れてって。そして思いっきり遊んで欲しいな!」

 そんな事を言うと渡井は机に飾ってあったチャコちゃんの写真、その前に供えてある彼女の首輪を自分の首に装着して、さらにリードまで繋げるではないか。

 そして、そのリードの持ち手を

「はい」

 と、俺に手渡す。

 ……って。

「いや、これは何て言うか。さすがに色々とマニアック過ぎるだろ」

 ケモノ耳としっぽを装着した可愛い女の子に首輪を嵌めて、リードで繋いで街を歩く。うん、一体どれだけ上級プレイなんですか。

「まにあっく?」

 無垢な瞳で、小首をかしげる渡井。残念な事に、これがまたとんでもなく可愛かった。


 十分後。

 結局彼女に押し切られた俺は、まるでコソ泥みたいに周りを気にしながら、渡井を連れて街を歩いていた。

 周囲の視線が痛い。

 いくら最近は世間的にヲタク趣味が認知され始めているとは言え、それはあくまでも常識の範囲内での話。白昼堂々こんな、まるでディープなコスプレか特殊なプレイじみた行為が受け入れられる筈も無く。

 遠くから、『ママー。あのお姉ちゃん、わんちゃんみたいー』『見るんじゃありません!』なんて声が聞こえてくるのをどうにか無視しながら、早足で通り過ぎる。

 嗚呼。俺なんにも悪い事していない筈なのに、どうしてこんなにいたたまれない気持ちになるんだろう?

 もちろん、そんな俺の気持ちなど知る由も無い渡井は上機嫌極まりない笑顔で、楽しそうにスキップなどしている。

「んふふー、気持ちいいねー」

 なんてニコニコしながら、しっぽをパタパタと振りつつ俺の前を跳ねている彼女。その時、俺は大変な事に気付いてしまった。

 ミニスカートの中で暴れているしっぽが、こう、何て言いますか……

「わわ渡井! アレだ。その、ぱ、ぱんつ見えちゃうから、あんまりしっぽ振るとっ」

「ん?」

 彼女が後ろを振り向き、自分のしっぽをばっさばっさと動かした。その動きに合わせて、不当な程に短いスカートがはためく。一瞬、ピンク色のなんだかとっても可愛らしい布地が見えました。

「わっ! バ、バカ!」

 俺のそんな反応を見て、渡井が楽しそうに笑いながら言った。

「あ、本当だー。でも、加藤君なら見られてもいいやー」

「いくない! いや本当は超良いんだけどここでは……って、ちょっ! まずい、逃げるぞ!」

 彼女の肩越しに、ふとこっちを物珍しそうに見ている女子の一団を発見。ていうかアレはクラスの連中じゃないか!

「ん? 加藤君どうしたの? 誰か知ってる人でもきゃあっ!」

 振り向こうとした渡井のリードをすかさず引っぱり、そのまま全速で反対方向に走って逃げる。

「加藤君ひどい~! 今、ぐえってなったよ!? ぐえって!」

「文句はあとでいくらでも聞くから! とりあえず走れ!」

 幸い、彼女達に背中を見せていたので渡井の正体はバレていないとは思うけど、俺の姿はバッチリ見られていたはず。


 明日、学校で俺にどんな噂が立つのかは、なるべく考えない事にした。


 ☆


「やはり、この姿での散歩は色々と無理がありました。他の手を考えましょう」

「うー」

 渡井の家に逃げ帰って来た俺達は、再び彼女の部屋でローテーブルを挟んで協議をしていた。

 時間が経つ程、思考も犬化していくのだろうか。渡井は例のボールを両手で弄びながら、むくれている。

「私は気にしないのにぃ。お外で遊びたい~っ」 

 あなた、元の姿に戻ったら絶対に後悔しますよ?

「と言ってもなあ。そんな格好で堂々と遊べるファンタジックな場所なんて…………あ」

 その瞬間、俺の脳裏に素晴らしいアイデアが浮かんだ。そうだ、あそこだ。あそこがあったじゃないか!

