表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/17

第四話 改良さる


【フランケンシュタイン】「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」という小説。科学技術的な背景があることから、この小説を最初のSF小説としている作家や評論家が多い。同名を基に、後期で映画や漫画などに多く使用され登場するが、元は人造人間の名前なのではなく、それを作った科学者ヴィクター・フランケンシュタインの姓である。だが、原作では「科学者」は職業ではなく、ただの学生であったという。

 作られた(人造)人間に名前は付けられなかった。



 ・ ・ ・



 闇が潜んでいる。

 地下室には物がベッドしか無く、白衣の者が居て「彼」が寝かされている。そこだけが区切られた領域で、静かに時は刻まれて経過しているはずなのに肌に感ずる実感がない。

 遠くでは水道から一滴、一滴と水が落ちる音がしていたが、この領域までは届いてはいないのである――閉ざされた領域。

(……)

 彼は宙を見つめた。薄汚れていても暗く見えにくい硬質の天井は、彼の目に入った。この時はまだ思考力が働いては、いなかった。

「何か言ってみろ」

 彼に向けられたであろう音の主は、繰り返している。

「何か言ってみろ、あ、い、う」

 音は聞こえただろうが、彼に望みの反応が無かった。白衣の者は脈を時計代わりに計り、諦めてひとつ溜息をつくと持っていたノートを閉じた。そして、

「まだ『ジカク無し』。術後3日が経過。様子見の段階」

 そう白衣の者は事務的に対象者のいない部屋で言い遂げると、部屋を出て行ってしまった。




 夜明けが来た。

 可憐のもとへ、一通の手紙と、小包が昨日に届く。それを改めて部屋で広げながら可憐は、自分の自慢の髪に絡まりながら――ベッドに転がっていた。

 可憐には、睡眠が必要ではない。だが「寝ることも可能」ではある――。

「来月はパリへ移るんですって。慌しいわ」

 手紙を読みながら、可憐は呟いていた。「羨ましいわ」さらに付け加える。目を閉じて大人しくしていると、ふいにノックの音が響いた。

「ミヤ? どうぞ」

 返すと、ドアが開き可憐が言った通り、使用人であるミヤが衣類を持って入って来た。朝、常刻に訪れたミヤは、可憐に元気な顔を見せると「おはよう御座います、お嬢様!」と声を張り上げて挨拶をした。

「読んでみて? リンダからよ」「まあ、リンダ様」

 持っていた衣類を椅子の上へ下ろすと、可憐に渡された手紙をミヤは受け取った。しかし、ミヤに英字は読めなく、苦戦している。

「ええと、お嬢様。何て書いてありますでしょう」

 諦めてミヤは手紙から顔を上げた。「ドイツからパリへ移住する予定なんですって。羨ましいわ、恋人と一緒よ」可憐はベッドに寝転んだまま、何度も「羨ましい」を繰り返した。

「いずれお嬢様にも春が来ますよ」

 クスクスと笑いながら、ミヤは手紙をテーブルの上に置き、花瓶の水を替えようとした所で目が留まった。テーブルには、蓋の開けられた小箱が置いてあった。「これは?」

 小箱の中には細工の施した銀色のブローチ、手紙と一緒に届けられた物である。

「友好の印ね」

 可憐は皮肉っぽく微笑ってみせた。「私は何を贈ろうかしら……」身を起こした。

「市街地へお出かけになったら如何でしょう、お供しますから」

「肌を隠して? ……暑苦しいわ」

 可憐は汗などかかないはずであった。それはミヤも知ってはいるが、聞かない。「私どもがついて参りますゆえ……それより、リンダ様からの近況報告は、それだけなのですか?」ミヤは話題をさりげなく変えた。

「あとは、政治とか、芸術とか、天文とか。政治なんて興味ないし芸術は説明されても解らないわ。天文は、専門的すぎて」

「流れ星の話でも?」

「ええと、インドでの日食観察で、新しい元素のスペクトルが発見されたとか。学界では盛り上がっているみたいだけど、私にはどうでも」

 可憐は身支度をし始めようと、立ち上がり溜息をつく。そして、言った。

「せめてリンダが傍に居てくれて一緒におしゃべりできたらな……」

 銀色のブローチには、笑う天使の彫刻がなされていた。


 

 世界的にも著名な日本人画家として葛飾北斎を挙げる。江戸時代後期の浮世絵師で、当時は禁教であったにも関わらず、キリシタンと思わしき天使を含む絵を描いていたことがあった。

 天使、とは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典や伝承などに登場する神の使いとして捉えられているのが一般であろう。日本訳では「御使い」、神使とも訳されている、霊的な存在である。

