第八話 穴埋め
【内因性鬱病】精神疾患である鬱病は現代では広く認知されているが、以前は充分に理解が得られず怠け病とも言われていた。かつて日本では外因性、内因性、心因性と原因別に分類され、鬱病はその中でも内因性鬱病という名で内因性疾患に分類されていたドイツ精神医学が主流であった。鬱病、という言葉にも解釈や理解に関して複雑多岐な為に注意が必要ではあるが、性格や環境が鬱状態に強く関係していない典型的な内因性鬱病の場合、脳内の神経伝達物質の働きが悪くなっていると推測される為、性格や考え方の問題ではないと考えられている。「頑張れ」や「サボるな」の他、「気の持ちようだ」「旅行にでも行って気分転換を」といった言葉がけも、この場合は適切ではない。
・ ・ ・
塔の上の髪長姫は、その長い髪を魔女の激怒で切り落とされた。
そして荒野へと放り出される。
赤ずきんの女の子は狼に唆されて道草をした。
そして狼に食べられる。
髪長姫は、王子と再会して幸せに暮らした。
赤ずきんの女の子は、猟師に狼のお腹から救出された。
罪と罰、そして救済。
独りで成し遂げるには、難しい。
・ ・ ・
月日は経過した。可憐がフリードと出会いそれから逢瀬を重ねて一年、季節は巡り、1870年の7月、フランスとプロイセン王国の間で戦争が始まった。普仏戦争、尚、ドイツ諸邦がプロイセン側に立ち参戦した為、独仏戦争ともいう。
スペインの王位継承問題で対立の激しかったプロイセンとフランス、両国間にドイツ諸邦が加わり大規模な戦争へと発展したこの一連で、翌年5月まで続いた結果、プロイセンの圧倒的勝利に終わりプロイセンを中心としたドイツ統一が成され、ナポレオン3世の権威は無くなり帝政は共和へと移行する。国民皆兵制を取ったプロイセンが圧勝したことにより、他国、日本も、これを見て国民皆兵制を採用することとなった。フランスの地位は崩壊し、ドイツによる支配力は拡大していく、欧州を中心とした次なる戦争、1914年の第一次世界大戦まで。
最後の手紙を折りたたみ、可憐は窓際で溜息をついた。夏は可憐にとって嫌で仕方がなく、体調も維持がし辛く、疲れやすかった。だるい身体は尚一層と可憐を苦しめ、外に出ることも憚られる。
「暑いね、ケン。動きたくないな……このまま死んじゃおっか。なんてね」
窓際に体を寄せて椅子に座っていた可憐の足元で、ケンは首を振った。
(そんなことはさせません。何を仰る。このような暑さに負けるなど失笑です)
会話は出来ないが、可憐の言い分は完璧に理解していた。毛並みは刈られ整えられ、背筋はスラリと伸びて格好がついていた。人間であればフリードにも劣らず紳士として迎えられよう、残念ながら彼は犬、いや、狼であった。
「眠いな……」
億劫なのがピークにでも達したのであろうか、朝からずっと窓際から動かなかった可憐は、おもむろにベッドへと移り横になる。そこへドアをノックして返事をすると入って来たのが、暗い顔をした使用人健在のミヤであった。手首に、調理中に火傷したらしく包帯が巻かれている。
「お嬢様。これを……」
「なあにミヤ、そんな顔をして。またドジを踏んだの? お父様には私から上手く言い繕っておくわよ」
可憐は陰気を払拭したいが為か手を振って起き上がろうとはしなかった。だが、ミヤのひと言で可憐の態度は挿げ替えられる。
「フリード様の……」
飛び起きた可憐の目に飛び込んできたものは、一通の白い手紙であった。
「友人と名乗る方からです、表書きにそう書いて」
「貸して!」
ミヤの手から手紙を奪い、封を開けた。窓際へとミヤやケンに背を向け、内容を読んだ。それほどに長い文章であったのか、時間が刻々と経過している。しかしやがて可憐が腰砕けたように座り込んでしまうと、驚いたミヤとケンは可憐に駆け寄った。
