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「ありがとうございました~」
携帯ショップの紙袋を片手に、珠姫と歩く。
「家に帰ったら、使い方教えるからな」
「ん」
家に一番近い携帯ショップに行った。
機種は俺と同じで、色違い。
これなら、俺も珠姫に教えやすい。
日も暮れかけて、薄暗くなってきている。
街灯が道を照らし始める。
珠姫がオレの制服の裾を引っ張った。
何事かと立ち止まり、視線をやれば、珠姫の視線は小さな公園へ。
その公園は珠姫と幼いころによく遊んだ場所だった。
懐かしい。
傍に居る珠姫と公園を交互に見て、長い月日が経ったのを実感する。
珠姫と離れてから俺がここで過ごしてきたように、珠姫も離れた場所で長いこと過ごしてきた。
その事実が確かにあるのに、俺は今、昔と同じように珠姫と一緒にいる。
何故か不思議を感じる。
珠姫が横に居るという当たり前の日常を過ごしている今の俺には、珠姫が横に居なかった時間が夢の中の記憶のように曖昧に思えた。
「公園寄りたい」
ボウッとしてれば、珍しく珠姫が言葉で意向を伝えてきた。
導かれるままに公園に足を踏み入れる。
時間が時間なだけに、人っ子一人居ない。
小さな公園の敷地に、詰め込まれたかのようにブランコと滑り台があった。
昔は砂場もあったのだが、衛生面からなくなってしまったと、この公園で遊ばなくなって数年後くらいに何処かで聞いた。
水のみ場があって、それで全部だ。
公園を囲うようにどんぐりの木が茂っている。
時期的にどんぐりはまだ無い。
よくどんぐり集めをして遊んだ事を思い出す。
「そういえば…」
思い出した。
細かい理由は思い出せなかったが、公園でどんぐり集めをしているときに何歳も年上の悪ガキに絡まれた日の事を。
珠姫に手を伸ばしてきたやつらから俺は珠姫を庇った。
生意気だと押されて尻餅をついた。
これはもう抗戦するしかないと、意識をかえて飛び掛ろうとしたとき、俺の後ろからどんぐりが飛んでいった事を鮮明に思い出す。
一番前に偉そうに立っていた悪ガキの顔に当たってどんぐりが地面に落ちた。
やつらの顔は面白いほどに間抜け面になっていた。
「珠姫がどんぐりを投げてくるとは思ってなかったんだろうな…」
あの後は怒涛のようだった。
珠姫が集めたどんぐりを次から次へとやつらに投げた。
コントロールが良く、顔めがけて投げられるどんぐりが、思いのほか痛かったらしく、逃げ惑うやつらに異変に気付いた大人がやってきて、その場はおさまった。
「大概、珠姫もやられっぱなしじゃ無いんだよな」
笑いがこみ上げた。
思い出している間に、珠姫がブランコに移動していた。
「皇ちゃん」
呼ばれてブランコに近づけば、座るように言われる。
…ブランコで遊ぶような年でももうないんだが。
珠姫に従って座れば、その膝の上に珠姫が乗ってきた。
「もうひとつあるんだから、そっち乗ればいいのに」
「やだ」
「さいですか…」
抵抗するのも面倒で、そのまま軽くブランコを揺らす。
キィ…
連結部分のところから擦れる音が聞こえた。
「皇ちゃん」
少しの間ブランコを揺らして黙り込んでいたらまた名前を呼ばれた。
「なんだ」
ブランコを揺らすのをやめずに問えば、珠姫が俺に預けていた身体をより一層押し付けてきた。
「好き」
珠姫の声が静まりかえった公園に落とされた。
「…そうか」
「ん」
幼いころから毎日のごとく珠姫に贈られてきた言葉。
そういえば、再会してから初めて言われた。
まあ、年齢的に毎日言われたら困っていたと思うが。
久しぶりに耳にしたストレートな親愛の情に、顔に笑みがのぼった。
「俺も珠姫が好きだよ」
「ん」
俺たちはそのまま公園で少しの間、ブランコで揺れ続けた。
一応、この回でオリエンテーション編は終わりです。
この後、いくつかのこぼれ話をアップした後、次の話を始めるまで、エンドマークをおさせていただきます。
長くあけるつもりは無いのですが、もしかすると、再開まで少しかかるかもしれません。
よろしければ、お付き合い頂けたら幸いです。