「天使」の起源がキリスト教であるとも一概には言えない。だがユダヤ教の「御使い」に限って言えば、ユダヤ教聖典の成立が約紀元前200年前後と見られているので、「天使」はその時期に確立したのかもしれないとされる。多くはユダヤ人に征服された都市国家の守護神を起源に持ち、平和裏にイスラエルへ習合されれば「天使」になるが、激しき抵抗の後に征服された守護神などは「悪魔」とされた。

 キリスト教が日本に、スペインの宣教師ザビエルの来日により伝わったのが1549年、これと同時に「天使」も伝来したのかという説が現在の一般的見解である。

 日本語で言う所の「天使」――天使と悪魔なるものは、善と悪の二元論を特徴とする拝火ゾロアスター教の影響を強く受けている(但しゾロアスターは現在の所、日本には伝来していないと捉えられている)。ここで日本の飛鳥時代、聖徳太子が遣隋使の小野妹子に持たせた書についてを触れておこう。

 書には、「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」とある。この「天子」とは、「天皇」のことであり、尚、中国における「天使」とは、古来の中華思想による天子と同じ「天」という概念の基に作られており、いわゆる「エンゼル」とはまた別であった。支那シナでは漢代頃から「天使」という言葉が使用されてはいたが、ここでいう「天使」はangelを翻訳する為に作られた新語ではなく、漢語文化圏においては「天(神)の使い」又は「皇帝の使い」という意味で存在していた為、後世に「創造主の使い」であるangelの訳語に当てられた可能性がある。


「主なる神の被造物でありながら、高慢や嫉妬がために神に反逆し、罰せられて天界を追放された」

「自由意志を持って堕落し、神に離反した」

 これを「堕天使」と呼ぶ。キリスト教の教理では、悪魔は堕落した天使だとされる。一般的には頭をサタン、外典や偽典ではマステマ、ベリアル、アザゼルなどと呼ばれるようである。「悪魔」とは、人間でも神でもない存在ではあるが、仏教では仏道を邪魔する悪神を意味し、煩悩のことであるとされている。キリスト教ではサタンを指し、神を誹謗中傷して人間を誘惑する存在であった。このように、宗教によっては神に敵対するものを指し、他の宗教の神々への蔑称になるのである。

「悪魔」は、近代では、人間の下等な本性や罪深さを象徴しているとする考え方である一方、信仰の危機、個人主義、自由意志、智彗、啓蒙などを象徴する寓意とみなされていることもある。日本の民族信仰では、災いをなす原因と想定されるものを漠然と「悪魔」と呼ぶようになった。

 科学の世界でも悪魔の存在を仮定する例があり、有名と言えば「ラプラスの悪魔」や「マクスウェルの悪魔」等が挙げられ、いずれも逆説パラドックスに関連する。

 近年でも化学兵器や核兵器等、フリッツ・ハーバーやアインシュタイン、大量破壊兵器に関わる学者は、「悪魔の科学者」と言われることがある……。



「あら……」

 外に出ていた可憐は、顔を上げた。秋晴れで空高く、澄んでいたはずの青は気がつけば一変していた。曇天へと化していた空は、可憐を少々不安にさせている。

「あんなにいいお天気だったのに。雨が降るのかしら」

 庭で土いじりをしていた可憐は、友人に贈られた羅紗ラシャの帽子を被っていたが、それを取ると一粒の雨が顔に当たった。「きゃ」雨だ、と驚いた可憐は急いで片付けをして帽子を被り直すと、小走りに駆け出し邸宅へと向かった。雨は小雨だが、降り出している。

 玄関につき、息を整えて暫くどんよりとした空を眺めていると、何故だか急な不安が可憐を襲った。

(何だろう……)

 これといって理由もなく漠然とした不安を抱き、可憐の小さな胸が苦しくなった。

(何この気持ち……どうしてこんなに落ち着かないの)

 少し湿り気を帯びた長い髪を撫で俯いていたまま動けなくなってしまった。今に降っている雨もきっと通り雨なんだろうと思うことにした。そうやって何十分かが経過する頃に、表の方で自動車の音が聞こえて、可憐はそちらへ注視した。