(可憐! どうした)
「お嬢様! どうされたのです」
心配する周囲にどうにか出た言葉が、衝撃を与える。
「フリードが死んだわ」
夢――大きく分けると、2つの意味で捉えられている。
将来についての願望や希望、嘱望のことと、睡眠時に見る心象、観念、幻覚のこと。順番としては睡眠時に見る方が後に付けられたものではあるが、はっきりとしない漠然とした、目では見えないものを差している。部首は草ではなく下部の「夕」の方で、夕方、夕闇。明るくはない。
草冠と思わしき部分は羊の角、そしてその下に目を表すという説があり、細く焦点の合わせ辛い羊の目に下部の「夕」などが合わさったことにより、より一層見えにくいものとなった。
さらに言えば、「人」が付くと「儚」という字になり「空しい」「不安定」「頼りにならない」などの意味として「儚し」が使われているが、漢字自体の意味はもともと「愚か」「暗い」「無知」であり、物事の判断能力が無いことを差し、人の知能について言うのである。
夢のくせに決して明るくはない、そして羊の見る夢とは。お早う。
現実の方が、結果として現れてくれる現実の方が、実は明るいのではないかと思われたりもする。
可憐にとっては、生き地獄のような生活が続いた。食事などする気も起きず、寝たきりが続いた。フリードの死が余程にショックで起き上がれず、屍の身体だとケンに漏らしたこともある。
フリードの死の知らせは彼の友人からの手紙で告げられたが、死因については「戦死」とだけ書かれたのみで、詳細は書かれてはいなかった。ケンが隙をみて手紙を見たが、彼の友人というのも確かではないし悪戯にしては度が過ぎる。だが、厳しい戦況であることは間違いがないし、フリードが可憐を訪問しなくなったのは確か、日々不安がる可憐にトドメを刺してしまったこの手紙を、ケンは口で切り裂いて破り捨ててしまおうと考えた。
手紙を咥えると、あることに気がつく。ニオイがした、金木犀の香であった。この白い手紙は、何処で書かれたものであろうか。何にせよ、嫌いなニオイにケンは吐き気がした。破って捨てる。
1日も早く、可憐が元気になって欲しいと願い、可憐の傍についていた。
(可憐。前に戻って)
見た目には衰弱することは無かった。何故ならば可憐の体は老いが無ければ成長も回復も無く、一定に「保全」されたまま。睡眠や食事は人真似で、体に処理能力はあるのだが、体内を循環し排泄するだけで、これではまるで――ではないか。
(可憐が元気になってくれるなら、私は、何でもする)
ケン――彼は走った。ただ走った。階段を駆け下り、居間を抜けて玄関へ。「ケン!?」ミヤが居たが無視をして一目散に駆け抜ける。「おっと」と、丁度入って来て玄関のドアを開けたのが運転手を兼ねるササキ、脇をすり抜ける。
他にも庭師、使用人が居たが皆、彼を止めることは無かった。走り抜けることに既視感を感じたが、気にしなかった。
彼が目指したのは、研究所。辿り着いた所で、門は閉ざされたまま変化は起きない。「クゥ……」ハッ、ハッと興奮していた息を落ち着かせて冷静に考えてみると、ここまで来た理由目的は――ワイス。可憐の父親であるワイスなら、可憐を救い出してくれるのではと期待したのだと思い出した。「クゥウウーン……」だが何の反応もなく、空しく遠吠えが辺りに響いたのであった……
一方その頃に可憐は、窓際に寝そべっていた。白い月が出ていた。今夜は闇夜ではない、太陽は日中に明るくさんさんと輝き夏を彩り、可憐を暑さと渇きで苦しませて楽しんでいる、そんな後ろ向きな発想しか思いつけずに、可憐は空を軽く睨む。果たして本当にフリードは死んでしまったのか。実は生きているのではないか。明日にでもなれば再会出来るのではないかと、淡い夢とが交錯している。
