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俺がなんとか穏便に終わらそうと決意したその途端に、その望みが潰えるってどうよ?
ここって泣くところか?
泣いていいなら泣くぞ。
本当に。
続きを口にする前に、覆いかぶさるように後方から声がとんできた。
聞きなれた、そしてこの時に一番聞きたくなかった声が。
「お前…高知」
我らが桜ヶ丘高校広報(?)担当、高知 奏。
桜ヶ丘高校全生徒の頂点、生徒会長様だった。
「高知っ!」
「お前は黙ってろ」
一言の下に黙らされる。
友人たちに助けて欲しいと思ったが、何故ここで高知がでてくるんだ!
高知の援護をもらうくらいなら自分ひとりで対応した方がましだっ!!
「確か…空手部副部長の片畑先輩でしたよね」
「!」
闖入者―片畑が目を瞠っているのが見える。
生徒会長が自分のことを知っていたことについて驚いてるようだ。
しかし、高知にとってこんなこと朝飯前だ。
必要なデータはきっちり頭に入っているんだろう。
さすがはというか、生徒会長様だ。
「俺がお答えしてさしあげますよ。珠姫ちゃん…彼女が言いたかったことを」
意味ありげに笑いながら、高知はじっと自分を凝視する片畑を見分しているのが分かった。
「お前が…?」
「ええ。彼女の返事は皇紀に聞くまでもありません。『NO』です」
キッパリはっきりと高知は告げた。
見事だ。
本当に、いっそのこと見事だった。
ここまで場の雰囲気を考えず、結論を言ってしまう高知にもはや言うべきことは無い。
…拍手でも送るべきか?
「―」
気が付けば教室には静寂が満ちていた。
みんなが注目してるよ。
「な…」
片畑は絶句して声が出ないのか高知を凝視したままだ。
「彼女が入学して1週間。告白した輩は数知れず…―」
淡々と高知は喋る。
「…そして彼女の言う言葉決まって一言だけ。『皇ちゃんに聞いてください』…大抵の奴がこれを聞いた後、肩を落としました。分かります?これは彼女なりの断り文句です」
なんの感情もうかがわせず、高知は片畑を見ていた。
そんな姿は生徒会長として見栄えがいい。
…いつもこうだと助かるんだが。
「…し、しかしそれは」
「皇の言う通りにする?ですか?」
なんとか声を絞り出した片畑は反論しようとしたが高知に遮られる。
てか、反論しようとしたその勇気は褒めてもいいくらいだ。
いや、やっぱり馬鹿だと言ったほうがいいか?
「彼女は信じています。…皇が自分の意にそわないことをするはずがないと」
少しだけ感情を抑えられず高知は喋る声を止めたが、ほんの数秒で、誰も気付かなかったと思う。
…俺以外は。
「ッ…」
何も言わず片畑は2年の教室を出て行く。
人を射殺さんばかりの視線を高知と俺に送って。
全然納得していないと気付いたのは、その視線を送られた俺たちだけだったはずだ。
やっぱりひと悶着ありそうだ。
やだなぁ…。
「…もう少し穏便に事を片付けられないのか」
どっぷりと重い溜息を吐きながら高知に文句をたれる。
それぐらいは許されるはずだ。
後のことを思うと頭が痛い。
「ああいう輩はキッパリ言っておいてやらないと分からないさ。」
そうだが…てか、納得してなかっただろうが…。
あの視線で高知も分かっているはずだ。
まぁ、今ここで指摘する内容でもない。
平然と高知は答えながら周囲に視線をやる。
自分に視線が集中しているのが分かっているだろうからの行動。
「鈍い男ってや~ね」
真剣な表情から一転、ニヤリと人の悪い笑みを貼り付けて高知が言う。
通常運行の顔だ。
緊張をはらんだ静寂がその途端破られる。
「高知君最高~!」
「おーい、イイ男からカマ男に転向か~」
「は~い、ありがとさ~ん」
瞬時に戻った喧騒に半ば感心しながら、俺はまだ気を緩めることが出来なかった。
片畑の最後の視線が気になって…。
新たな面倒ごとの予感をひしひしと感じた。