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困った。
その言葉が、今、この場に合った感情を表す言葉だと俺は思った。
しかし、それは俺の感情ではなくて、高知の感情を表しただけであって、俺はこれといって困惑などしていない。
むしろ、怒りを感じていたりした。
続く俺と高知を呼ぶ声、声、声。
舞台の上では顔を歪ませた菱目川先輩と、多少眉をしかめた本条先輩。
それを見たら、これは予定になかったことなんだと一目で分かる。
そして、その横でにやりと口元を歪ませ、悪意に満ちた顔の片畑がいる。
これは確定だ。
あの最初に俺たちのことを呼んだ生徒たちは、片畑とグルだ。
これは俺たちを貶めるための罠だ。
高知を気に入ってない者はいる。
それは仕方がない。
高知が皆に選ばれた生徒会長であろうと、全ての生徒がそれを支持したわけではないのだ。
支持されていると同時に、高知はやっかまれている。
致し方のないことである。
「―だが、それを今、納得できるかは別だろう?」
「皇?」
どれだけのやつらが、この日のために頑張ってきたと思っているのだ。
空手部だってそうだ。
対応を間違えれば、色んなところに齟齬が出る。
片畑はそれを分かっているのだろうか。
自分の仕出かしたことを。
高知が恥をかけばそれで終わるのか?
答えは否だ。
いや、この場は終わるかもしれない。
しかし、この桜ヶ丘高校での生徒たちの頂点である高知がこんな場面で失敗を犯せば、今後学校が荒れる。
そんな大げさな?
大げさではないのだ。
桜ヶ丘高校での生徒会長という立場は、想像以上に…一般の生徒が想像できないくらいに過重な責任を背負っているのだ。
だからこそ、多々ある行事の采配を振れる権力を持っている。
「あれがしたいな」
「じゃあしよう」
などと本来は、簡単に出来ないことのだ。
それを可能にしているのが生徒の代表である生徒会長なのだ。
あいつらは何もわかっちゃいない。
誰が自分たちの楽しい学校生活を支えているのかを。
だから、俺は怒っている。
たかだか珠姫に振られて、恥をかかされたぐらいでやってはいけないことを片畑はした。
――恥をかきにきたのは自分だということも忘れて。
「仕置きが必要だよな」
この時の俺は怒っていた。
横で見ていた高知が俺から離れるように後ずさりしたほどに。
そして、そんな俺のことを遠くから見ていた珠姫にも、俺の感情の揺れが分かってしまったのだろう。
目まぐるしくどう行動し、この場を治めるべきか脳をフル稼働させていた俺は、珠姫の様子が違うことに気付かなかった。
しかし、珠姫の心の機微を知ったのは、そのすぐ後のことだった。