「戦争……」
起き上がって、壁に手をつく。這って立ち上がると、椅子に座る。
私は何故生きているのだと、生まれた体を思う。シニタイ……。
可憐が指を使って文字を書いても、乾いた窓には書けなかった。
そして眠る。
束の間の幻想をみよう。例えばケンが人と成って、可憐を抱く夢だ。
「お嬢様ー。お食事が出来ましたよー」
階下で大声がする。ミヤの呼び掛けであった。毎時、定時に声を掛けてはいるが返答は無く、部屋まで食事を運んで来てもドアが開かれることは無い。だがそれでも諦めてはいないミヤは、明日も定時に勿論のこと、食事を呼び掛ける。運ぶのだろう。
父ワイスとて、娘の異変を見逃すわけは無かった。
夢は叶うのだよと、隠れた誰かが申している。
闇が潜んでいる。
地下室には物がベッドしか無く、白衣の者が居て「彼」が寝かされている。そこだけが区切られた領域で、静かに時は刻まれて経過しているはずなのに肌に感ずる実感がない。
遠くでは水道から一滴、一滴と水が落ちる音がしていたが、この領域までは届いてはいないのである――閉ざされた領域。
(……)
彼は宙を見つめた。薄汚れていても暗く見えにくい硬質の天井は、彼の目に入った。この時はまだ思考力が働いては、いなかった。
「何か言ってみろ」
彼に向けられたであろう音の主は、繰り返している。
「何か言ってみろ、あ、い、う」
音は聞こえただろうが、彼に望みの反応が無かった。白衣の者は脈を時計代わりに計り、諦めてひとつ溜息をつくと持っていたノートを閉じた。そして、
「まだ『ジカク無し』。術後3日が経過。様子見の段階」
そう白衣の者は事務的に対象者のいない部屋で言い遂げると、部屋を出て行ってしまった。
・ ・ ・
夜明けが来た。
ミヤが手に黄色い手紙を持ち、階段を小走りで駆け上がって来た、そして危うく転びそうになりながらも、何とか持ちこたえ、しっかりと手紙を大事に握りながら可憐の部屋へと赴いた。
トトン、とドアをノックすると、大変に珍しいことではあるが、可憐が出て来てミヤと対面する。数日お互いは面と会っていない故に一瞬だけ間があったが、ミヤがその見えない壁を突破した。「おおおお嬢様。これをご覧下さい、ここここの手紙がたった今届いてあわわわ」可憐が手紙を受け取ると、ミヤは自分の心臓を押さえつけながら物々と念仏を唱えていた。
「……」
表面に可憐へと書かれた封書、裏には。
「杏樹先生……」
ぽつりと、呟く。「お読みしましょうかお嬢様、ああでも読めますでしょうか私にでも」とミヤが申し出たが、可憐は軽く首を振った。「読むわ。それに、杏樹先生は日本語がとてもお上手よ。ミヤにも読めるわきっと」クス、と少し笑った。
可憐の笑顔を久しぶりに見てミヤは嬉しく、何て書いてあるのかを言うように急かした。手紙には、簡単な挨拶と近況が――そしてこの手紙が無事に届きますようにと認めてあった。
「弟さんと仲良く暮らしているのですって。住んでいた所は戦渦で危険だから、親戚の所で落ち着いているみたい。辞めてから便りをお待ちしていたけど、お元気そうで良かったわ、先生も」
「そういえばパリへ移られたリンダ様はどうされたのでしょう。私、聞いていませんわ」
「リンダ? ……そうね、日本の和飾りを贈ったのだけれど、あれから返事は無いままだわ。届いていないのかしら……。それとも、パリは今……」後には続かなかった。
「お届けするにも不便ですからねぇ、ひょっとしたら何処かで紛失してしまっているのかもしれません。どうか気落ちなさらずに。ああそうです、お体の調子が良いのでしたら、お庭の散歩などいかがでしょうか。私、お供致しますから」とミヤは胸を張った。
