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困った。
その言葉が今この場に合った感情を表す言葉だろう。
数十分前に時間を戻そう。
10分のトイレ休憩が終わり、後半の部の先発隊である朗読部と手話部合同での部活紹介が始まった。
朗読部が語り、手話部がそれを手話にて話す。合間に今流行のヒップホップを上手いことくみこみながら、ひとつの作品を作り上げてきたその手腕は素晴らしかった。
ひとつ。またひとつと終わり、とうとう空手部の番が来た。
本条先輩が胴着を着込んで壇上に立つ。
すると、後方から黄色い声が上がる。
2,3年女子だ。
言葉の多くない本条先輩の隣に並んでマイクを持つのはやはり菱目川先輩だった。
そつなく流暢に喋る菱目川先輩にも、歓声があがったり、合いの手の声があがる。
本条先輩とは違って、こちらは大半が男からではあったが。
菱目川先輩が喋っている間にも、その後ろと舞台の下にこれまた胴着を着込んだ男たちが並び、次々に型を決めていく。
それはなかなかに見ものであり、予想以上に楽しませてもらった。
「問題ねぇな…」
横で見ている高知からも感心と安堵に似た声が零れたのを覚えている。
気付けば空手部のメインとなる瓦わりに突入した。
3年を中心としたメンバーが、2年が用意した瓦を順番に割っていく。
それに生徒たちは、瓦が割れるたびに歓声を上げた。
最後を飾るのは本条先輩と片畑。
しかし、ここで、菱目川先輩から体育館にいる生徒たちに向かって提案があがる。
「見ててやりたくなった人いるかな?実は意外と簡単じゃないの?とか思っている人がいるんじゃないかな~。と言うことで、ここでいきなりの体験タ~~~~イム!!我こそは!って人を募集するよんっ♪やってみたい人~。瓦の枚数は、1~3枚の中から自由に選べるよ~。好きな子にアピールしたいそこのあんた!これはやるっきゃないっ!!?」
軽快な言葉に、一瞬静まり返った体育館が騒がしくなる。
「瓦割ったら賞品出るんですか~?」
「うわ。がめつい奴がいる。てか、まず瓦を割ってから言えよ」
3年だろう男子から声が飛び出し、それに菱目川が軽く返す。
「たくっ…お!1年生から手がっ!!―って、お前は空手部員だろうがっ!!」
仕込んでいたのだろう、もう入部している1年の空手部員がまっすぐ手を上げていて、それを扱き下ろす。
そんなこんなで、体育館中を沸かせながら、何人かの挑戦者が壇上に上がり、次々に瓦わりに挑戦していく。
だが、残念なことに瓦は割れず、手の痛みに悶える挑戦者たちがまた生徒たちを笑わせる。
「残念!あ、これ参加賞ね」
そう言って、菱目川先輩が出したのが飴玉だったのを覚えている。
「ケチ~!!」と野次があがれば、「うるせえ!自腹だ!!」と返すその姿は何故だが雄雄しかった。
挑戦者も居なくなり、そろそろトリである本条先輩と片畑が舞台の真ん中に移動しようとしたその時、体育館後方より数人の生徒からの声が壇上に向かって投げかけられたのだ。
「生徒会長の格好いいとこ見てみたいぞ~~~~!!」
「副会長でもいいぞっ!!」
「会長~~~~~~~~~~!!」
「副会長~~~~~~~~~!!」
投げかけられた声はまたたく間に体育館中に広がり、コールにかわった。
「やられた」
一瞬の気の緩みを付いたように起こった出来事に、呆然と呟く高知の声が耳に入った。