「お父様?」

 背格好の似た男性が見えたので、可憐はそう呼んだ。まさかこんな早い帰宅とはと初め信じようとは思わなかったが、見ているうちに確信へと変わる。「お父様!」

 叫ぶと、歩き出し近づいて行った。

 運転手から後部座席のドアを開けられ車から降りてきたのは、一人ではなかった。

「あ……」

 男の、ワイスの後から鎖で繋がれたのは、犬――ではない、一匹の、狼であった。

「……!」

 思わず息を呑み口を閉じ、手で宛てがえながら身を竦めて見てしまった光景は、可憐を非常に震わせた。立ち止まってしまった可憐へ、ワイス達の方から近づいて行く。

「可憐。お望み通りだ」

 ワイスの低い声が可憐の耳へと届く。

「お前の望みの通りに連れて帰ってやったぞ。大丈夫だ、何も心配は要らない。さ、家へ入ろう、このままだと風邪をひいてしまうな」

 噛んだような笑いを一つすると、鎖を引いた。引いた鎖の先で「彼」は――何も言わず、従順に、ワイスに続いて歩き出している。黒茶な毛並み、細い身体、利巧そうな顔つきをし、犬と言われれば犬かもしれない、明らかな判別の難しい類いであった。何も心配要らないと――父は言った。意味する所が理解しかねて、可憐は呆然と雨続く空の下で立ち留まるばかりであった。

 雷鳴が轟き始めたようで、雲行きがさらに一層、変わる。



 可憐がワイスから言いつけられた約束は、幾つかあった。寝室は、別にすること。それから、外出時、邸宅を出る時は必ず、「鎖」を着けておくこと――。それ以外は特別なことにならない限り、自由にしなさいと言いつかった。つまりは狼、「彼」を飼ってもいいと――許可を得たのである。

 雨に濡れた服を着替えた後は、再びワイスの所へ行った。ワイスは広間で椅子に座り自分宛に届いていた手紙などを読んでおり、可憐が現れると、ワイスの横に就いていた「彼」は即座に反応して身を起こした。可憐を一心に見つめている、鎖には繋がれたままである。

「……お父様」

 弱い声を出した。いまだに受け入れていない現状に、可憐は父親にすがった。

「何を怖がっているんだね。来なさい、彼は怖くはないよ。彼は私達によく懐きよく従う。言うことをきく。ほら見たまえ、ほら」

 ワイスが片手を上げると、彼も一緒に顔を上げた。ワイスの言う通り、彼は躊躇することなく素直な反応を示している。「……調教したの」可憐は表情を変えず、彼を見てワイスに訊ねた。

「犬と同じ訓練は少々施したが、それ以上でもそれ以外でもない。彼は狼だったかもしれないが、私達の前ではただの『犬』だ。人前でもそう言っておくように。可憐、お前が飼いたいと言ったから、施設の人間で彼をここで飼えるように訓練したんだ。短期間で素晴らしい成果を上げたとも言える。これは私にとっても大きな誤算だったんだぞ、解らないか、可憐?」

 ワイスは誇らしげに言った。

 しかし可憐の表情は変わらなかった。ワイスと彼とを見比べて、ついには折れた。

「……調教したのね」

 ゆっくりと、彼に近づく。

 可憐が手を伸ばしこちらへ来るように促すと、一瞬だけ反応が遅れた彼は歩み寄った。ワイスから鎖を受け取ると、彼の方へ向き直り屈み込んで、手を出す。

「宜しくね、私は可憐よ、『ケン』君」

 そう呼ぶと、彼は瞬きで可憐を見る。一度出した手を、彼の頬にあてた。可憐の瞳の奥では、様々な想いが駆け巡っている。彼を哀れむような悼めるような、十字を切りたくなるような衝動に身を置いていた。

「また逢えたね」

 ニコッ、と、つくる笑顔が可憐の胸中を救った。



 1860年代後半から1870年代前半にかけて日本では、明治維新に文明開化と、革新に忙しい年代であった。1868年に徳川幕府方と明治政府方による戊辰戦争が開始され、翌年に終結されるまでに挙げるものと言えば、五箇条の誓文の公布、五榜の掲示、政体書の制定などがある。江戸が「東京」となり、一世一元の制を採用し年号も明治と改めた。神仏習合による仏教と神道の混在から両者を分離することが主旨であったはずの神仏分離令が布かれたのだが、政府の意図からは外れて仏教でさえも外来の宗教であるとされてしまい、激しく排斥されるようになる、即ち廃仏毀釈へと向かっていた。

 キリスト教は新政府になっても変わらずに、禁教とされた。

 現在の国家神社である靖国神社は「東京招魂社」として1869年に設立しているが、戊辰戦争で明治政府側について戦死した兵隊を祀ったことが始まりとされている。

 五稜郭の戦いを最後に戊辰戦争が終わりを告げる頃、首都は東京となり、版籍奉還が実施される。その翌年には工部省の設置、大教宣布の詔。そして廃藩置県の断行や、岩倉使節団の派遣、身分解放令が布かれ、田畑勝手作りが許可される。スウェーデンのノーベルがダイナマイトを発明したのが1867年頃だが、この頃の外交事情と言えば使節団の派遣の他に、近隣諸国の衝突や、領土の画定などがあった。