「そうね。庭も、庭師は居るけど任せきりね。いけないわ。でもミヤはいいわ、忙しいでしょう? 私ひとりでも大丈夫」
「そうですか……じゃあ支度しましょうそうしましょう」
ミヤのペースに可憐は巻き込まれているようだ。ミヤは天使のように笑っていた。
「主なる神の被造物でありながら、高慢や嫉妬がために神に反逆し、罰せられて天界を追放された」
「自由意志を持って堕落し、神に離反した」
これを「堕天使」と呼ぶ。キリスト教の教理では、悪魔は堕落した天使だとされる。「悪魔」とは、人間でも神でもない存在ではあるが、宗教によっては神に敵対するものを指し、他の宗教の神々への蔑称になるのである。
「悪魔」は、近代では、人間の下等な本性や罪深さを象徴しているとする考え方である一方、信仰の危機、個人主義、自由意志、智彗、啓蒙などを象徴する寓意とみなされていることもある。日本の民族信仰では、災いをなす原因と想定されるものを漠然と「悪魔」と呼ぶようになった。
科学の世界でも悪魔の存在を仮定する例があり、、いずれも逆説に関連する。
近年でも化学兵器や核兵器等、大量破壊兵器に関わる学者は、「悪魔の科学者」と言われる……ことがある。
「あら……」
外に出ていた可憐は、顔を上げた。夏の暑さに負けじと、澄んでいたはずの青は気がつけば一変していた。曇天へと化していた空は、可憐を少々不安にさせている。
「あんなにいいお天気だったのに。雨が降るのかしら」
庭で土いじりをしていた可憐は、友人に贈られた羅紗の帽子を被っていたが、それを取ると一粒の雨が顔に当たった。「きゃ」雨だ、と驚いた可憐は急いで片付けをして帽子を被り直すと、小走りに駆け出し邸宅へと向かった。雨は小雨だが、降り出している。
玄関につき、息を整えて暫くどんよりとした空を眺めていると、何故だか急な不安が可憐を襲った。
(何だろう…)
これといって理由もなく漠然とした不安を抱き、可憐の小さな胸が苦しくなった。
(何この気持ち……どうしてこんなに落ち着かないの)
少し湿り気を帯びた長い髪を撫で俯いていたまま動けなくなってしまった。今に降っている雨もきっと通り雨なんだろうと思うことにした。そうやって何十分かが経過する頃に、表の方で自動車の音が聞こえて、可憐はそちらへ注視した。
「お父様?」
背格好の似た男性が見えたので、可憐はそう呼んだ。「お父様!」
叫ぶと、歩き出し近づいて行った。
運転手から後部座席のドアを開けられ車から降りてきたのは、一人ではなかった。
「あ……」
男の、ワイスの後から鎖で繋がれたのは、犬――ではない、そして狼――でもない。
「……!」
思わず息を呑み口を閉じ、手で宛てがえながら身を竦めて見てしまった光景は、可憐を非常に震わせた。立ち止まってしまった可憐へ、ワイス達の方から近づいて行く。
「可憐。お前に贈る」
ワイスの低い声が可憐の耳へと届く。
「大丈夫だ、何も心配は要らない。さ、家へ入ろう、このままだと風邪をひいてしまうな」
噛んだような笑いを一つすると、鎖を引いた。引いた鎖の先で「彼」は――何も言わず、従順に、ワイスに続いて歩き出している。頭は黒茶な毛並み、細い身体、利巧そうな顔つきをし、何も心配要らないと――父は言った。意味する所が理解しかねて、可憐は呆然と雨続く空の下で立ち留まるばかりであった。
雷鳴が轟き始めたようで、雲行きがさらに一層、変わる。
可憐がワイスから言いつけられた約束は、幾つかあった。寝室は、別にすること。それから、外出時、邸宅を出る時は必ず、「鎖」を着けておくこと――。それ以外は特別なことにならない限り、自由にしなさいと言いつかった。つまりは「彼」と過ごすようにと――許可を得たのである。
