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第一話 脱走


【イヌ(犬)】最古に家畜化された動物とされ、人間によって最も改良をされた動物であるとも言える。その起源にはオオカミ起原説の他に、諸説がある。嗅覚、動体視力が長けているが、「大」に付く点には耳という意味があり、聴覚も優れている。



 ・ ・ ・



 ドイツ首都ベルリン、時は1945年。国家総統であるヒトラーという男は4月20日、56歳になる誕生日を、総統官邸の地下壕で過ごすこととなった。6年程の前、9月1日に世界大戦が開始されてから、月日というものは経つのが早いと、ヒトラー、男は思い出していながら自嘲する。

 男は思う。6年前と言えば、奴が――アインシュタイン。あのドイツ生まれのユダヤ人、理論物理学者。あいつが――米国アメリカのルーズベルトに原子爆弾開発を促す書簡を送ったのが、報告を聞いたのが確か、我がナチス・ドイツ軍とスロバキア軍によるポーランド侵攻を開始する、前の月だったはず。

 その年はチリで……大地震が起きた、ハインケルのHe178がジェット飛行に成功はしてくれたのだが、あれは一昨年だっただろうか、我が首都の空襲で焼失してしまった。確か……。

 男は寝室の机で頭を抱えながら、睡眠不足による過労と喉の渇きを訴えていた。

「クゥ……」

 ハッ、と、男は顔を上げている。「ブロンディ」男が名を呼ぶと、呼ばれた、知的で忠誠心と服従心に富み訓練を好むとされる性格を持つジャーマン・シェパード・ドッグは、伏せていた細い体を起こし男の傍へと寄って行った。「お前だけだ」

 もはや目の光が消えつつある男に、ブロンディは無言で首を傾げて、見守るしかない。

「外に月は出ていると思うか、ブロンディ?」

 男の言うことに、答える者はいない。部屋には、男とブロンディと、そして――。

 生まれてからまだ日が経たない5匹の子犬が、毛布に包まり隅に並んで固まっていた。

「もうすぐに夜明けが来る……」

 ベルリンは、どうなってしまうのか。ここが危険だと男は首を振る、激しい怒りと殺意、拒絶そして混乱が、身体を侵していた。地下の暗がりの部屋は、やはり暗かった。どうにか男に睡眠や安眠を与えて欲しいと……ブロンディは願っている。


 4月25日正午頃、遂にベルリンはソ連軍によって、完全に包囲された。


 男の脳裏には死の影がチラつく。私はもう――と。

 男が、近づいて行く。あれは毒だ。あれを飲むのか。ブロンディは拒んだ。

 4月30日、ブロンディは嫌がりながらも毒を「飲まされ」て――。

(アディ……)

 薄らいでいく景色に、ブロンディは抵抗した。アディとは、男のこと。目は、既に部屋を退室してしまった男に、ずっと向けられていた。最期まで閉じられることはなく、だが、その瞳には、頑固な意志の火が……消えていった。


(生きたい)


 受け継がれた火が、点火している。『彼』は走り出した。

(もっと、生きたい)

 彼は、立った。兄弟たちを無視して、彼は部屋のなかを駆け巡った。

(私……は、生きるよ)

 彼は我慢が出来ず、部屋から出る方法を考えている。兄弟たちは大人しく伏せたままモゾモゾと動いている者もいるが、立ち上がる気配はなかった。彼だけが散策し、時機を待った。するとやがて、見覚えのある女性が部屋のドアをノックし、入ってくる。「あら?」嗅いだことのある匂いを察し、彼は素早く女性の足元をすり抜け、郊外へと飛び出した。驚くのはその足の速さであった。まだ生まれて数日から数週間、耳も歯も発達途上であったが機敏で、成犬と紛う程の錯覚を起こさせた。彼は走る――颯爽と、障害となる家屋や人の間をすり抜けて。「あれは何だ?」すれ違った人々からは、疑問の声があがっていた。しかし彼は気にしてはいない。

 彼は前しか見ていなかった。矢のように。

 駿足という馬に使われるべき句は彼にも相応しくそれ以上、加速してついには光速をも越える勢いであった。


 時空をも越えて。

 彼は野性へと変わる。光に満ち溢れたオオカミに。

 時世は1868年、日本では戊辰戦争が勃発し明治天皇が即位した年である。



《続く》



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