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「…大丈夫か?動けないなら手を貸してもらうか、運んでもらえ」
彼女の前にしゃがみ込みながら言う。
これといって普通の調子で。
俺の声を聞いたとたん、彼女は俯けていた顔を上げた。
「!」
急に顔を上げるから驚いた。
彼女の視線と俺の視線が交わる。
「誰か女の子にでも手を貸してもらうか?」
彼女は無言で首を振る。
「動けるまでここにいるのか?」
頷くのかと思えば、意外なことに彼女はまた首を振った。
「じゃあ…どうしたい?どうして欲しい?」
「…」
「…」
無言が続く。
「皇、お前じゃ無理だって」
高知が割り込んできた。
何をこいつはそんなに焦っているんだ?
いつもと違って、余裕の『よ』の字もない。
しかし、確かに彼女の反応もこれといって芳しくないので、高知の言葉を区切りにして、立ち上がろうとした。
「!…ッ」
「うわっ」
立ち上がろうとした瞬間、彼女に縋られてしまった。
倒れこみそうになるのをかろうじて耐える。
さすがに予想外の動きには簡単には対処できない。
倒れなかったことことを褒めて欲しい。
「「「!」」」
そんなことを悠長に考えた俺を他所に、周囲はそれどころではなかったようだ。
教師も高知もその光景に唖然とした顔をしていた。
無言の空気が俺に重くのしかかってくる。
あからさまな視線は出来ればご遠慮したいのだが。
「あ~…」
「…」
ギュッと制服を掴まれたまま、俺は周囲を見る。
高知の固い表情や教師の呆けたような表情。
そして最後に星埜先輩と遠山先輩に行き着いた。
星埜先輩は笑っていた。
そして入り口を指す。
それをみて俺は冷静に戻った。
うん?俺もちょっと動揺していたらしい。
「俺が保健室まで運ぶ…OK?」
彼女に確認をとる。
彼女の頭が縦に揺れた。
それを了承と受け取り、彼女を抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこと呼ばれるしなものだ。
この時点で、周囲の視線はあらかた意識からシャットダウンする。
認識しても疲れるだけだからな。
「うわ…軽いな」
予想以上に軽く、驚きのまま口から言葉が出てくる。
すぐさま体重のことに関しては女性にはタブーかと思い直し、口をつぐむ。
しかし、彼女からは非難の声はあがらなかったので、こっそりと吐息を吐いた。
「彼女は保健室に運んでおきます。後はよろしくお願いします」
顧問の井川先生に声を掛けて入り口に向かう。
これ以上ここに留まるのは得策ではないから、みんなの視線を背中に受けながら体育館を出て行った。
「…なんとも楽しくなりそうだねぇ」
この時、ポツリと星埜先輩が声を零したのだが、誰にも聞こえてはいなかった。