 世界では、どうであったのだろうか。

 少し遡るが、1853年から1856年にかけて、イギリス、フランス、トルコがロシアと戦うクリミヤ戦争が起きている。

 1856年、清とイギリスフランス連合軍との戦争である「アロー戦争」は第二次アヘン戦争とも言われるが、1860年頃まで続いた。広東で清国船であったアロー号の掲げていた英国旗を清国官憲が引き下ろした事件を切欠に、貿易拡大を企むイギリスがフランスと連合し清国に戦いを仕掛けたという。この頃にイタリアでは統一戦争が起きている。

 イギリスはアロー号事件、フランスは宣教師殺害事件を口実と契機に戦いに勤しみ、連合軍が広州、次いで北京を占領した後は、ロシア調停のもとで北京条約を結んだ。条約には以下の5つ、九竜半島の一部をイギリスに割譲、天津など11港を開港すること、外交使節の北京常駐、それから、キリスト教を公に認め保護することとし、あとは償金であった。

 イギリスのダーウィンが、「種の起源」を1859年に著している。

 1861年頃からアメリカでは、南北戦争が勃発していた。統一戦争をしていたイタリアではイタリア王国が建国し、ロシアのアレクサンドル2世が農奴解放令を発布する。身分、解放令と言えばアメリカでも1863年に大統領リンカーンが黒人奴隷解放宣言を行っており、翌年1864年、ロンドンでは国際労働者協会(第1回インターナショナル)が結成されている。

 オーストリアのメンデルが「遺伝の法則」を発見したのがこの頃で、1867年にアメリカがアラスカをロシアから買収する前の年の1866年には、7週間戦争とも言われる普墺(プロイセン=オーストリア)戦争が起きた。この戦争によりドイツ統一はオーストリアを除外してプロイセンを中心に進められることになり、普仏戦争後、1871年にドイツ帝国が成立した。因みにヨハン・シュトラウス2世によって1867年に作曲された、ワルツである有名な「美しき青きドナウ」は、普墺戦争によるものであったらしいとされる。


 そして再びに日本へ歴史を見てみると、1872年、現在の沖縄本島や周辺を指す琉球王国は「琉球藩」へと、あと、この頃に政府は、歴史的解釈において数々と食違を後世で生むのだが、太陽太陰暦から移行し太陽暦を採用している。旧暦から新暦への改暦その為、政府はあろうことか「明治5年12月3日をもって明治6年1月1日となす」という強引な政策を実施してしまった為に、同年12月、師走は2日しかなく3日からは正月が来てしまうという混乱事態となり、笑いぐさになるのであった。

 1870年代の半ばになってくると士族の反乱が目立ち始め、さらにこれが1880年代半ばになってくると自由民権運動へと歴史は向かっていく。武力から、言論による政府批判への、転換期にもなって行くのである……。



 そんな事柄も露知らず、或る日のこと、白いブラウスに身を包み長いスカートを履き、細い腰に黒の革を巻いた格好の「お嬢様」である可憐はケンを呼んで、外へ出向いた。森へ踏み込み拓けた野原へ出ると、2人――いや一人と一匹と見えるかもしれないが――は、走り回った。

「あはは、来て、ケーン!」

 可憐ははしゃぎまわっていた。何がおかしいのかは全くの不明ではあるが、全身で楽しさを出してアピールしている。秋の夕暮れにはまだ早く、雲は筋が出来ている。枯葉が宙に舞い、落葉樹の下に被さる腐葉土が辺り一面にあった。森林には普段から人の気は少なく、可憐は気軽に訪れることが頻繁であった。施設からもそんなには遠くない。

 手に枯れ枝を取ると可憐は、槍投げのように数メートル先へと飛ばし、ケンに命令を下した。

「ケーン、あれを取ってきて!」

 楽しげなのは変わらない。「……」彼が無言なのも変わらなかった、だが与えられた任務は遂行するようで、彼は一目散に駆け出した、言われた通りに放り投げられた枝を口に咥えて持って来る。容易いことであった。

「おかえり、ケン。有難う」

 頭を撫でると、口に接吻キスをした。「君は賢いんだね」褒めて休まない。

「君にこの世界を見せてあげるよ。たくさん、たくさん」

 彼から身を離した可憐は、ぐるぐると回りながらこそ、ふらつきながら倒れてみた。「ははは」何が何でも楽しいらしい。見る者も明るくさせられよう。「たーくさん、ね……」

 突然、胸に穴が開けられたように、動かなく静かになった。「?」ケンは座ったまま、可憐を見つめる。


 動かなくなった人形。

 それを連想させる。


「私と一緒に生きてくれる……?」


 吐いた息とともに出たような声で小さく、可憐は言った。


 可憐が僅かに首をもたげて見た視線の先方向には、森に隠れた施設があった。



《続く》




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