44
最初に気付いてコールをやめたのは誰だったのか。
それは多分、珠姫のすぐ側に座っていた生徒だろう。
何も言わず、手をまっすぐに上に伸ばして静止している珠姫。
珠姫を中心として、次第にコールが波のように引いていき、最後には体育館全体が静かになった。
「え…ええと…」
菱目川先輩が戸惑ったように頭をかいてる。
静かになったのを合図に、珠姫が席を立つ。
俺には珠姫がこのあとどうするのかが分かってしまった。
何故分かるか?
それは俺にも説明できない。
ただ、分かってしまうんだ。
そして、俺の心の些細な動きを珠姫も、何も言わなくても気付いてしまう。
…少々、厄介だ。
「会長」
高知に顔を向けて、それなりの音量で言葉を伝える。
これだけ静かなら、周囲に聞こえるはずだと判断して。
「―何だ?」
いつもと違う呼び方をした俺に、高知が一瞬黙って、それから平静を装って返事を返してくる。
「会長が出るほどのことでもありませんし、俺が行ってきますよ」
「ああ…そうだな。行って来い」
席を立って、舞台に近づく。
生徒会役員は舞台近くに席が設けられているのだ。
先に行動に移していた珠姫が、舞台端に設置されている階段を使って壇上に上がる。
菱目川先輩の目の前に行って止まる。
「こ…これは、これは、可愛らしい挑戦者?の登場…かな?」
戸惑いつつもマイクで喋り始めた菱目川先輩に、珠姫が頷いた。
その瞬間、体育館が揺れた。
「ちょっといいですか?菱目川先輩」
珠姫に少し遅れて舞台に上がった俺は、菱目川先輩からマイクをもらう。
「オリエンテーション、楽しんでいただけているだろうか?」
おおーーーーーーーー!
なにやらハイになった生徒たちから雄叫び?が。
それに笑みを顔に貼り付けて手を振る。
「ありがたいことに、ご指名?いただいたので、空手部の瓦わりに挑戦させてもらおうと思う」
きゃ~~~~~~~~~~~~~!!
これまた上がる声。
さっきより女子の声が多いような気がしたが、気にしない。
むしろ、男の雄叫びより聞き苦しくなくて結構だ。
「しかし、勇敢なことに、彼女が先に名乗りをあげた。彼女のその勇気に敬意を表し、先に彼女の挑戦を見届けたいと思う」
「おい、宮ノ内」
俺の言葉に沸く体育館を横目に、菱目川先輩がマイクに拾われないように囁く。
それを流し見て、頷く。
大丈夫だと。
「用意してください」
舞台の真ん中に置かれる瓦。
その数一枚。
男共には1~3枚の中から選べるようにされていたのだが、どうやら珠姫には一番少ない枚数しか用意されないようだ。
さすがにそこらへんは、考慮されたらしい。
しかしだ。
ちらっと珠姫を見れば不満そうな顔。
多分…いや、絶対他のやつらには珠姫が不満そうなことが分からなかっただろう。
それほどに表情はちらとも動いていない。
だが、俺には分かる。
…。
俺、意地悪(悪魔?)だって思われるかもな…。
そう思いつつも、珠姫の不満を解消してやることにした。
「み、宮ノ内?!」
横に積んであった瓦を2つ手に取って、珠姫の前に置かれた瓦に載せてやる。
舞台下からも非難の声。
高知の声が聞こえたのは気のせいだろうか?
…いや、気のせいじゃないだろうな。
苦笑いしながら離れれば、珠姫が周囲を気にせず、瓦に近づいた。
足を軽く開き、腰を落とす。
この動作を見て、近くで菱目川先輩が、そして離れた場所で本条先輩が目を瞠るのが見えた。
そう、それは知ってる人が見れば分かる素人とは違う動き。
「はっ!」
瓦に一度軽く右手を当てて、一瞬のうちに上げて振り下ろした。
見事に瓦が割れる。
歓声が上がるところのはずだったが、体育館は異様な静けさに満ちた。
きっと、俺以外のやつらには、この結末は想像してない事態だったのだろう。
分からないでもない。
俺はマイクを菱目川先輩に返す。
だが、菱目川先輩の動作はとても緩慢だった。
お構い無しに手にマイクを握らせる。
うん、働けよ。お前等の出し物の最中だろうが。
こっちを見た引きつり気味の菱目川に笑顔で頷いた。
「すっ…素晴らしい!!なんと可愛らしい猛者が居たもんだっ!皆、拍手~~~~!!」
あ、ヤケになってる。
そう思っても、フォローする気もなく傍観する。
声につられて皆が拍手しているが、顔は驚愕に染まったまま。
「よ、よければ何か一言」
マイクが珠姫に向けられる。
珠姫が何か言うのだろうか?
いつもだったら何も言わないだろうと思うが、今日の珠姫はいつもと違う。
だから、ちょっと分からない。
どうしたいのかとか、どう行動するとか、珠姫の顔を見れば大抵分かるが、言動までは俺も神様じゃないから分からないんだ。
じっと珠姫を見ていれば、口が開いた。
「皇ちゃんを困らす人は許さない」
あれ?もしかして俺がヒロインか?