03
学校を目前にして急に高知は立ち止まった。
横を歩いていた俺はそれにすぐには気付かず、数歩先に行ってから声が聞こえなくなったことによって気付いた。
大概に俺もやつの言葉を流しきっていたようだ。
慌てて後ろを振り返った。
「高知?」
「…あれは」
高知はある方面を見たまま止まっていた。
視線の先には、この桜並木で一番見事な桜。
そして、その桜の木の下で佇む1人の少女。
腰まである栗色の柔らかそうな髪が背中でさらりと揺れており、それと共に桜の花びらが上から舞っていく図は幻想的で、美しかった。
高知がおもわず立ち止まってしまったのが分かるほどに。
どれほどの間立ち止まって見ていたことだろう。
強風が舞い、視界を花びらに遮られる。
おもわず閉じた目を開けたときには、もう桜の木の下に少女の姿は無かった。
一瞬の出来事だった。
いち早く現実に立ち戻った俺は、先ほどまで少女がいた桜の木の下を見たまま動かない高知に声をかける。
「おい、遅れるぞ」
「…」
「おい」
「…ああ」
上の空のような声音と共に高知は頷いた。
俺は溜息をついた。
こちらが喋らなくてもお構いなしに喋りまくる高知が、今は意味を為さない言葉を呟き、何かに捕らわれたような瞳で一点を見つめたまま突っ立っている。
いつにない様子の高知に戸惑いながら、このまま式の間も使い物にならなくなってしまわれると非常に困ると思い、容赦なく後ろからどついた。
「テェッ!!?」
前のめりに倒れそうになりながらも、かろうじて堪えてこちらを向いた。
高知の目は正気に戻っていた。
若干涙目だったが…。
「目は覚めたようだな」
「…」
俺が叩いたところがよほど痛かったのか、目じりに涙をためたまま無言で睨んでくる。
「お前がいくら色ボケしようとかまわないが、俺に迷惑をかけるな」
辛辣に吐き捨ててやる。
高知は俺の言葉に反応した。
「色ボケ…か…?」
一瞬呆けた顔をした後、豪快に笑い出した。
「皇ーっ!言ってくれるじゃねぇか!!」
「本当のことことだろ。あれを色ボケといわずになんていうんだ」
「このおれ様がそんなはずあるかよ…なんとも幻想的な光景についつい思考が止まっちまっただけさね」
一笑に付して、高知は歩きだした。
その足取りは俺の言葉に動揺しているかのように多少早足に見えた。
不安は残るが、先ほどの光景を見る前の高知に戻ったことに安堵を覚えながら、やつの後姿を少しの間眺める。
その後、俺も高知の後を追うべく歩みを再開させた。