「渡井! いい所があった。ちょっと遠いから、まずは電車に乗れる格好を考えよう!」

「電車? どこ行くの?」

 不思議そうな目で俺の顔を覗き込む彼女に、俺は会心の笑顔で答えた。

「夢と魔法の国!」


 という訳で。

 嫌がる渡井に、無理矢理ニット帽を被らせた上にロングコートでしっぽを隠して電車に乗り込み数十分。

「おまたせ、渡井。ここでならいくら弾けても良いよ」

 俺達はファンタジックな事で有名な国内最大級の、あのアミューズメントパークに来ていた。

「わふーっ!」

 彼女は目をキラキラさせながら、コートとニット帽を脱ぐ。三角の耳がピンと立ち、もっさりとしたしっぽがまるではち切れんばかりに激しく踊っている。ちなみに、先程スカートを加工してしっぽを通す穴を作ったので、これならいくら動かしてもぱんつが見える心配は無い。

 ちょっとだけ残念ではあるけれど、渡井のぱんつを俺以外の野郎共に晒すなぞ、有ってはいけない事なのだ。

 そんな事はともかく。

(――ここなら、大丈夫だよな?)

 この夢と魔法が支配するファンタジーゾーンなら、少しくらいアレな格好でもそれほど浮かないだろう。現に周りを見てみると、ここのマスコットキャラクターのトレードマークであるネズミの耳を付けたおっきいお友達の女性や、お揃いで何かのコスプレをしているコアな家族など、中々に強烈な人たちがそこら中に居る。幸いな事に、ここには彼女と良く似た色をした犬のキャラクターもいる事だし、きっと平気だろう。

 まあ、今の渡井は『少しくらいアレな』とは言えないレベルだけど、ここならおそらく「あの子、気合い入ってるなあ」くらいで済む筈。

 果たして予想通りに、周りから『ねえねえ見てー。あのお姉ちゃん、かわいいー』『あら、本当ねー』なんて声が流れて来る。

「ふっ、計算通りだ」

 先程の散歩時とはあまりにも違う周囲の反応に、内心ホっとしながらガッツポーズ。

 そして、ともすれば際限無くはしゃぎそうな渡井を流石にリードで繋ぐ訳にはいかないので、

「……ほら。はぐれたら、大変だから」

 と言い訳めいた事を呟きつつ、なけなしの勇気を振り絞って彼女の手を握った。細くて小さい渡井の手は、びっくりする程冷たい。一瞬だけ(肉球とか付いているのかな?)という考えが頭を過ぎったけど、さすがにそこまで犬化してはいなかった。

 繋がれた手をまじまじと見た渡井は、次の瞬間「にへへっ」と嬉しそうに笑って握り返してきてくれる。

 我ながら不純だと思うけれど、この笑顔が見れただけでもここに来た価値があったんじゃないかと、つい考えてしまう。今月の小遣いがほとんど吹っ飛んじゃったのはさすがに痛かったが。

 ――もっとも。

 本当はこんな形じゃ無くて、ちゃんとしたデートとして来たかったんだけどなあ。


「ねえねえ加藤君! 私、あれ乗ってみたい!」

「あ! 加藤君あれ何だろう? 見に行こ!」

「ポップコーン買おう! キャラメルのやつ! あとチュロスとね、クレープとね、それと、それと……」

 まるで初めて遊園地に来た子供みたいに、渡井の弾けっぷりと来たらそれはもう凄いものだった。普段のおとなしい彼女からはとても想像できないこのアクティブさは、やはりコーギーの気質なのだろうか。まるで本能のおもむくままに彼女ははしゃぎ、笑い、驚き、そして調子に乗って入ったお化け屋敷ではマジ泣きしていた。

 そんな彼女に引きずり回される事、数時間。

 たそがれ色に空が染まりかけて来た夕暮れ時。さすがにヘトヘトになった俺達は、本日の締め括りとして観覧車に向かった。

 ゴンドラに乗り込み、扉が閉まるとゆっくりと上昇していく。じきに、夕日に照らされて金色に輝く東京湾が見えてきた。

「わあ、きれい!」

 渡井は窓にべったりと両手を張り付かせて、外の景色を眺めている。彼女の背後では、嬉しそうにしっぽがパタパタと揺れていた。

 そう。これだけ全力で遊んだのに、まだチャコちゃんは成仏していないのだ。

「お願い、違ったのかなぁ」

 俺の零した一言に、彼女はぴくんと耳を動かすと席に行儀良く座り直す。

「うん。戻らないねー」

 そう答える彼女は、なぜかそれほど残念そうには見えない。

「せっかくこれだけやったんだから、何かしらの効果があっても良いんじゃないかと思ったんだけどなあ」

 思わず愚痴ってしまう俺に、渡井は優しい笑顔で言った。

「うん。でも、チャコちゃんには申し訳無いと思うけど、私は良かったかな」

「何で?」

「加藤君に告白できる、最高のシチュエーションになったもん」

 茜色に染まるゴンドラの中、それに負けない程に顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに、それでいてどこか、嬉しそうに。

「……はい?」

 今、この人何て言いましたか?

