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ガラガラガラ…。
保健室。
沈黙のまま、保健室までたどり着き、腕に彼女を抱き上げたまま保健室のドアを器用に開ける。
保健室には誰もいなかった。
当たり前である。
今さっきまで入学式だったのだ。
養護の先生もばっちり入学式に参加だ。
「あ~…とりあえずベットに寝るか?」
ここまで運んでなんだが、どうしたらいいのか首をひねる。
たが、立っていられないのなら寝かせてしまえと結論を出し、彼女をベッドに運ぶ。
「…」
彼女は無言。
俺も無言。
途方に暮れた。
「宮ノ内君、ごめんなさいね」
勢いよく保健室の出入り口が開き、先生が駆けつけてきた。
先生の勢いをみるに、廊下を走ってきたような気がしたが、気付かなかった振りをする。
ここは空気を読むべきだ!
「…いえ。じゃあ、体育館の片付けあるんでおれはこれで…え?」
先生が来たことにほっと吐息を漏らし、体育館に戻ろうとした。
…のだが、それは阻止される。
制服の端を握ったまま離さない彼女に。
「――どうした?」
「…」
振り向いて、問いかけても返事なし。
ただ、ギュッと制服の端を握って離さない。
「…どうして欲しいんだ?自分の口で言え」
さすがに彼女のだんまりに疲弊し、そっけない言葉が口をついて出る。
無言の言葉を拾えるほど察しのいい人間ではない。
「…」
「言わないのなら俺は行くぞ」
「み、宮ノ内君」
戸惑ったような先生の声が背中の方から聞こえてきたが、あえて無視する。
申し訳ないが、これは俺と彼女の問題(?)だからだ。
「…側に」
「なんだ?」
「側にいて」
微かな声。
普通だったら掻き消されてしまうほどに小さな声だったが、あいにく保健室は静寂に満ちていた。
ポトリと言葉は保健室に落ち、俺の耳に入ってきた。
「…最初からはっきり言え」
ベッドの横にある丸椅子に座り、彼女の頭をクシャリとなでた。
彼女の手はまだ俺の制服を握ったまま。
「逃げやしないから離してくれないか」
「…」
緩慢な動作と共に制服から彼女の手が離れる。
「よし」
ついつい犬を褒めるような言い方になってしまった。
満足して、背後に立っている先生を振り返り、俺は言った。
「と、言うことなので、彼女には俺がついています。先生、申し訳ありませんが、井川先生に伝えてきてくれませんか?」
「え…ええ、分かったわ。」
俺たちのやりとりをボウッと見ていた先生は、我にかえり、頷くと保健室を出て行った。
「…」
「寝てな」
じっとこっちを見ている彼女に言うが、目を閉じようとしなかった。
まだ何かあるのだろうか?
いや、この視線は―俺が出て行かないか見張っているのか?
「…」
「ここに居ると言っただろう」
「…手を」
手を差し出してきた理由を察し、固まった。
そんなに俺が目をつぶったら出て行くと思っているのか…。
そこまで薄情にみえるのか。
ついつい彼女を凝視する。
しかし彼女もこちらを静かな…いや、揺れる瞳で見ていた。
逸らすことなく。
「手を握っていて」
もう一度彼女から、今度ははっきりと言葉にかえた願いが聞こえた。
声に促されるように俺は手を差し出す。
彼女はその手を握り、そっと目を閉じた。