こぼれ話04
何処までひっぱるのか…。
「珠姫、おはよう」
「おはよう」
「なにか嬉しそうね?」
いつもの時間に学校に登校した篠川綾香は、出入り口のドアから教室の中を見回し、これまたいつものように窓際の席に座る筒井珠姫を見つけて、挨拶をしつつ、前の席に鞄を置き、椅子に座った。
まあ、当然だ。
そこが彼女の席であったからだ。
挨拶をすれば返ってくる返事とは別に、今日の珠姫はいつもの無感情さを捨てて、少々フワフワと浮いたような雰囲気を纏っているように感じた。
他の者にはいつもどおりに見えたことだろうが、友達宣言をしてからここ数週間、彼女を近くで見てきたのだ。
ちょっとした雰囲気の違いくらいは分かるようになったと綾香は自負している。
「携帯買った」
「わお」
珠姫がなんてことない風に携帯電話を購入したことを口にしたわけだが、綾香はそれに思わず驚いた。
「予想より早かったわね…。で、ナンバーは教えてくれるんでしょう?」
「ん」
ピラリと、一枚の紙片が目の前に置かれた。
それには、珠姫の番号であろうナンバーとアドレス。
綾香は口元を弓なりにあげる。
「ありがと」
紙片をつまみあげて礼を言う。
「で、どんな携帯買ったの?」
「ん」
紙片を胸ポケットに収めて聞けば、これまた机に置かれた携帯。
チェリーピンクの装丁に、上蓋にキラリと輝くビーズの花が咲いていた。
「可愛い。買ってすぐにデコったの?」
「亜紀さんがしてくれた」
「亜紀さん?」
「皇ちゃんのお母さん」
「!」
突然出てきた知らない名前に誰かと聞けば、さらりと珠姫の愛しい人の母の名前が出てきて、さすがの綾香もすぐには返答できない。
「そ、そう…」
動揺を隠せず、少しどもりながらもかえせば、無言で頷く珠姫がいた。
(幼馴染とは聞いたけど、かなり親密なのね。親公認なのかしら?)
まだ出会って少しの、それも無口に近い珠姫の事情を、実は綾香はそれほど知らない。
根掘り葉掘り聞くのも、綾香の意に反していた。
これからでも話を聞くための時間はたっぷりあるのだからと綾香は急いでいない。
「携帯見てもいい?」
「…ん」
考えるそぶりを見せたが、頷いた珠姫に礼を言って、携帯を机から持ち上げた。
買ったばかりの傷ひとつ無い装丁に、自分もそろそろ新しい携帯に替えようかしらと思いつつ、パカリと開けた。
その途端、視界に入ってきたものに綾香はフリーズした。
開けた携帯の画面には、珠姫と皇紀のツーショット写真。
しかしそれだけで綾香が固まるはずは無い。
2人のツーショット写真は、ただ一緒にフレームの中に納まっているというだけじゃなく、珠姫が、皇紀の中に抱き込まれているというもので、それに伴い、珠姫が惜しみなく笑みをこぼしていたからであった。
「っ!…っっ!!っっっ!!!?」
携帯を握り締めて、声を出さずに身悶える綾香。
その姿は、いつもの彼女からはかけ離れた姿で、教室に来ていた生徒たちの視線を奪うには十分だった。
しかし、綾香の奇行は終わらなかった。
携帯を片手に、机に突っ伏し、バンバンと机を叩き始めたのだ。
「~~~~~~~~~~っ!!!?」
その奇行は少しの間続いた。
「はぁはぁはぁ…」
ぐったりと疲れた…―しかし、それよりも満足げな顔をして乱れた息を整える綾香がいた。
深く吐いて、深く吸ってを繰り返して、やっと落ち着く。
「携帯」
「あ…ごめん」
手を出されて反射的に謝りながらその手のひらの上に携帯をのせる。
ハッと気付けば、携帯は珠姫のポケットの中。
「ああ!……珠姫」
「ん?」
「今の待ちうけ画面のデータ……ちょうだい?」
「だめ」
「ええっ!!やだ!欲しいっ!」
「ぜったい、だめ」
「その画像があれば絶対、私、幸せになれるからっ!ねっ!!ちょうだい??」
「これは珠姫の」
この日、ずっとこの光景が繰り広げられるわけだが、その光景に、同じクラスの生徒だけでなく、ほぼ全ての生徒が、珠姫の携帯を購入したことについて知り、その携帯の待ち受け画面に興味を持つことになる。
皇紀がそのことについて知るのはもう少し後のことだった。