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…さすがに修羅場からの離脱は出来ませんでした。
試みたのかって?
それもしていない。
試みなくても分かるからだ。
大勢人がいるにも関わらずここ一帯が、すっごい静かなんだ。
澪さんの声がよく響くほどに。
そんな中動くなんて自殺行為でしかない。
下手に動いて澪さんに見咎められたらどうするんだと動く前に気づいたのは僥倖だった。
しかし、やっぱり神様は俺に優しくないわけで…。
ピピピピ…
「っ!?」
俺のポケットに入れてあった携帯が無情にも着信を知らせる音が鳴り出し辺りに響く。
どこのどいつだっ!!
一気に集まった皆さんの視線が痛い。
「あっと…すいません」
動揺が伝わらないように心持ちゆっくりとした動作で携帯を取り出した。
どこのどいつだろう。
高知なら潰す。
忍でも潰す。
篠川だったら……泣かすくらいで勘弁してやるか。
そんなことを思いつつ携帯画面を見て俺は絶句した。
文句が言えない人からの着信だったからだ。
ピッ…
「…もしもし?」
自分に突き刺さる視線など遠く彼方だ。
携帯から聞こえてくる声に耳を…全身全霊を傾ける。
「――ん…ああ――…分かった」
だだ応と答える。
それしか求められてないのは分かっていたから。
俺だって全てを受け入れるなんて聖人君子ではないので、ものによりけりだが、今の状況で相手に否と言える確固としたものはないのだからこうするという選択肢しかなかったのだ。
通話を切って俺は視線を前に向ける。
俺に向かっている視線のひとつを捉えた。
「澪さん」
「…なあに?」
澪さんがいつになく慎重に返事を返してきた。
先ほどまでの雷蔵氏に向けての勢いなどちらともない。
「――お話にまだ時間がかかるようでしたら、先に帰らせていただいてもいいですか?」
言い放った言葉に目を見張る澪さん。
ついで何かを思い出したのか、青ざめた。
「俺知らなかったんですけど…うち母親と何か約束されてたんですよね?」
うん、その約束とやらをもっと早く聞いておきたかったな、俺。
そう…電話の主は母さんだった。
場所については到着した初日に報告済みだったので、今日の約束(俺は全く知らなかった)の時間に間に合うようにと、確認のための電話をしてきたらしい。
「知らなかったとはいえ、約束を破ったらペナルティは受けてしまうので、先にお暇を――」
「ううんっ!は、話はもう終わるからっ!!もう出発するからっ!!!」
待ってと言わんばかりに向けられた眼差しに頷いた。
「では…5分だけ待ちます」
下ろしてあった鞄を担ぐ。
「あ…」
複数の声がこぼれるのが耳に届く。
珠姫が俺の横に来たからだろう。
自分の分の荷物を持って。
「…おばさんたちが間に合わなかったらそんままおいていきそうな勢いだな」
大河が珠姫の様子を見てそんな軽口をたたく。
言っておくが、「おいていきそう」なのではなく、「おいていく」の間違いだ。
澪さんと真さんには悪いけど、そうなるだろう。
そして、俺も珠姫をおいていくつもりはない。
澪さんのお楽しみ(?)のせいで珠姫にまでペナルティーが課されてしまえば、俺が巻き込まれる可能性は非常に高い。
高いのだ。
大事なことだから2度言ったぞ。
俺の保身のためだが、悪いとは一ミリも思わない。
皆わが身が大事だって事さ。
親戚一同が引き留めようとする中、澪さんは一切合切シャットダウンした。
せっせと車に荷物をのせ、挨拶もそこそこ(先の時間にかなりの時間を割いている)に旅館を慌しく出発した。
「…マコ、間に合う?」
心配そうな声が車内に響いた。
「うん。この時間ならまだ大丈夫だよ」
「よかった…」
澪さんの身体が助手席に沈む。
ほっとしたらしい。
同じように身体を座席に沈めれば、珠姫が寄りかかってきた。
「あ」
携帯がメールの着信を告げる。
ボタンを操作して確かめた先には、先ほど別れた大河からのメールが届いていた。
別れたばかりなのだが、どういうことだろう?
あ、写メ付きだ。
メールを開ければひとこと。
『対策本部(笑)』
などと書かれていた。
(笑)って……。
添付されていた写メには、数日過ごした旅館の大広間で頭を小突き合わせて悩む珠姫たちの親戚一同。
「……」
澪さんに無言で携帯画面を見せたら、車内が澪さんの爆笑でいっぱいになった。
「大河くん、最高っ!」
目に涙を溜めてグッと親指を立てる澪さんをパシャリと撮影して大河に送り返してやった。
文もつけた。
『ご満悦のようです。』
そして文を足した。
『※見終わったらすぐに画像を消すように』
…真さんに抗議されてしまったので。
ついでに真さんの携帯に澪さんご満悦写メを送って、自分の携帯からも画像を消した。
素早く対応したおかげか、真さんの機嫌もすぐ直り、よかった、よかった。
……そんなこんなで、俺たちのGW旅行は幕を閉じたわけだ。