引きこもり生活(175日目)【旅行5日目】
朝10時、目が醒めた。おはよう、俺。今日はメシを買いに行かないと。
俺は布団からもぞもぞと這い出し、丁寧に布団をたたんだ。 カーテンを開け、窓を開けて大きく深呼吸すると、静かに窓を閉め、カーテンも閉めた。
押し入れを改築して作ったトイレに入り、排泄を行う。腹の具合は悪くなっていない。『よかった。』と少し安心した。トイレに入ってから15分経過したのを確認しトイレから出た。
当然の事ながらメシは無い。昨日食ったあの殆ど緑色の食パンが最後のメシだった。しかし無情にも腹は減っている。仕方が無いので、洗面所でコップに六杯水を飲む。これで一応腹は満たされる。
『さあ、ここからが本番だ!』気合いを入れ、気持ちを入れ換える。部屋から出る時もそうだったが、何かしら閉ざされた場所からそれより広い空間に出ようとすると、頭ではなく心がダメージを受けるようで、身体の調子が悪くなる。ゲームで例えると、レベルアップもしていないのに、話の続きが気になるからといって自分のレベルでは敵う筈もないモンスターに戦いを挑んで、こんな奴に勝てるのか?と思う位ボコボコにされてやる気を失うみたいな感じだ。だから俺は、まだレベルが足りていないんだ。しかしどうやったらレベルアップするのかも見当付かない。八方塞がりの俺は、『う~ん』と唸り声を挙げて座り込んだ。
『レベルアップ』『レベルアップ』とうわごとのようにぶつぶつと言っていた。その時ふと閃いた。部屋から出れた時、出ようとして何度も苦しんだ。しかし、その苦しみを超えると部屋から出ることが出来た。階段の時もそうだった。そして、一度克服すると次からは何も感じない。『そうだ経験だ!経験値って多分経験を積む事だ!』と思うと部屋から飛び出し玄関まで一目散に走った。
が、それはとてつもなく大きな壁だった。玄関まで辿り着いたが、靴を履こうにも足が動かない。脂汗をダラダラ流しながらやっとのこと靴を履いたが、もう気を失いそうな位で立っているのがやっとだった。
一度靴を脱ぎ上に上がる。気持ちが落ち着いてきたら、大きく深呼吸してもう一度靴を履く。そしたら、また動けなくなるので靴を脱いで上に上がる。気持ちを落ち着け深呼吸してから靴を履く。
そんな事を十数回繰り返していると『ぐうぅ』と腹の虫が鳴きだした。もう全身汗でぐちょぐちょで、ちょっと休憩を入れようとキッチンまで行くと、コップが無いので手で水を掬い、満腹になるまで水を飲んだ。
一息つくと『そういえば、トイレの時間だった』と思い、自室に戻りトイレに行き、トイレに入って15分経過したのを確認しトイレを出てもう一度キッチンまで行った。
『レベルアップ』『レベルアップ』と何度もぶつぶつと復唱しながら再度玄関まで行く。足がすくむのをぐっと堪えて靴を履く。脂汗がじわじわと額や背中に湧いてくるのを我慢しながら足に『動け!』『動け!』と叱責する。と、その時一歩足が前に出た。『よし!』と心の中で大きく叫んで、また一歩もう一歩と玄関の扉へと近付いた。
扉の所まで来た。取っ手に手を掛け開けようとした途端、地面がグラグラと揺れ始め、頭がのぼせたようにぼ~としたまま激しい吐き気に襲われた。引き返して靴を脱いで上に上がろうと身体が動こうとしたが、『錯覚だ!』『幻覚だ!』『想像だ!』『大丈夫だ!揺れてない。揺れてない。』と自分に言い聞かせ、その場に座り込んだ。汗がポタポタと玄関のタイルを濡らしていく。もう既に上着だけでなく、パンツもズボンもこれ以上水分を吸収しないというくらいボトボトになっていた。
タイルが汗で変色し、水溜まりが出来ていくのを見ながら気持ちを落ち着かせると、三回程大きく深呼吸してから、扉の取っ手を掴んで身体を引きずり上げた。
立ち上がると、また扉を開けようと努力する。激しい吐き気、地面の揺れ、のぼせたような感覚に耐えながら『幻覚だ錯覚だ』と頭の中で連呼する。我慢が出来なくなったら、座り込み何も考えないようにしてタイルをじっと見つめる。そんな事をまた十数回繰り返していると、『ぐるるるるぅ~』と腹が変な音を出し始めた。
『ヤバッ!』と思った途端、身体はスムーズに動いたと思うと自室のトイレに駆け込んだ。【水】だった。下痢なんて生易しいものじゃない。表現するなら色の付いた【水】だった。『やはりあのパンか?』と頭に緑色の食パンが鮮明に思い出された。暫く便座に座りじっとしていたが、これ以上出る様子も無いので立ち上がろうとした瞬間『ぐるる』『ぐぅるる~』と激しい腹痛と共にけたたましく腹がなると、また【水】が噴出された。と、共に『ぐうぅ』『ぐうぅぅぅぅ』と腹の虫も俺を忘れるなと言わんばかりに鳴きだした。『もしかして水か?水の飲み過ぎか?』と頭の中は既に大混乱だった。確かに水も、飲んでいる量は尋常では無かった。『ぐるる』『ぐぅるる~』と腹が鳴りトイレから離れられないのに『ぐうぅ』『ぐうぅぅぅぅ』と腹の虫はここぞとばかりに大合唱していた。
腹痛と腹の音が止んだのは、4時間後の事だった。ずっと便座に座っていたせいで尻と腰が尋常でない位痛い。腹の虫は無情にも鳴き止むことをせず、一層激しさを増し鳴き続けている。トイレから出るともう外は暗くなっていた。メシを買いに行きたいのはヤマヤマだが、外に出て腹痛に襲われたらたまったものじゃない。と言って今の状態で水をがぶ飲みするのは得策ではない気がする。身体中が汗臭いので風呂に入りたいが、この体調で水風呂は危険だと思い、今日はもうこのまま寝ることにした。
服だけでも着替えておこうとベランダへ行き、着替えとタオルを取ると風呂場へ行き、服を脱いでから身体をタオルでから拭きして、衣類を着用した。
部屋に戻ると布団を敷く。敷布団にシワが出来ないようにのばすと洗面所へ行き、洗面台で歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてから、窓際に行きカーテンを開け、窓を開けると、大きく深呼吸をして、「おやすみなさい」と空に呟くと、窓を閉め、カーテンを閉めて布団に入る。
目を閉じ、羊が一匹、羊が二匹と眠ってしまうまでひたすら数えて、今日の一日が終わりを告げた。
かのように思えたが、夜中になって腹痛がまたやって来た。眠りたい一心で、トイレに行ってはすぐ布団に入るを繰り返す。人の眠りを妨げるように腹の虫は盛大に大合唱。そんなこんなで今日の一日が終わった。