「好きなの。加藤君が。初めて散歩で会った、あの時から」

 渡井は真剣な目で俺をしっかりと見据えて、一言一言噛み締める様にそう言った。

 俺は今、どんな顔をしているだろう?

 きっと、傍から見たらとんでもなく間抜けな顔になっているんじゃなかろうか。何も考える事ができない。

 なので――

「ええと、あの……今言ってるのは、渡井? それともチャコちゃん?」

 気付いたら、そんな間抜けな事を俺は聞いていた。

「う~んとねえ。たぶん、どっちもかなあ」

 それでも渡井は、嬉しそうな笑顔でそう答えてくれた。

 彼女のお尻から生えている、しっぽ。それを手元に回して愛しそうに撫でながら、話を続ける。

「コーギーのしっぽの話、覚えてる?」

「え? あ、うん。ほとんどのコーギーは、生まれてすぐ切られちゃうって奴?」

「そう。私、今でも本当に許せなくて。この話になるとつい感情的になって取り乱しちゃうんだけど」

 そこまで言って一端言葉を切った彼女は、

「そんな私を笑わないで真剣に聞いてくれたの、加藤君が初めてだったから」

 と、半泣き半笑いの不思議な表情で俺を見つめた。

「……そんな事だけ、で?」

「私にとっては、大切な事だもん。そして、きっとその時チャコちゃんも加藤君の事が好きになったんじゃないかなあ。だから、こうやって告白する勇気を私にくれたのかも知れないねっ!」

 そう言って、にぱっと笑う渡井。その笑顔に俺は、どこかチャコちゃんの面影を感じていた。


 ☆


 すっかり日も暮れた帰り道。

 俺は色々と複雑な思いを胸に抱きながら、黙って歩いていた。

さすがにあれだけはしゃいで疲れたのか、彼女も黙ったまま。ニット帽に隠れた耳も、コートの下に隠したしっぽもおとなしくしている。

 右腕には渡井の、やわらかい感触。帰りの電車の中も、駅を降りてからも、彼女はずっと俺の腕ににしがみ付いたままだった。

 その温もりを心で噛み締めながらも、やはり素直に喜びきれない自分が居る。

 大好きな女の子に告白されるなんていう、まるで一生分の運を使い果たしたかの様な大イベント。当然俺は嬉しくてたまらない訳だけれど、しかしその大好きな渡井の置かれた状況は、何一つ好転していないのだ。ここで自分の幸せだけに浸れる程、俺もハッピーでは無い。

 本当に、チャコちゃんの望みは一体何なんだろう?

 ――もしかしたら『渡井と俺をくっつける事』が、チャコちゃんの望みだったんじゃあないか――

 少しだけ、そんな自惚れた事を心の中で考えたりもしたけれど、もちろんそんな都合の良い事がある筈も無く。

 纏まらない考えを頭の中で延々ともてあましている内に、渡井の家に到着。

「加藤君、今日はありがとうねっ。楽しかった!」

 何も解決していないのに、彼女は笑顔で俺にそう言ってくれた。

「ごめんね、渡井。結局何の役にも立てなくて」

「ううん。一緒に考えてくれたもん、とっても嬉しかったよ」

 まるで、逆に俺を慰めるくらいの明るい口調。

 なので、俺も努めて明るい態度で、

「……ん。今日は上手くいかなかったけど、明日また二人で考えよう。チャコちゃんのお願い、絶対に叶えてあげようぜ」

と、彼女の頭をなでなでしながら答えた。


「とは、言うものの。なあ……」

 一人になった帰り道、俺は大きなため息と共に弱音を吐き出していた。

 正直、どうしたら良いのか全然思いつかない。

 渡井も、あんな格好ではさすがに学校に行く事もできないから、できるだけ早く解決してあげなくちゃいけないし。

(何か俺、決定的な事を忘れている様な気もしているんだけど……)

 そんな事を考えながら、家のドアを開けた次の瞬間。

「わおぉぉぉおん!」

 キヨシローが、まるでタックルでも仕掛けてきたかの勢いで飛びついて来た。

「うわあっ! な、なんだよキヨシロー、びっくりしたじゃない……ん?」

 見るとキヨシローは、俺の体の匂いを必死に嗅ぎながら、

「くぅん。くぅ~ん」

 と、切なそうに鳴いている。更に良く見てみると、彼が鼻先を突っ込んでいるのはつい先程まで渡井がしがみ付いていた、俺の右腕と脇の下あたり。

「…………ああっ!?」


 バカか俺は!? どうして今まで気付かなかったんだ!


