自室生活173日目【旅行3日目】
朝10時、目が醒めた。おはよう、俺。今日こそメシ食わないとな。『み、水。腹減った。』と心の中で呟いた。
俺は布団からもぞもぞと這い出し、丁寧に布団をたたんでから、服を脱ぎカゴの中に入れようとしたが、パジャマではなく服を着たままであったことに気が付き、もう一度服を着用しようとしたが、あまりに臭い為にズボンだけ履くことにした。
カーテンを開け、窓を開けて大きく深呼吸すると、『はぁ』とため息をついて、静かに窓を閉め、カーテンも閉めた。
押し入れを改築して作ったトイレに入り、排泄を行う。トイレに入ってから15分経過したのを確認しトイレから出た。
まず洗面台で、五杯の水を飲み、テレビの前に座り、リモコンのスイッチを押す。画面にビデオ1と真っ黒な映像が映るのを確認すると、テレビ台の下に置いてあるテレビゲームのスイッチをONにした。
画面にゲームのタイトルが、表示されたところで、ドアの方に目をやるが、もちろんの如く何も無い。
「ぁああぁぁ~~」と声にならない声が出た。ゲームをコンティニューに合わせ、スタートボタンを押した。
ゲームが始まると、また腹が減ってきた。腹の虫が『ぐうぅ。ぐうぅ~。』と大きな音を発てて鳴き始めた。空腹と旅行に行ったジジイとババアに怒りを感じ、イライラしていたが、余計に腹が減ると思い気を取り直しゲームをすることにした。ゲームには集中出来ないが、他にやる事も無いので、1時間程ゲームを行った。
水を飲みに行き、少し空腹を紛らわしたが、どうせすぐ腹が減るので、キッチンまで行けば何か食べるものがあるはずだと思いドアノブに手をかけた。しかし吐き気をもよおす恐怖からノブを回すことが出来ない。頭の中では腹が減ったから食べ物を…と思っているのに、身体は部屋の外に出ようとはしなかった。
ドアノブを握り締めたまま、立ち尽くしていたが、このままでは埒があかないと、気合いを入れてノブを回した。今日は少し吐き気がしたが、我慢できる程だったので、恐る恐る階段へと近付いて行った。
階段まで辿り着き下を見下ろすと目が回るような錯覚にみまわれた。
暫くその場に立ち尽くし、下を見下ろしていたが、勇気を振り絞り一段また一段と、階段を踏み締めるように下へ下へと降りて行った。
一階に辿り着いた時には、もうへとへとで、全身汗だくで立ち上がることも出来なかった。
這うようにしてリビングの横を通り過ぎると、やっとのことでキッチンに辿り着いた。
「ハァ!ハァッ!」と荒い息を放ちながら、冷蔵庫の前まで行くと冷蔵庫の取っ手を持って立ち上がった。
冷蔵庫を開けるとヒヤッとした空気が裸の上半身に突き刺さる。中を見ると硬くなった食パンが一斤無造作に放り込まれており、他はマヨネーズやケチャップが残り少ない状態で立ててあるのみで何も無かった。
『あの馬鹿親がぁ!』とてつもない怒りに両腕がフルフルと震えたが、とりあえずパンの袋を鷲掴みにすると、一目散に部屋へ駆け戻った。
部屋に着くと、床の上に倒れ込んだ。どこをどういう風にして戻って来たのか、冷蔵庫のドアを閉めてきたのかも分からなかった。
一息着くと、ただ一階まで行けたことだけなのに嬉しくなった。昨日までの吐き気が嘘みたいだった。
少しの間『くっくっくっ』と肩で笑った後、持ってきた食パンの袋を開けると、一枚を取り出し少しずつちぎって口に運んだ。味気無いはずのパンが無性に美味しく感じた。
パンを一枚食べ終え、もう一枚を手にしてから、『そういえばこれが全ての食料だった』と思い取り出すのを止めた。パンの袋を縛るとテレビの上に置き、『次は晩飯』と自分に言い聞かせた。
喉が渇いたので、洗面台で水を三杯飲むとパソコンの前に移動し、パソコンの電源をONにした。
ぼ~とパソコンの画面を眺めていると、メイン画面になった。
メイン画面に現れた『友達』と書かれたBOXをダブルクリックし、トイレに行き、トイレに入って15分経過したのを確認しトイレを出ると、机に戻りじっとパソコンのモニターを眺めた。
モニターの中では、飽きもせず同じように一人の女性がじっとテレビを見ている。テレビがチカチカと明るくなったり暗くなったりを繰り返しているだけなので、やはり何を見ているかまでは分からない。女性はテレビを見ながら、スナック菓子を食べたり、飲み物を飲んだりしている。女性が飲み食いしていると空腹感が込み上げてきたがさっきパンを食べたばかりだと思い、モニターをじっと眺めた。女性は、いつもと変わらず時折立ち上がると、暫くして手をタオルで拭きながら戻ってくる。
