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「皇ちゃん」
珠姫の顔に笑みが上る。
それだけで、周囲がパッと華やいだ。
生徒会室に居た男共が、そうそう拝むことの出来ない眼福に、全ての作業をそのままに見惚れる。
…確かに珠姫は可愛い。
男共を一瞬で魅了した笑みを湛えたまま、珠姫が俺の傍へやってくる。
「皇ちゃん、帰ろう?」
すぐ傍で小首を傾げて聞くその様は、偶然、俺の近くにいた数人の男どもを軒並みノックアウトするほどの威力を持っていた。
…どんな凶器だ?
「…」
そんな周囲の様子を呆れた眼差しで見回して、返事を待つ珠姫に視線を戻す。
残念ながら、俺にはこの攻撃は効かないのだ!
「まだやることが終わってないから―」
―先に帰ってろ―という前に。
「じゃあ、待ってる」
珠姫は俺の横に折りたたみ椅子を取ってきて陣取ってしまった。
すごく強引だ。
なんていうか、オバタリアンも認める図太さだと思う。
きっと、誰も俺の意見に同意してくれないと思うがな。
ははっ(乾笑)
「…篠川はどうした?」
がっくりと肩を落としながら、珠姫の友達の名前を挙げてみる。
篠川綾香は珠姫のクラスメイトで、入学初日から何かと悪目立ち(俺的意見)した珠姫に、次の日に声をかけてきたらしい。
人伝に聞いた話になるが、声のかけ方からして凄かったみたいだ。
…確かに篠川の台詞には俺も驚いた。
「あたし、べらべら喋る人って嫌いなの。あなたなら口数少なそうだし、余計なこと言わないでしょ。それに、近くで見るなら断然可愛い子だと思うんだ。あなた色々と問題多そうだけど、助けてあげる。だから友達にならない?あたし意外とお得よ。てか、友達になって損はさせないわ」
と、堂々とHR前で人の多くいる教室で言ったとのことだった。
めでたく珠姫と篠川が友達づきあいを開始してから、俺も彼女に会う機会があった。
彼女と初めて会ったときの話はまたの機会があれば話そう。
ひとこと言っておくとすれば、当分は忘れられないであろう出会いだった。
篠川は身長171センチ(珠姫から聞いた。てか、彼女が自分から言ってきたそうだ…)。
スレンダーな体型で、髪は短めでさっぱりとしていて、女子にもてる系の美人といえる。
珠姫への誘い文句がちょっとあれ?だったのにも拘らず、女子の人気が高いのだ。
この学校ってM気質の人が多いいのか?
…やべ。恐ろしい考えに至ったので、今の発言は無かったことにしておく。
成績も上位のほうで、頭の回転が速く、珠姫のフォローが上手かった。
確かに、自分で売り込むだけあって、お買い得物件といったところだった。
俺的には、珠姫にあんな友達が出来たことに未だに首を傾げたくなる部分もあるのだが、なかなかいいコンビのようだった。
俺の苦労を少しとはいえ減らしてくれているわけだから、俺からは特に文句はない。
…今のところは。
そのままよろしく頼む!
「今日は用があるって帰った」
俺の疑問に答えながら、珠姫は俺の手元を覗き込む。
見られて困るものでもなかったので、したいようにさせる。
それに、篠川の言うとおり、珠姫は余計なことはしないしな。
「そうか…。高知。テニス部と写真部の順番はどうなった?」
「…」
「高知?」
珠姫の返事を聞きつつも、報告書類の束を片付けながら高知に声をかける。
が、返事が一向に返ってこない。
手元から視線を離して、高知の姿を捜す。
高知の姿はすぐ見つかった。
しかし、探していた人物は珠姫を見たまま――手も顔も何もかもの動きを停止させていた。
ピキッ
額に青筋が出来たであろう音。
思わず、使っていたペンを投げそうになって、さすがにそれは危ないと思い直して机に転がしてあった消しゴム(小指大)を掴む。
ここまで配慮した俺は偉いだろう?
おもうさま投げつけてやった。
ポコンと間の抜けた音と共に命中する。
弱かったか?
もっと持てる力を全て使って投げつけてやればよかったかもしれん。
悲しいことに機会があればそうしよう。
「あだっ!」
「仕事をしろ!この色ボケ会長っ!!」
高知の悲鳴を聞き流して辺りを見やる。
生徒会室に居た男共が全て同じ状態だということに気付き、俺は目を細めた。
見れば、女子の視線も冷たく、色ボケた男共を蔑んだ目で見下しており、高知の悲鳴で正気に戻った男共は、女子の視線にそれぞれ顔を青くした。
女子の視線にちょっとゾクッとしたのは内緒だ。
…俺が蔑まれたわけではないのにも拘らず、すごい威力だった。
「終わらなかったら、お前らだけ残ってやれ」
女子の視線から目を逸らし、俺は言った。
へたれとか思わないように。
俺をへたれとか思う奴は、1度その目で見られてみろとここで主張しておこう。
…生徒会室は、一気にツンドラ地帯に突入してしまったもようです。