 すかさず携帯を取り出し、渡井に電話。

「もしもし、渡井!」

「わふ?」

「すぐに、いつもの公園に来てくれ! すぐに!」

「う、うんっ」

 俺の切羽詰った雰囲気が伝わったのだろう。彼女は二つ返事で答えた。

 すぐさま自分の部屋に行き、買ったまま結局封も切ってなかったフライングディスクを引っ掴む。そして、

「キヨシロー、来い!」

 彼にリードすら付けずに、家を飛び出した。


 息を切らせて、河川敷の公園まで全速で駆ける。キヨシローも俺の態度から何かを感じたのか、余計な事は一切せずに黙って後を付いて来た。

 そして、丁度公園に着く頃。

「おぉおおおおおん!」

 道路の反対側から、やはり走って来る渡井が見えて来た次の瞬間、後ろを走っていたキヨシローが凄まじい加速で俺を追い越して彼女に向かって行った。

 渡井もキヨシローの姿を見つけた瞬間、涙を流しながら、はち切れんばかりにしっぽを振って駆け寄る。

「キヨ君! キヨくう~ん!」

 ジャンプして飛びついたキヨシローを広げた両手で受け止めて、渡井は大きな声で泣き出した。

「ごめんね、キヨ君。約束守れなくて、ごめんね!」

 そう言って泣きじゃくる渡井の頬を、キヨシローが優しく舐めて涙を拭う。見ている俺が複雑に感じてしまうくらい、それはもう見事な恋人っぷり。きっと、今の彼女は完全にチャコちゃんに体を預けているんだろう。

「許してくれるの? ありがとう……キヨ君、ありがとう」

 彼女は、尚も泣きながらキヨシローをぎゅっと抱きしめている。キヨシローも、そんな彼女の頬をひたすら舐め続けていた。

(……まったく、一体なんでこんな簡単な事が分からなかったのかな)

 俺も、そしておそらくは、渡井も。

 結局は自分達の事でいっぱいいっぱいになっていて、ちゃんとこの子達の事を考えてあげられなかったのかもしれない。全くもって、情けない飼い主だ。

 そんな俺達のせいで、ずいぶんと遠回りさせちゃったけど――

「さて。じゃあ、キヨシロー。チャコちゃん」

 この子達の、最後の約束を果たしてあげなくちゃいけない。

 なので、俺は、

「遊ぼうか!」

 真新しいフライングディスクを彼等の前にかざして、大声でそう言った。


 ☆


「いくぞー、それー!」

 寒々しい水銀灯の光の下、俺達は最後の儀式を始めた。

 彼らに向かってディスクを投げる。

「わおん!」

「わふー!」

 キヨシローと、今や完全にチャコちゃんと化した渡井は嬉しそうに吠えながらそれを追いかける。

 空中に舞うディスクを口で華麗にキャッチしたキヨシローが、自慢げにしっぽを振りながら戻って来たと思ったら、今度は見事なダイビングキャッチを決めたチャコちゃんがドヤ顔でやって来る。そんな彼等を労って、俺は「よーしよしよし」と、頭を撫でる。たったそれだけの報酬に、彼等は心から嬉しそうな笑顔を見せてディスクを追いかけ続けた。

 今まで、取って来いボールで何度も見て来た、

 そして、本当はこれからも毎日見る事ができた筈の、


 でも。これが、最後の光景――


 今日の、この出来事をしっかりと心に刻み込んでおこう。瞳に焼き付けておこう。

 だって、こんなにも楽しいんだから。

 ……なのに。

「よーし。も、もう一丁い、いくぞー!」

 なのに、なんでだろう? こんなに楽しい筈なのに、どういう訳か涙が溢れて止まらない。

 滲む視界に苦労しながら、再び放る。

 シュルシュルと飛んでいくディスクを素晴らしいジャンプで「わふん!」と取ったのは、チャコちゃん。小走りで俺の元にやって来た彼女は、涙を流している俺を不思議そうに見つめていた。