そんな光景を、ただただ眺めていた。女性が、テレビを消して立ち上がると、テレビの方へ移動しパンの袋の中から一枚食パンを取り出すと、パンの袋を縛りテレビの上に置いてから、パソコンの前に座り、少しずつちぎって口へ運び、一口に30回噛んでから飲み込んだ。
パンを食べ終えると、パソコンに目を向け、モニターを見た。暫く誰もいなかった空間に女性が身体にバスタオルを巻きテレビの前に歩いて来た。濡れた髪をドライアーで乾かし、バスタオルを取ると、全裸の身体に下着を着け、パジャマを着用した。
女性が全てのパジャマを着用する前に『友達』のBOXを閉じると、パソコンをシャットダウンし、パソコンの画面が消え、機械音がしなくなるのを確認してから、テレビの前に移動した。
テレビを点ける前に、ドアの方を確認する。当たり前だが何もない。
仕方が無いのでトイレに行き、トイレに入ってから15分経過したのを確認しトイレから出ると、とりあえず着替えだけでもと服を脱いだ、『俺馬鹿だな。』と思ったが『そうだ、風呂に行こう!』と思い直し、昼間下に行けたことに自信を持ち、全裸のまま部屋を出た。部屋を出るとそこは真っ暗だった。『少し待ったら目が慣れるだろう』と思い、暫くじっとしていたが、全く目が慣れる様子もなく、ただただ目の前には真っ黒な空間が広がっているだけだった。
仕方が無いので、手探りで風呂場まで行くことにした。昼間一度一階に行けた事もあり、吐き気や気持ち悪さは全く無かったので、ゆっくりと真っ暗の廊下を両腕を前に出し進み始めた。
階段の辺りまで辿り着き、しゃがみ込んで、階段の段を確認しながら一段一段慎重に降りて行った。
最後の一段を降りた後、もう一階あると錯覚し、前に一歩踏み出した瞬間前のめりに倒れそうになった。
『電気ぐらい点けて行けよ!馬鹿じゃねぇか、あのババア!』とババアに怒りが込み上げたが、『それよりも風呂に行かないと』と手探りで、また廊下を進んで行った。
リビングの辺りを通り過ぎ、突き当たりまで行くと風呂場に突き当たった。中に入り電気を点ける。チカチカっと周りが明るくなりホッと一息ついた。が途端目の前の光景に驚いた。
脱衣所には、自分がいつも使っていた洗面器にバスタオルが一枚とフェイスタオルが二枚、石鹸がぽつんと置かれており、大きな空のバケツが置いてあるだけだった。『どうなってんだよ、この家は!』と思いながら浴室に入ると更に愕然とした。浴室の中は、最後にいつ使ったのか分からない程埃が積もり、天井には沢山の蜘蛛の巣が張っていた。
怒りを通り越して声も出なかったが、せっかく風呂に来たのだからと、床の埃を水で流し、シャワーを浴びた。『!!!!』「冷てぇ!」思わず絶叫した。シャワーから出てきたのは【水】だった。温度用のバルブは42℃を指している。湯沸かしが点いていない事に気が付き「あんのクソババアァ!」と思わず声が出たが、どうしようもないので、一先ずタオルを水で濡らし、石鹸を付けると全身を丁寧に洗った。泡を流す際、冷たさに少し躊躇いを感じたが、そうも言ってられないので、我慢しながら全身の泡を丁寧に流した。
風呂から出ると、バスタオルで乾布摩擦をするように身体中を激しく擦り、そのまま手探りで部屋まで戻った。
部屋に戻ると、汗臭い服が脱ぎっぱなしになっていた。『これの横で寝るのは嫌だな』と思い、服を人差し指と親指で一枚ずつつまむと、ドアを開け部屋の外に放り投げた。
テレビの前に座って一息つくと、『今日はもう疲れたし、時間も遅いのでゲームは止めとこう』と思い、テレビを点けずに布団を敷いた。敷布団にシワが出来ないようにのばすと、トイレに行き、トイレに入って20分経過したのを確認してから、洗面台で歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認する。『今日は臭くねぇな』とホッとした。
窓際に行きカーテンを開け、窓を開けると、大きく深呼吸をして、「おやすみなさい」と空に呟くと、窓を閉めて、カーテンを閉めて布団に入る。
『臭せぇ!今度は何だ!何が臭せぇんだ!』と身体中の臭いを嗅いでみるも分からない。ふと気が付き、布団を嗅いでみる。『臭せぇ!これだ!これの臭いだ!』と布団から這い出ると床の上で、掛け布団に素巻き状態になり、目を閉じ、羊が一匹、羊が二匹と眠ってしまうまでひたすら数えた。そして今日の一日が終わりを告げた。
『明日は忙しそうだ。布団は干さないといけないし、服も洗わないと。風呂場も洗わないとな』