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幕間02






カリカリカリカリ


じーーーーーー


カリカリカリカリ


じーーーーーー


カリカリカリカ…



「…珠姫」

「なあに?」

「…肩に頭を乗せるのをやめてくれ」


「いや」


「…背中にもたれかかるのも――」


「いや」


「…」




お風呂からあがって、30分。

それぐらい経っていた。

いつものように水分補給をし、自室に戻って問題集を開ける。

何冊目になるかはもう分からないノートに問題を写して解いていく。

このほぼ毎日の行動に陰が射したのはいつ頃からか…。

いや、皇紀には分かっていた。


珠姫が、宮ノ内家に来たその日からだった。


肩と背中にかかる重みを無視して、問題を解くのを再開させた。

ノートに書き込む音だけが皇紀の部屋を支配する。

だが、それも数分のことだった。


「…重い」


ますます肩と背中へ重さがかかる。

これではさすがに勉強を続けられない。

ため息を零して椅子を引く。


途端、背中の重みはなくなり、膝の上に重みが…。



「珠姫」



咎めるような声が皇紀の口から上がる。

しかし咎められた張本人は聞く耳を持たないのか、べったりと皇紀の首の後ろに腕を回して引っ付いた。

その際、皇紀の胸板に頬をすり寄せるのも忘れない。


「…珠姫」

「…」

「まだ今日のノルマが終わってない」

「いや」

「…」


腕に力を込めてますます引っ付く珠姫。

皇紀は複雑だった。


「…珠姫」

「なあに?」

「今日…俺のところに『俺は筒井珠姫の何なんだ』と聞きに来た奴がいたんだが覚えているか?」

「う~ん~?」

「1人じゃないぞ。6人もだ」

「ふ…ん」

「…」


明確な返事が返ってこないことに肩を落としながらも、返事が返ってくるとも思ってなかったこともあってそこまでの脱力感は皇紀にはない。

しかし、今日の出来事を思い出せばずっしりと沈むものがあって…。

皇紀は今日の勉強を放棄することにした。

別に毎日しなければならないものでもない。

皇紀にとってそこまで重要な時間でもなかった。



「珠姫」

「なあに?」

「…もう寝るか?」

「皇ちゃんが寝るなら」


さっきと違って明確な返事が返ってくる。

それに突っ込んでやりたいと思いつつも、皇紀は机の上のノートと問題集を閉じて珠姫を抱き上げた。

軽い身体にむくむくと心配がもたげてくる。

珠姫は食べる量が毎食少ないのだ。

皇紀はそれがとても気になっていた。


「珠姫」

「なあに?」

「もっとちゃんと飯食えよ」

「皇ちゃんが食べさせてくれるなら」

「…」


珠姫をベッドに下ろして横に置いてあった布団を広げる。

ベッドが皇紀の物で、布団が珠姫の物だった。


本当は、珠姫の部屋も用意されているのだが、珠姫がその部屋を使った試しなど無かった。

ただ、珠姫の荷物が置かれているだけだ。


皇紀が何度言おうと珠姫は皇紀の部屋にやってきて、皇紀のベッドに潜り込むのである。

皇紀も数日は抵抗したが、父と母の「構わないだろう」の一言で抵抗する力を失ったのである。

だが、最後の抵抗として布団が運び込んだのだが、それを珠姫が使うのはせいぜい皇紀が眠り込むまでだ。

朝気が付くと皇紀の横で、皇紀のパジャマの裾を握って寝ているのだから布団が役に立っているのかは怪しかった。

それでも皇紀は毎日布団を広げる。

皇紀の平穏のために。


「皇ちゃん」

「なんだ?」

「珠姫は布団いらない。こっちで寝る」

「…分かった。俺が布団で寝る」

「なら珠姫もそっちで寝る」

「珠姫がベッドで寝るといったんだろう?そっちで寝ろ。俺のベッドを貸してやるんだからこっちに潜り込むなよ」

「…」

「珠姫?」

「…」

「電気消すぞ」


上掛けを引いて珠姫にベッドに寝るように促す。

のろのろとだが、間に入り込んだ珠姫に上掛けをかけて髪を梳いてやる。

現金なもので、珠姫の目がとろんとなる。


「おやすみ、珠姫」

「ん…」


もう一押しと、優しい声音を皇紀がかけるとゆっくりと瞼が落ちていった。

無言で髪を撫でる。

数十秒が経って、ソッと細心の注意を払って手を引いた。


「今日は成功か?」


ポツリと声を落として皇紀は息をつく。


久しぶりに再会した幼馴染は別れたときと変わらなかった。

姿形がおとなびてこようと、中身は相変わらずだ。

いや、昔よりもっと皇紀にべったりとなった気がする。

皇紀は再会してからそんな珠姫を受け入れながらも戸惑わずにはいられない。

今の状態が異常だとひしひしと感じるのである。


亜紀恵は何も言わない。

皇輔も何も言わない。

皇紀は疑問でいっぱいになりながらもそのままだ。


だからと言って、もう珠姫がいない生活というのもしっくりこないだろうことも無意識に皇紀は理解していた。

眉をしかめることが毎日起ころうとも最後には諦めるように。



珠姫の寝顔を凝視したまま固まっていたことに気が付いて、皇紀は頭を振る。


「俺も寝よ」


珠姫のために用意したはずの布団に潜り込み、皇紀は瞼を閉じるのであった。







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