こぼれ話01
珠姫の携帯購入によって、こぼれたお話。
「ん」
「…なんだ。その手は?」
お弁当を食べ終わって気の置けない仲間たちと話をしているところに高知がやってきた。
短い言葉とともに差し出された手。
その手を見て、視線を上にあげる。
ワケが分からん。
珠姫とは違ってお前の意図は分からないんだから、きちんと口で説明しろよ。
じろりと睨めば、高知も負けずに睨んできた。
本当に、ワケが分からん。
急に勃発した緊迫した雰囲気に、クラスメイトたちが何事かと注目してくる。
それに顔をしかめたのは俺だ。
「その手は何だ。口ではっきりと言え」
もう一度、問う。
そうすれば、何故分からないんだとばかりに、ため息をつかれた。
ため息をつきたいのはこちらのほうだ。
本当に、何故こいつはこんなに偉そうなんだ?
「ケータイ」
「…は?」
「携帯。携帯電話!昨日買いに行ったんだろ。珠姫ちゃんの」
「あ?…ああ。そうだな。買いに行ってきたな」
しかしそれがどうしたのだ?
そう思ったのは俺だけだったらしい。
俺の発言に周りがざわめいた。
何なんだ?
「約束だろ。珠姫ちゃんのナンバー教えろよ」
騒ぎ始めた周囲を放って、高知がもう一度詰め寄ってくる。
「なんで?」
「なんでってお前…」
「あいつの件は片付いただろ。教える必要がない。だから俺は教えない」
「なっ」
やっと理解ができて、返事を返す。
当然だよな?
あの時は緊急事態だったからあんな事を言ったが、事態が落ち着けば、俺が勝手に珠姫の携帯番号を教える権利は無い。
たとえ俺がここで珠姫の保護者のように認識されていてもだ。
だからそう言ってやったのに、俺の答えが予想外だといわんばかりに驚かれた。
ワケが分からんやつめ!
「皇!」
「駄目だ」
「皇~~~!!」
「俺に聞かずに、珠姫に直接聞いてくればいいだろうが。そこまで俺は制限しないぞ。出来るだろ、有能な生徒会長様?」
少々意地の悪い言い方はご愛嬌だ。
珠姫の携帯には今、澪さんと真さん、父さんに母さんと自宅、そして俺の携帯くらいしか登録されてない。
いや、多分今頃は篠川の携帯は登録されていることだろう。
彼女が珠姫の番号を勝手に流出しないことは分かっているから、安心だ。
それに、きっと下心満載のやつらが来ても、ばっさり斬って捨ててくれていることだろう。
そして、珠姫も購入した今でも携帯に興味が無いから、ほぼ放置だろうな。
(…携帯持つ意味があるのか?いや、でもまた変なやつが出てきたら…)
もう購入してしまってから考えることでもないと思いつつも、考えてしまうのは人の習性か。
いや、俺の習性か?
深みに入りそうな思考はシャットダウンする。
高知の様子を窺うと、プルプルと震えている。
どうしたんだか?
声もかけずに見守れば、若干涙目でこちらを睨んでくる。
そういう仕草は可愛い女の子がするべきではないのか?
そう考えた俺は悪くない。
「ああ!やってやるぜっ!!お前なんかの手なんて借りねえっ!!?」
一方的に宣言して、高知が教室を飛び出していった。
これから珠姫のところに行くのか?
やる気満々だな。
うん。強く大きくなれよ!
見送った俺を欲望に満ちた目をしたやつらが待ち構えていたのだが、俺はこの時気付かなかった。
見事逆砕して帰って来た高知が、俺に泣きついてくるまで後、数十分。
珠姫の携帯番号を巡って新たな苦難の日々がやってこようとは、このときの俺は髪の毛の先ほどにも思ってはいなかった。
斯くも世の男たちは、おろかな生き物らしい。