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満足した。
嬉しいことに予想は外れず、どれもこれも美味しかった。
美味しすぎてちょっと食べ過ぎたかもしれん。
ついお腹をさする。
オヤジだとか言わないでくれよ。
地味に凹むから。
食べている間に、真さんと澪さんも挨拶回りから帰ってきて、料理に舌鼓を打つ。
遅れてきたので、隅っこのスペースでいるのだが、そこに親戚さんたちが寄ってくること、寄ってくること。
何しにくるかって?
それはビールやらなんやらを片手に挨拶に来てるみたいだ。
さっき真さん達が挨拶に行ったのだから、必要ないような気がするのだが、来る人は絶えない。
それを見守っていれば、人が来る理由が段々読めてくる。
これは真さん達に挨拶に来るのではない。
珠姫の顔を見に来ているのだ。
どんだけだよ!
とか突っ込んでもいいのだろうか。
表向きは真さんのところにお酒を持って来るものだから、もう真さんは何杯になるか判らない酒の量に、顔が真っ赤だ。
真さんて、そんなお酒に強かった記憶がない。
嗜み程度だったような気がする。
それでも、持ってこられれば断れないのか、真さんが次に来る人に酒を注いでもらうために杯を空ける。
なんて悲惨。
ストレートに珠姫に声をかければいいのに。
大人ってのは回りくどすぎて困る。
ほら、さすがに澪さんも心配そうな顔で真さんを盗み見ている。
「もうそれぐらいで」と言えないようで、どうにも手をこまねいて真さんの横に居る。
…ふむ、これは救いの手を差し伸べる所かもしれない。
珠姫に視線を向ければ、すぐに返ってくる視線。
ちょうど、挨拶にかこつけて珠姫の顔を拝みに来たおやっさんが自分の席に帰っていくところで、チャンスだと思った。
じっと珠姫を見て、視線を真さんに移して、最後に空になったコップに視線をやった。
これだけで十分伝わるはずだ。
それは俺の勝手な思い込みではなく、ちゃんと効力を発揮した。
俺たちの前が空いたのを見た先ほどとは違うおやっさんが、ビールを手に立ち上がろうとしているのを視界の隅に納める。
「…マコ、それ以上は-」
「大丈夫だよ」
心配そうな澪さんの声に真さんが真っ赤な顔で健気に微笑む。
何か暗黙の了解でもあるのか。
2人の様子を見てそう思う。
まあ、無愛想な珠姫を挨拶回り(?)について行かせるのは無理があるからな。
これがある意味恒例の珠姫流挨拶回りなのかも?
…全然、挨拶回りな話じゃないな。
これでは珠姫のご機嫌を伺いに親戚たちが来ているみたいだ。
みんな声もかけず近くで珠姫を見て満足しているようだし。
珠姫は生き神さまか何かか?
…しかし、すごく真さんに負担がかかっているのが問題だ。
さて、今回はここまでにしてもらうぜ。
見ちゃったものは放置できない性分なんだ。
こんなハイペースな飲み方、絶対身体に悪いっての。
「珠姫」
コソリと呼ぶ。
隣の気配が動くのが分かる。
「ふー…え?珠姫?」
人知れず酒臭いため息を吐く真さんの横には珠姫。
困惑する真さんを放置して、無言で珠姫は手を伸ばす。
手を伸ばした先には真さんが手から離すことが出来なくなりつつあるコップ。
問答無用でそのコップを奪い取り、珠姫はそのコップをカタンとテーブルの上に逆さにして置いた。
「もう飲んじゃダメ」
「あ…」
不思議なくらい部屋の中を珠姫の声が通る。
まあ、当たり前だ。
皆が珠姫に注目していたのだから。
本当にどんだけだよ…。
珠姫のこの行動は効果覿面だった。
俺の視界の隅に映ったおやっさんだけじゃなかったらしい。
手に持った酒という酒を皆がテーブルに置いたのだ。
そこらかしかでテーブルとビール瓶の擦れる音がする。
「え…と、飲み過ぎ?」
「ん。皇ちゃんがそれ以上は身体に悪いって言ってる」
ちょっ!珠姫さんっ!!それ、ここで言っちゃいますかっ!!!?
うは。皆さんの視線が突き刺さりますわ~(遠目)。
へにゃりと効果音が付きそうな笑顔の真さんと、キラッキラな笑顔の澪さんの顔がこちらを向いているが、ちょっと見たくありません。
珠姫さん、もうちょっと人の気持ちについて学ぼうか。
…いえ、学んでください(切実)。
俺は心で泣いて、表面上は引きつった笑顔を浮かべるのだった。