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「ただいま」
「皇ちゃん、おかえりなさい」
玄関を開ければ、忠犬のようにスタンバイOKな珠姫。
慣れたもので、驚くこともない。
抱きついてきた珠姫を引っ付けたまま、ダイニングに続く扉を開ける。
「ただいま」
「おかえり、皇紀」
夕食の準備をしていた母さんがキッチンから顔を覗かせる。
今日のご飯は煮物みたいだ。
すぐご飯にすると言う母さんの声を背に、俺は荷物を置きに部屋へと向かった。
着替えるからと珠姫を部屋から閉め出して、鞄を放り出してネクタイに手をかけた。
「宿泊訓練のオリエンテーションを頼まれた?!」
意気消沈の篠川と忍が生徒会室から出ていったあと、高知は椅子のひとつに腰掛けて口を開いた。
俺はそれを馬鹿みたいに繰り返してしまった。
それは仕方がないことだったと思う。
自分には関係ないと思っていた宿泊訓練に、よもやがっつりと関わることになろうとは予想もしていなかったのだから。
「高知……宿泊訓練まであとどれくらいか分かっているのか?」
生徒会室におかれていたカレンダーを見ながら俺は問う。
先程まで忘れていた行事だが、思い出せば、日にちだってすぐに思い出せる。
生徒会副会長だからな。
で、大抵の行事は、結構早いうちから準備に取りかかる。
それは何故か。
分かりきったことだ。
それはここ(桜ヶ丘高校)が、お祭り(行事)に心血を注ぐようなところだからだ。
他の学校にもあるような行事も、ここで開催されれば一味違ったものになる。
一味?いいや、二味三味も違うかもしれん。
だから準備のために時間はいくらあっても足りない状態で……。
……本当に異常なんだよこの学校はっ!!!(心からの叫び)
そんな事情で、これまでなんの用意もしてない行事がポンと予定に入ってきたことについて俺は聞いたわけだかが…――。
「――おお」
高知の返事はこんなものだった。
おお?
おおってなんじゃい!!(壊)
宿泊訓練まで、二週間を切っているのに、「――おお」の一言ですませられるかっ!!?
こんのぉぉクソボケ生徒会長がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
コンコン。
「!」
扉を叩く音に我に返る。
着替えている最中に、先程あった生徒会室での一件を思い出してしまっていたようだ。
手に持っていた脱いだシャツが無惨なほどに俺の手の中でクシャクシャになっていた。
……どうせ洗濯に回すやつだから構わない。
コンコンコンコン。
どうやら珠姫が待ちきれなくなったみたいだ。
叩く間隔が短くなっている。
今はまだいいが、そう遠くない未来に扉を開けて入ってくるのは明白だ。
「――もうちょっとだけ待て」
通常運行すぎるの珠姫に、いつものようにため息をひとつこぼして俺は部屋着を手に取るのだった。