「どうして泣いているの?」

「どう、して……だろうね。楽しい、筈……なのに、ね」

 何とか泣き止もうと頑張ってみたものの、どうやっても溢れる涙を止める事ができない。ついに耐え切れなくなって、俺はしゃがみ込んでしまった。

「もう。そんなにあなたが泣いちゃったら、キヨ君が心配しちゃうじゃない。まったく、どこのご主人様も、泣き虫さんなんだからぁ」

 気付いたら、キヨシローも足元に戻って来ている。こいつに泣いている姿を見られているのが妙に恥ずかしくなった俺は、慌てて袖で涙を拭おうとした。

「わふっ!」

「うわ!」

 そんな俺に、チャコちゃんが抱きついて来た。そして、彼女はそのまま俺の頭を抱えて、まるで優しくくちづける様に頬の涙を舐め取ってくれる。

「今日は、本当にありがとう。遥ちゃんと一緒に悩んでくれて。一緒に遊んでくれて。キヨ君との約束を果たしてくれて。そして、私の為に涙まで流してくれて」

「チャコちゃん……」

「あなたと、遥ちゃんと、キヨ君のお陰で、私は幸せでした。私が居なくなってからの遥ちゃんが心配だったけれど、あなたが居るからもう大丈夫だよねっ?」

 その、妙にお姉さん目線な口振りに思わずちょっとだけ、笑ってしまう。でも、犬年齢で考えてみたらきっと彼女の方がお姉さんなんだよな。妙に納得。

「うん。渡井の事は、心配しないで」

 俺の言葉に微笑みで応えたチャコちゃんは、今度は隣で心配そうにこっちを見ているキヨシローに向かった。

「キヨ君。約束、遅れてごめんね。そして、今まで一緒に遊んでくれてありがとう」

「わんっ!」

「うん。私も大好きだよ」

 穏やかな笑顔で、静かに涙を流すチャコちゃん。今度はキヨシローが彼女の涙を舌で拭う。

「ありがとう。本当に、キヨ君は優しいなあ。きっとご主人様が良い人だからかなっ」

 すっくと立ち上がったチャコちゃんは、キヨシローの頭を愛しそうに撫ぜた後、再び俺に向き直った。

「全部の願いが、叶いました。ありがとう。そろそろお迎えの時間みたいです」

「チャコちゃん……」

 彼女の耳と、しっぽがぼんやりと青い光に包まれている。彼女が消えてしまう事を察知したのだろうか、キヨシローが切なげに「くぅぅぅん」と鳴いた。

「キヨ君、さようなら。あなたに会えて、本当に幸せだったよ。一緒に居られなくて、ごめんね」

 彼女の言葉に、キヨシローはうなだれて小さく「わん」と答える。彼が何て答えたのかは分からないけれど、優しげな笑みを絶やさないチャコちゃんを見るに、ちゃんと男前な返事をできたのだろう。いいぞマイブラザー。

「遥ちゃんを、お願いね。彼女はとっても良い人だけど、凄い寂しがり屋さんだから」

「うん。渡井を、決して寂しがらせ」

「は、る、か」

「……は、遥ちゃんを寂しがらせる様な事は、しないから」

「はい。よろしくお願いします」

 にっこりと笑って、そう答えるチャコちゃん。最後まで渡ら、じゃなくてええと、遥ちゃんの事を気にしている所が、やっぱりチャコちゃんらしい。

「遥ちゃんと、幸せになってね。丈夫で可愛い赤ちゃんを、いっぱい産んでもらってね」

「あ、ああ……ええと、そういう関係になれる様に、がんばるよ」

「うん。これで、安心です。じゃあ、ふたりとも――」

 今や全身を光に包まれた彼女は、悔いの欠片も無い、すっきりとした笑顔で俺達を見つめて、言った。

「さようなら」

 なので、俺達も笑顔でそれに応える。やっぱり涙は我慢できなかったけれど、それくらいは許してくれるだろう。

「さようなら」

「わんっ!」


 チャコちゃんの耳が、しっぽが、小さな光の粒子となって夜空に昇っていく。トレードマークの大きなフサフサのしっぽは、消える最後の瞬間まで嬉しそうに踊っていた。


 ☆


「チャコちゃん……行っちゃった……」

 彼女を包んでいた青い光が、すべて空へと消えた後。すっかり元の姿に戻った遥ちゃんは、ただ静かに涙を流していた。

「ありがとう、加藤君。キヨ君。チャコちゃん、心から喜んでくれていたよ」

 チャコちゃんに体を預けている時も、意識はあったのだろう。 彼女は涙を流しつつも、努めて笑顔を作ろうとしていた。拳を握り締め、まるでこみ上げて来る悲しみを無理矢理封じている様な、それはぎこちない笑顔だった。

