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※皇紀視点ではありません。
食堂。
昼食という慌しい時間がかなり前に過ぎた学生食堂は、今とても穏やかな空気が流れていた。
桜ヶ丘高校の学生食堂は、実は珍しいことに夕方まで開いている。
さすがに昼食時のような豊富なメニューは無いが、軽く摘めるような軽食や、甘いものが用意されていた。
数人の女子が窓際の席で甘い物を囲んでキャイキャイとお喋りをしたり、昼食だけでは足りなかった欠食男子が軽食を口に運ぶ姿が見られる。
何代か前の生徒会長が、学校に掛け合ってこうなった。
理由としては、遠距離通学をしていたり、色々な事情で友人との交流を上手く取れない学生たちの憩いの場所を作りたいとのことだったらしい。
他にも下手に繁華街で遊ぶなどの厄介ごとに巻き込まれそうな行為をされるより、学校内で交流を深めてくれたほうが安全で管理しやすく、問題が起こらないのではという意見があったとか…それははっきりと文書に残っていることではないので、生徒たちには知るはずの無いことである――。
結局は、学校側と学生側の意見が上手いこと合致したことと、理事長のOKが出たこと(これが一番大きい)で、学生食堂は午後も開くことに相成ったのであった。
そして現在。
「珠姫、いちごミルクティーでいいか?」
「うん」
紙コップ式の自販機で、皇紀は珠姫のイチゴミルクティーと自分のモカラテを購入し、各々に飲み物を買った女子たちの座る席に移動する。
空いている席に、横に並ぶように自分と珠姫の飲み物を置いて、皇紀は珠姫を見た。
「ちょっと残り物のパン見てくる」
珠姫に座っているよう視線をやり、1人売店のほうに向かう。
珠姫は、皇紀の言いつけを守って、いちごミルクティーの置いてある席に座る。
しかし、珠姫の視線は、ずっと皇紀の背中を追ったままだった。
そんな珠姫の一連の行動を反対側に座る細川、立木、島岡は、アイコンタクトを取りながらクスクスと笑いながら見ていた。
当然珠姫は気付かない。
というか、皇紀以外の人を気にしていないのだろう。
しばしそんな珠姫の行動と、パンを物色しているだろう皇紀を交互に見ていたが、それだけでは満足できなかったのか、口を開いた者がいた。
いや、3人が3人とも口を開いたのだ。
「…珠姫ちゃん、本当に宮ノ内くんのことが好きなんだね~」
島岡はポツリと零す。
「とても微笑ましいです~」
立木もホワンとした笑みを浮かべて同意する。
「副会長にこれといって浮いた噂がなかったのはこういうことだったわけね」
細川が落ち着いた口調でうなずく。
3人とも興味津々ではあったが、珠姫を困らせようという意図は無かった。
なので、口から出たのは2人に対する感想に近かった。
「違うの」
そんな3人に、珍しくも、珠姫が言葉を挟んだ。
3人は、珠姫が自分たちに話しかけてきたことに、軽く目を瞠る。
当の本人である珠姫は、これまた珍しくも視線を3人に向けていた。
これといった濁りの無い、森の奥深くに隠れるように存在する泉のようにと表現できそうなほどに澄んだ瞳。
吸い込まれてしまいそうだ。
「…えっと、何が違うんですか~?」
何とか現実に戻った立木が、珠姫に返事をした。
「珠姫は皇ちゃんがとっても大好きなの」
口元に笑みを上らせ、恥ずかしげもなく告げる。
その顔のなんと可愛らしいことか。
3人は自分の頬が熱くなるのを感じた。
きっと…いや、絶対に赤くなっていると、思った。
「そ、そうなんだ!」
「ほえ~、あてられちゃいました~」
「…かわいい」
男たちが騒ぐのも仕方がないと、妙に納得してしまった3人だった。