15
「珠姫ちゃんは連れて帰ります。お世話になりました」
驚きを隠せない保健室の先生に母さんは挨拶をする。
かろうじて先生も職務を思い出したのか、慌てて頭を下げる。
どれだけ驚いてるんだろうな…。
かくいうオレも、人のことは言えないけど。
「じゃあ、行きましょう。皇紀も一緒に帰るでしょ」
「…ああ。でも鞄取ってこないと。先、行っといてくれよ」
「分かったわ。さて、珠姫ちゃん行くわよ」
「皇ちゃんと行く」
「あら、皇紀に付いていってくれるの?ありがとね~」
「おい、ちょっと待て…」
「じゃあ、先に行って待っているわね」
さっさと話を済ませて去っていってしまった。
相変わらずマイペースな人だ。
「…」
気付けば珠姫を置いていかれた。
…迎えに来たんじゃないのか?
いや、車で待っているのだろうが…納得いかないのは何故だろうか。
「でさ、珠姫ちゃん―」
「…」
「俺さ、生徒会長だし、困ったことあったら力になるから」
「…―」
生徒会室においてあるカバンを取りに行く道なりで高知の声だけがやたらと響いていた。話しかけても珠姫は何も返事をしないのに、話が途切れないのだ。
俺は感心していた。
珠姫は珠姫で俺の腕にベッタリだった。
気まずいのは俺だけか?
「…高知」
「でさ―」
「高知」
「なんだよ、邪魔するなよ」
「…こいつ、さっきまで保健室で寝てたんだ。今日はそれくらいにしとけ」
「…―すまん」
「分かってくれたならいいんだ。それに着いたしな」
第3校舎の三階、一番奥。
それが俺たち生徒会メンバーの根城だった。
「珠姫ちゃん…ごめんな。疲れているのに。…何かあったらほんと何でもいいから言ってな」
「…」
やはり無言。
さすがに高知が可哀想になったから、珠姫に声をかける。
「珠姫。高知が何かあれば力になってくれるってさ。礼言っとけよ」
「―…ありがとう」
「!お、おう。まかしておけって」
珠姫が視線を初めて向けたことに高知は興奮したのか、どもりながらも嬉しそうであった。
よし、任務は完了した。
変な達成感を感じた。
ホッとしたのもつかの間、珠姫は更に言葉を続けた。
「でも、私には皇ちゃんがいるからいいです…」
ピキン
その場の空気が一瞬にして凍った。
(珠姫~~~~~~~~~!!)
心の中で悲鳴を上げる。
「た、高知…」
「…じゃ、じゃあ俺用事思い出したから行くな!珠姫ちゃん、皇またなっ!!」
クルリと180度まわって逆走していく高知の背を痛々しい目で見送る。
どっぷりと疲れを感じた。
ため息が出るのを止められない。
いや、止めてくれるな。
「皇ちゃん?」
「ああ…急がないと母さんが怒るな」
なんとか珠姫に笑いかけて、オレは、生徒会室ドアを開けるのだった。
高校生活2年目に突入した初日。
俺のところに変化をのせた春風が飛び込んできた。
珠姫という名の春風が。
こうして、俺の2年目の高校生活は騒がしく、幕を開けたのだった。