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今、俺は部屋付けの風呂ではない誰でも入れる(男女は別だ)露天風呂に来ていた。
「攻防を繰り広げる体力を消耗するくらいなら」と、俺は部屋付きの風呂に入るという選択肢を泣く泣く捨てた。
……いや、まだ諦めてはいない。
部屋の風呂は明日珠姫が寝ている間を狙って入るつもりだ。
全身を洗ってざぶりと湯の中に身を沈める。
露天ということで、熱めに設定された温度に身体が縮まり、その後弛緩する。
フウッと息を吐き出して空を見上げた。
視界の先にはほぼ満月があり、俺の目を楽しませてくれるのと同時に、俺を思考へと誘う。
何を考えるかって?
それは簡単。
『珠姫のこと』についてだ。
本当に、珠姫も成長したものだと感心したんだ。
思い出すだけで口の中が苦くなる気がする。
珠姫の問題発言が飛び出した後、前を歩いていた真さんは、電池の切れた玩具のように動きを止めたし、澪さんがとっても楽しそうな顔でこちらを見ていた。
母さんの言葉に唸っていたあの態度はどうしたんだと言ってやりたかったな…。
肯定でも否定でも、どちらの言葉だとしても使うことになる体力を思って、笑顔と無言を貫いて逃げた。
纏わり付く珠姫と、ニヤニヤ笑う澪さん。
そして固まって動かない真さんを伴って部屋に移動した。
用意されていた荷物から着替えを取り出していれば、珠姫が同じようにお風呂へ入る準備を始めた。
俺の口を突いて出たのは、お馴染みのため息だった。
結局、何処までも付いてきそうな珠姫の頭を押さえつけて無言で拒否を示し、興味深々にこちらを見てくる澪さんに、無理やり貼り付けた笑みを向けて無言で要求を突きつけ、俺が着替えを持って部屋を出るまで珠姫を足止めさせた。
この時、澪さんが笑顔で固まって、汗をだらだら流していたことなど知らん…何も俺は見てないぞ!
というか、親ならその前に止めろ!頼むからっ!!
ガララ…
「…」
引き戸の音に現実に引き戻される。
ここは共同施設。
他の人が入ってきて、何の不思議も無い。
しかし、場所が場所だけに俺の身体には緊張が奔る。
場所。
それは珠姫の親戚たちのみで占められている旅館という意味だ。
大広間での状態を思えば、残念ながら関わりたくないと思っても仕方が無いことだと思う。
洗い場に背を向けているのでその姿は見えない。
だが、気配はひとつではないのが分かった。
そして、複数の人間が入ってきたはずなのに、この静寂。
悪い予感が募っていく。
「よう」
身体を洗い、お湯を使う水音が響いてそれも終わる。
緊張も高まってきた時、声をかけられた。
まだまだ俺の1日は終わらないらしい。