 そんな彼女を俺は引き寄せ、優しく抱きしめる。

「ひゃあっ!?」

 先程までの、チャコちゃんが乗り移っていた時の積極性など今は微塵も無い。彼女は耳まで真っ赤に染めながら体を硬直させている。それでも、決して俺の腕から逃れようとはしなかった。それどころか、俺の上着の裾に手を添え、そっと握り締めて来る。そんな彼女の仕草がとても可愛らしく、そして愛しく感じられた。

「泣いてもいいよ。俺が、傍に居るから」

「か、とう、くん?」

「約束したからね、チャコちゃんと。わたら……は、遥ちゃんに、寂しい思いはさせないって」

 耳が異様に熱くなっていくのを感じながら、俺はチャコちゃんとの約束通り、初めて彼女を名前で呼んだ。

「う、うぅ……加藤君……かとぉくぅん……う、うわぁああああああああああああ!」

 俺の胸に顔を埋ずめて、堰を切った様に泣き出す遥ちゃん。俺は、彼女の頭を優しく撫で続けた。さっき、チャコちゃんにしてあげたみたいに。


 思いっきり泣いて、少し落ち着いたのだろうか。

「わ、わたし、チャコちゃんが乗り移った勢いで、加藤君に色々凄い事言っちゃった……」

 蚊の鳴く様な小さい声で恥ずかしそうに、彼女が呟く。今になって色んな事を思い出したんだろう。まるで俺の機嫌をうかがう様に、上目づかいに見つめて来た。

 そんな彼女が可愛くて、ついついイジってみたくなる。

「うん、凄い事言ってたねえ。首輪付けて『散歩に連れてって』とか」

「いやあぁぁぁぁぁぁ」

「あと、あれ。『加藤君にならぱんつ見られてもいいよー』とか」

「やめてぇぇぇぇぇぇ」

 遥ちゃんは両手で耳を塞ぎ、イヤイヤと首を振る。

 まるで俺が彼女を苛めている様に見えたのだろうか。キヨシローが「わんっ!」と非難する様に吠えた。

「……それよりも。まだ、加藤君の返事、聞いてないんですけど」

 俺が飼い犬に叱られている隙に、彼女が反撃に出てきた。耳まで真っ赤に染めながら、挑む様な目で。

『返事』とは、もちろん例の観覧車の中での事。あの時、俺はあえて何も答えなかった。

 こういう事は、ちゃんと『遥ちゃん』の時に返事をしないといけないって思ったから。

 それに――

 やっぱり男の子的には、自分から気持ちを伝えたい訳で。

 なので。

「あれ、無かった事にしない?」

「…………え?」

 彼女が引きつった様な顔で、俺を覗き込む。その瞳には何の表情も映っていない。ただのガラス玉みたいに空虚な目をしていた。

 いかん、変な誤解をさせてしまったか。慌てて言い直す。

「や、あの時は、遥ちゃん半分チャコちゃんだった訳だしさ。だからさ、二人とも『人間』として、もう一回行かないか? その時は、その……俺から、ちゃんと言うから」

「わ、わ、わわわわわ」

 自分から反撃に出ておいて、俺の言葉に恥ずかしそうな顔をして俯く。弱い、弱すぎるよ遥ちゃん。

「どうかな?」

 つい、追い打ちを掛けてしまう俺に、彼女は、

「わふーっ!」

「うわっ!」

 まるでチャコちゃんみたいな鳴き声を発して、俺に飛び付いてきた。

 そして、やはりチャコちゃんみたいに、俺の頬に唇を一瞬だけ当てる。

「は、遥ちゃん……」

「わ、わふー!」

 照れ隠しに犬の鳴きまねで答えた彼女のそれは、だけどちゃんと人間のキスだった。



 了


 お読み頂き、ありがとうございました。

 作中にあるコーギーの断尾についての意見は、作者の思いをそのまま書いてみました。異論は認めますが、やっぱり個人的には無くなってほしい習慣ですね。

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