こぼれ話03
「珠姫ちゃん」
「?」
「真くんにメール送ってあげた?」
「ん」
珠姫は頷いて携帯画面を向ける。
そこには「元気」の文字。
亜紀恵は想像通りのメールに笑いを隠せない。
そして、そんな素っ気無いメールだろうと、狂喜乱舞しているだろう真も想像できた。
「澪ちゃんには?」
「これから」
「そうなの」
珠姫の返事を聞いて、亜紀恵はある事を思いついてニヤリと笑う。
「真くんと同じにするの?」
「ん」
「せっかくだし、ちょっと足さない?」
「?」
「写メについて皇紀に聞いた?」
「んん」
珠姫が聞いてないと頭を振って否定する。
その様子を視界におさめて、皇紀を探す。
皇紀はソファで、暢気にサッカー中継を見ている。
「携帯で撮る写真のことなんだけど、それをメールにつけて送ることができるのよ。せっかくだから、澪ちゃんに送ってあげましょう?」
「ん…」
(あら。そんなにノリ気じゃないわね…なら)
「皇紀と一緒に写っているやつを送ってあげましょ?気に入った写真があれば、待ち受け画面とかにも出来るわよ?…ああ、待ち受け画面っていうのは、この開けたときに最初に見える画面のことよ。携帯を開ければ、皇紀の写真があらわれる!どうかしら?」
「撮る!」
軽々と珠姫のやる気を引き出して、亜紀恵はほくそ笑む。
操作方法を軽く教える。
まずは実践あるのみだ。
珠姫を引き連れて、テレビに夢中の皇紀に近づいていく。
「珠姫ちゃん」
「ん」
「…うわっ!な、なんだ!!珠姫っ」
目配せひとつ、珠姫が頷いて皇紀の膝に突進する。
珠姫の行動に驚いたのは皇紀だ。
抵抗する暇もなく膝を占拠される。
ギュウッと抱きついてくる珠姫に皇紀は目を白黒させていた。
「ナイスよ!珠姫ちゃん!!」
「っ!母さんの仕業かっ!!何してんのっ?!」
「携帯買ったんだから、せっかくだし、写真機能を珠姫ちゃんに教えてあげようと思って?」
「~~~~!!」
「いいじゃない。珠姫ちゃんが一日でも早く携帯に馴染んでくれれば万々歳でしょ」
「…分かったよ」
文句を言おうとして機先を制されて黙り込み、しぶしぶ頷く皇紀に、亜紀恵は心の中で拳を握る。
「よし。じゃあ、そのまま動かないでね。珠姫ちゃん撮るからそのまま可愛い顔ちょうだいね」
「母さん、それじゃ何処かのエロカメラマン―」
「口を閉じなさい、“皇ちゃん”?」
「…」
ガラリと変わった雰囲気と、むしろ変わらず微笑む亜紀恵に皇紀が黙り込んだ。
「ハイ、チーズ!」
ピロリン♪
可愛らしい音が部屋に落ちる。
「―ちょっと笑みが足りないわね」
「…」
「もう一回撮るわ。―皇紀」
「…なんでしょうか、お母様?」
「ギューッと珠姫ちゃんを抱きしめてあげてちょうだい?」
「…」
ため息をひとつ。
しかし、皇紀に否やは許されていなかった。
「うん!可愛いわ!!」
ホクホクと満足そうに笑う亜紀恵と、これまた皇紀に抱きしめてもらって嬉しそうな珠姫は、台所に移動する。
皇紀は、ぐったりとソファに身体を預けてる。
テレビ画面で続いているサッカー中継を見る気力は無いようだ。
「じゃあ、珠姫ちゃんこの写真を澪ちゃんに送ってあげましょう!」
「ん」
「それが終わったら、待ち受け画面の設定も教えてあげるわ」
「ん!」
嬉々として、メールを打つべく携帯をたどたどしくも操作する珠姫を優しい瞳で見守る。
(これで、珠姫ちゃんが携帯を大事にしてくれるといいのだけど…)
宮ノ内家の家庭内平和を守る亜紀恵は日々いろいろと考えているのである。
この後、血も凍らせよといわんばかりの真の抗議の電話が宮ノ内家へかかって来るのだが、それはまた違う話。
ただ、一言付け加えるのならば、皇紀が「母さん、勘弁してよ…」と、ソファに深く深く沈んだという事実だけだった。