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こぼれ話05






「皇~~~!!」

「くどいっ」

「冷たい!」

「ああ。冷たくて結構だ」


ここ数日続いているこの攻防、今のところどちらも譲る気が無くて終わることなく続いている。


「~~~~~~!!!」


唸る高知から顔を逸らすと、そこには悪友たちの姿。


「なんだよ」

「お前等も飽きないねぇ」

「高知に言えよ」

「まあまあ」

「皇が教えてくれれば終わる話だっつーのに!」

「五月蝿い。黙れ」


ツンドラ気候も真っ青な冷たい声がすべてを凍らす。

さすがの高知も黙り込む。


「あ…ははは…」

「まったく。どいつもこいつも個人情報の守秘義務ってもんを分かってないのか」

「…」

「そ、それよりもだ!俺、聞きたいんだけど」

「何?」


まだツンドラ気候からも抜け出せない鋭い目から視線を逸らしつつ、彼らはここ数日大きくなっていく噂の真相が知りたくて口を開く。


「あー…実はな、姫さんが携帯を購入したことをほぼ全校生徒が知っているんだが」

「そりゃあ、何処かの馬鹿が大騒ぎしてるからな」


『姫さん』というのは珠姫のことだ。

最近、2・3年生では珠姫はこう呼ばれるようになってきた。

名前とその容姿的なものをもじっているようだ。


ちらりと皇紀が高知を見る。

気まずげな顔をするのに、少しだけ溜飲が下がる。


「いや、高知が原因とも言えないっぽいんだが」

「…はあ?」

「俺が聞いた話だと、お前たちが騒ぎ始めた日の朝には、1年の学年は皆、姫さんの携帯購入の件を知っていたらしい」


1年。

その言葉に、どこから情報が広がったのか、察知してしまった皇紀だった。

どっぷりと重たいため息を付く。


「…でだ」

「まだ何かあるのか…」

「おう。実は、その姫さんの携帯に垂涎のお宝待ち受けが――」


ガタンッ!!


最後まで言わせることなく、椅子が乱暴に引かれた音が間に割って入る。


「―――」

「こ、皇?」

「―…ま、待ち受け…画面?」

「ひっ!」


ゆらりと立ち上がった皇紀に、周りに集っていたやつらがこぞって一歩後ろに下がった。

そんなことはお構いなしに、皇紀はもう一度聞く。


「待ち受け画面がどうした?」

「ひ、姫さんの友人の篠川さんが叫んだって…言うんだ…」

「…なんて?」

「それを見れば、『絶対、私、幸せになれる』からって…」

「…」


ゆっくりと席を離れる皇紀。

それに伴い割れる人の波。


「こ、皇?」

「み、宮ノ内っ?!」


辺りの人間の関心の視線など放って、皇紀は教室を飛び出したのだった。









「珠姫」

「皇ちゃん!」


皇紀が珠姫の教室について名前を呼べば、振り向いた珠姫が嬉しげに笑って、席を立つ。

珠姫の席の前に座って、珠姫に向かって拝む仕草をしていた綾香はその姿勢で固まっている。


「篠川、用があるんだが。今、大丈夫だよな?」

「は…ははは…はぃ…」


乾いた笑いとともに振り向き、悄然と頷いた綾香と珠姫を連れて移動する。

気付けば、また人の波を割るように移動する皇紀たちがいた。





「で?弁解はあるか?」

「…無いです」

「ほお?」

「…」

「俺は篠川をそれなりに評価していたんだが?」

「…すいません」

「ああ…で?」

「…目先の欲望に負けてしまって」


未だ悄然とうなだれたまま、綾香は口を開く。

皇紀の顔は怖くて直視できない。

声だけでも氷点下なのだ。

今回の騒動の原因となった身としては、綾香には何も申し開きの言葉は無かった。


いや、言いたいことはあった。


「あ、あのま…」

「…?」

「…」

「…」

「……」

「はっきり言え」


痺れを切らした皇紀に、ヤケになったのか、綾香はキッと睨んで捲くし立て始めた。


「あの待ち受け画面は何なんですかっ!!あの待ち受け画面が悪いんですっ!あんな待ち受け画面、反則ですっ!!何ですか?あの写真はっ!!宮ノ内先輩が、あんな写真を待ち受け画面に許すから悪いんですっ!!!」

