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「失礼します。ご迷惑おかけしました。先程ご連絡もらいました、筒井です」
「ああ、どうも。今、ベッドの方で寝ているんですよ」
朗らかな可愛いらしい声をした女性の声が聞こえてきた。
彼女のお迎えが来たらしい。
だが、俺にとってそんなことはどうでもよいことだった。
この声。
いつも聞いている声だから間違えるはずがない。
彼女の手を振りほどいてカーテンを開ける。
「おい、皇!」
俺の唐突な行動に驚いたのか、高知の呼びかける声が後ろからかかる。
しかし、今はそれに答える余裕は無かった。
「宮ノ内君!?」
ギョッと先生がこちらを振り向いた。
けれど、全てを無視して先程の声の主に近づいていった。
多分後で振り返れば余裕無さ過ぎだろって落ち込みそうなほどに体裁構わず、ずかずかと。
「なんで…」
目の前にいるのは間違いなく、数時間前に見た顔だった。
黙ってなんていられなくて、声が俺の口から零れ落ちる。
「なんで母さんが来てるんだよ!」
動揺しまくりだ。
学校で使っている冷静な仮面をかなぐり捨てて、目の前にいる人物に詰め寄った。
「母さん?!」
高知と先生は交互に俺と彼女を迎えに来た女性―俺の母親を見ているのが視界の隅に見えた。
「まぁまぁ、皇紀。ここは保健室でしょう。騒いではいけないわ」
俺の驚きなんてなんのその。
母さんはにこりと上品に微笑んだ。
「…どうしてここに」
「お迎えに来たのよ」
「誰をっ」
「それは…あらら、皇紀がうるさいから起きちゃったわ。おはよう、珠姫ちゃん」
母さんの言葉に、ハッと後ろを振り向くと、そこには寝ていたはずの彼女がいた。
「気分はどうかしら、珠姫ちゃん」
「…大丈夫」
固まった俺を放置したまま、母さんは彼女に近づいていく。
彼女も母さんに普通に返事を返す。
「か…母さん。珠姫って」
珠姫という母さんの呼びかけに、固まっていた俺は反応した。
だって珠姫といえば…――。
「あらま、嫌だわ。うちの愚息は珠姫ちゃんのことを忘れちゃったのかしら。小さなときからずっと一緒にいたのに」
「忘れるわけがない!…ってか、珠姫なのか?」
おそるおそる彼女に声をかけた。
彼女は首を縦に振る。
信じられない面持ちで彼女の…珠姫の動きを見ていた。
「そんな…」
「本当は帰ってきてからのお楽しみだったのよ~。都ちゃんたちのお仕事が一段落したから戻ってきたのよ」
母さんはケラケラと笑いながら告げる。
俺の動揺も気にせず。
とても母さんらしいが…。
「…」
一瞬殺気を宿した目で母さんを見たが、すぐに肩を落とした。
母親にはかなわない。
そんなもんだ。
逆らうだけ無駄だと言うことを嫌と言うほど体験しているので、こういうときは早めに諦めることが肝要だ。
「――…皇ちゃん」
「珠姫…」
いつの間にやら…いや、俺が動揺している間に、近寄ってきた彼女が、俺をすぐ側で見上げていた。
先程までの彼女の行動が、珠姫だと分かれば全て納得できてしまう自分がいることに少なからず驚く。
俺の心はもう彼女を珠姫だと認識してしまっているのだ。
「皇ちゃん」
腕に絡んでくる珠姫の腕を享受しながら、母さんの方を向く。
心が納得しても、やはりすぐには珠姫にどう対応したらよいのか戸惑ってしまったから。
「――ところで、なんで母さんが迎えに来ているんだ」
「それがね、都ちゃんたちすぐには帰ってこれなくなっちゃったのよ~」
片手を頬にあてて溜息をつく。
母さんのそんな仕草を見ていたら、その後にさらりと爆弾を落とされた。
「だから珠姫ちゃんを当分の間うちで預かることになったから」
「は?」
「都ちゃんたちもそうしてくれると助かるって言っていたから。皇紀によろしくって」
「な…」
俺は銅像のように固まってしまった。
「皇ちゃんと一緒」
ギュッと手を握ってくる珠姫をギギッと首を動かして見る。
珠姫は心なしか…。
「珠姫ちゃん嬉しそうね~。嬉しい?」
「嬉しい」
止めを刺された…。
「…そうですか」
頷く以外に何が出来ただろう。