雨に濡れた服を着替えた後は、再びワイスの所へ行った。ワイスは広間で椅子に座り自分宛に届いていた手紙などを読んでおり、可憐が現れると、ワイスの横に就いていた「彼」は即座に反応して身を起こした。可憐を一心に見つめている、鎖には繋がれたままである。
「……お父様」
弱い声を出した。いまだに受け入れていない現状に、可憐は父親にすがった。
「何を怖がっているんだね。来なさい、彼は怖くはないよ。彼は私達によく懐きよく従う。言うことをきく。ほら見たまえ、ほら」
ワイスが片手を上げると、彼も一緒に顔を上げた。ワイスの言う通り、彼は躊躇することなく素直な反応を示している。「……何なの。誰なのこの人は」可憐は表情を変えず、彼を見てワイスに訊ねた。
「誰って、ケンではないか」
何でもないようにワイスは言った。「……!」可憐の身の毛がよだつ。「どういうことなの、説明して。これが……ケンですって?」
ケンの姿を最近では見ていないことにここで初めて気がつき、愚かであったことに自分を恥じた。死んだも同然に過ごしていた日々を後悔した。
ワイスが説明する。
「訓練は少々施したが、人並みにそれ以上でもそれ以外でもない。彼は狼だったかもしれないが、私達の前ではただの『人間』だ。可憐、あの男が死んでしまってお前を見ていられなくなって、試行錯誤の上、苦労して施設の人間で彼をここで人として生活出来る様に訓練したんだ。人の体に狼の脳と心臓を移植し、様子を慎重に看ていたが有り得ない程に順調で全く拒絶反応も無く心配も無い。まさに化学や科学の成せる神の業。短期間で素晴らしい成果を上げたとも言える。これは私にとっても大きな誤算だったんだぞ、解らないか、可憐?」
ワイスは誇らしげに言った。
「解らないわ」
可憐の唇が震えていた。握り潰しそうな両の手も、ガタガタと震えていた。「おかしいわ、どうかしてる」怒りが治まらなかった。「ケンを返して……ケンを」治まらない。
「代わりの人間をよこすかは初め考えた。だが、またお前を誘惑し堕落させるなら止めだ。そしたらどうだ、ケンが自ら研究所に来て、私を頼る。なら、ケンの望み通りにしようじゃないか。ケンはお前があまりにも悲痛で、私と同じく見ていられなくなったんだろう。解るか。全ては、お前の為なのだ」
彼が動いた。
手を、片手を上げて、可憐の肩に乗せようとした。だが可憐は邪険に払う。
「来ないで! ……気持ち悪い」
そして嫌よ、と背を向けながら吐き捨てた。
自嘲を込めて笑いながら。「あはははは」ピタリと止んだ。
「出てって! 今直ぐに消えてよ!」
可憐のヒステリックな叫びに、聞きつけたミヤを含む使用人たちは、ドア越しに様子を窺うだけでなかに入って来ようとはしなかった。だが、可憐に罵倒され命令に従順である彼は抵抗も無くそれに従い、ドアを開けて出て行こうとする。「まあ待て、落ち着きなさい。ケン、外に出て行かれては困る。自分の部屋へ戻りなさい」とワイスは言った。彼はたじろぎ、可憐とワイスのどちらの言うことを聞けばよいのかを迷っていたが、首から繋げられた鎖を引っ張られてワイスに「来なさい」と命じられ、仕方なく彼は部屋へと為すがままに連れて行かれた。
出てって。今直ぐに。
可憐に激しく拒絶され、彼の思考能力は著しく低下していた。
その晩。皆が寝静まった頃である。
ひとりの男が、2階の窓から飛び下りた。
誰に告げるでもなく、彼は『従った』まで。
「モット生キタカッタ……」
しかし歴史は彼の死を、許さない。
生きろ。
1870年、時を越えて、彼は次に1948年へと降り立つ。白衣の者たちが予告した、その通りに――歴史に、従うまで。
「過去へ、未来へ、また未来へ、そしてだ――人と成る」
《続く》