「…」


ゼエハア、息をこぼす綾香を見下ろす。

いつもの冷静沈着な姿は片鱗ひとつ残っていない。


「…珠姫。携帯」

「ん」


端的に言って、手を出せば、珠姫が手の上に自分の携帯をのせてきた。

パカッと開けば、その待ち受け画面は記憶にあって、記憶に無い画像が曝し出されていた。

皇紀にその写真がいつ撮られたのかについての記憶はあったが、その仕上がりについては見てなかったので、知らなかったということである。

ここで初めて見たと言っていい。


「これか…」


皇紀のこの言葉は、今回の騒動(?)全てを理解したことへのものだった。


(これが澪さんに送られた画像なんだろうな…)


皇紀が、真から命のほとばしりというべき言葉を聞かされた原因というべき画像。

皇紀には、母親の高笑いが聞こえてくるような気がした。


(あのひと…やってくれたよ…)


もう、何度目かの諦めの極致だった。






「珠姫」

「?」

「この待ち受けはやめなさい」

「や」

「珠姫」

「やあ!」


皇紀の言葉には大抵従う(?)はずの珠姫がイヤイヤと、首を振る。

何度目か分からないため息をつく。


(仕方が無い)


皇紀は覚悟を決めた。


「分かった。―…じゃあ、もう俺の部屋への出入り禁止」











近づき、珠姫の耳元で喋る皇紀の声は、綾香には聞き取れなかった。

耳に落ちた言葉に、珠姫が無表情を消して、ショックを受けたような顔をした。

綾香はその変化を目の当たりにして驚く。

いつもではありえない、目に見える変化だった。


「やだぁあ…」


涙まじりの声。


「その待ち受けがあれば大丈夫だろう?俺が居なくても」


そっけない言葉。


「ちがう!」

「……じゃあ、その待ち受けやめるか?」

「………ん…」


とても悲しそうな声に、綾香はすぐにでも駆け寄り、抱きしめたいと思う。

しかし、いつの間にか第三者的な立ち位置の綾香には、介入は許されていなかった。


「…いいこだ」

「…」


グリグリと頭を撫でられて尚、悲しそうな珠姫に、皇紀が軽く息を吐いてもう一度、口を耳に寄せる。


「――」


変化は劇的。


華のような笑顔。


そして、皇紀の胸元に押し付けられた頭。



「篠川」

「…は、はい!」

「すまないが、あの待ち受けのデータはやれん。すまないな」

「あ…は、い…」


皇紀の言葉に残念と思いつつも、先ほど見た珠姫の笑みで今回は満足した綾香だった。

珠姫に視線をやれば、錯覚かと思うほどに、珠姫はいつもの無表情に戻っていた。


「…元に戻ってる」


納得したつもりでも、納得できない心もまだあって、つい言葉が零れた。

皇紀がそれに笑ったのを見て、慌てて綾香はいつもの顔を取り繕った。


「…この度は、ご迷惑おかけしました」

「いいや。こちらも迷惑かけた」













皇紀と分かれて珠姫と教室に戻りながら、綾香は思い出す。


(そう言えば、さっき、宮ノ内先輩なんて言って珠姫を納得させたんだろう?)


思い出したら気になって仕方なかったが、聞いても珠姫が何も言わないだろうと思ったので、聞くことはしない。



当分の間、皇紀の台詞を思い描いて悩むことになるのだが、この時の綾香はその事を知る由もない。






次で携帯のお話は終わります。

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