策略(自室生活10日目~)
「ねぇ、お父さん! どうしよう! 守が! 守あのままじゃ、どうしようもなくなっちゃうわ!」
「心配するな。もう既に手は打ってある」
「何? 守、立ち直れるのよね!」
「大丈夫だ! しかし、母さんにもいろいろと協力してもらうよ。なぁ〜に、大丈夫だ。守は昔から生真面目で、融通の利かないところがあるからな。そこを逆に利用させてもらえば、きっと立ち直れるさ!」
そして二日後、父親は家に二人の男女を連れてきた。
「お父さん。その方達は?」
母親は、あからさまに不審な目を二人に注ぎ込みながら尋ねた。
「紹介するよ」
と言うと、父親は年齢もさほど変わらなそうな、小太りな中年男性の肩をポンっと叩いた。
「コイツは山口。俺の同級生で、今近くにある○○○引っ越しセンターの社長をやっている。コイツには昔、貸しがあってなぁ。今回協力してもらう事にした」
山口と呼ばれた男は
「ご紹介を頂きました。○○○引っ越しセンターの山口と申します。今後共、よろしくお願い致します」
と胸ポケットの中より名刺ケースを取り出し、二枚取ると、母親ともう一人の女性に頭を下げながら手渡した。
「いや、聞くところによると、息子さんのピンチだとか言うじゃあありませんか。私もどこまでお手伝い出来るか分かりませんが、出来る限りの事はやらせて頂きます」
と言うと、ペコッと頭を下げた。
「で、もう一人……」
と、父親が若い女性を前に押し出すと、母親はいかにも疑っているという眼差しで、女性を穴が開くほど凝視した。父親は、そんな母親の心情など『知った事ではない』と言わんばかりに、女性に近付くと
「彼女は俺の部下でね。とても優秀な子なんだ。名前は中川晶子君。……ただ、仕事に関しては、男に負けないくらい優秀なんだが、私生活が……少しばかり……な。と、いう訳で中川君には守の結婚相手兼監視役をお願いする」
中川は父親の紹介が終わると
「中川晶子です。よろしくお願いします」
と頭を軽く下げ、会釈した。
不信感を拭いきれない母親であったが、『結婚』の二文字を聞いた途端、『え!』と言わんばかりに父親の顔を見た。しかし、父親は尚も話を続けた。
「では、これからの作戦を発表するから、みんなよく聞いてくれよ」
と言うと、リビングのソファーに腰を下ろした。皆も父親の前のテーブルを取り囲むようにして、その場に座り込んだ。
「では、まず第一段階だ。母さんには黙っていたが、近々引っ越しをする。引っ越しの段取りは、もう山口に頼んである。引っ越しは一度に行わず、徐々に行う。その際、守の部屋を少し作り変える。それに乗じて守のパソコンにある仕掛けを施す。中川君に撮ってきてもらった映像をパソコンの中に入れ、あたかもインターネットで取り置きした映像のように見せかける。そして全ての準備が整い次第俺達も引っ越す。引っ越すと言っても、隣にだけどな」
そう言って父親は引っ越し先の住所を母親に見せた。確かに真横の家だった。疑問を隠しきれない母親だったが、父親の次の言葉を待った。
「そして第二段階に移行する。まずは守に本当に引きこもってもらう。その為に母さんには、守の身の回りの世話を全面的にバックアップしてもらう。期間は約3ヶ月間、この間に俺達も次の行動の準備を行う。……山口にはもう頼んであるが、守のバイトの就職先になってもらう。もちろん、在りもしない仕事を行ってもらう為、給料に関しては俺達が受け持つ。山口には場所を提供してもらうだけだ。そしてこの3ヶ月間毎日のように見る筈の女性を守の前に登場させる。もちろんあの生真面目な守は気が付く筈もないだろう。彼女には短期間の接触だけを持ってもらい、すぐに守の前から姿を消してもらう。女性に免疫のない守の事だ、次に会う時までにかなりの妄想を抱く事だろう。そして俺達だが、頃合いを見計らって旅行か何かと偽り、守の前から姿を隠す。一握りの金を置いて」
「それで本当に大丈夫かしら……」
父親が話し終えると、母親は不安気に一言零したが、やってみようと腹を括った。
「母さん。ここで一つお願いがあるんだ。……中川君を家に住まわせて欲しいんだ」
突拍子も無い事を口にした父親に驚きの表情を隠せなかった母親だったが
「いいわよ。でも、寝る時は私の部屋で寝てもらいますからね!」
と、どうせ文句を言っても仕方がないという感じで父親に言った。父親は苦笑いを堪える事が出来なかった。
そして月日は流れ、旅行中になっているある日、また4人は集まった。
「守が家を出る事に成功した。そこで、第三段階に移ろうと思う」
父親は、皆の顔を見ながらゆっくり話し始めた。
「まず、母さんには守に気付かれ無いように、金銭的援助と自炊生活の為の最低限の援助を行ってもらう。その過程の中で、山口のところの紹介も行ってくれ。俺はパソコンの中のファイルを消去しておく。山口は、母さんからの連絡があった後、行動に移してもらう。一度プライベートで守に会い、強引にでもいいから仕事に就かせてくれ。中川君は、守と短期間顔を合わせる訳だが、別に話をする必要はない。ただそこにいるだけで大丈夫だ。そして母さんは街に出てこの紙を見知らぬ人に渡してくれ。これには電話番号が書かれている。この番号に電話をかけてくれた人に500円渡してくれ。人助けの小さなボランティアだと言ってな。ここまでは分かったか? よし! それでは、行動開始だ!」
と父親が立ち上がり手を前に突き出すと、あとの三人はその手を握り、軽く頷いた。
晶子が守の前から姿を消し、数日が過ぎた頃だった。父親は晶子に近付くと、
「そろそろ君の出番だな」
と言って、晶子の肩をポンっと叩いた。
「何をすれば……」
と戸惑う晶子に
「今度はそのままの君で、いや、それ以上に明るい君で守に接触してくれ。ただ注意する事は、守を追いかけない事。守の気が君に惹かれ始めたと思えば身を引き、着いて来ないと感じたら、また君に惹かれるように接触する。なぁ〜に、難しい事じゃない。駆け引きというヤツだ。しかも守は女性に全くと言っていい程免疫がない。釣ろうと思えば『さびき釣りの鰯』よりも簡単に釣れるさ。よろしく頼むよ!」
父親に再度、肩を軽く叩かれ晶子は軽く頷いた。
晶子が守に家への招待を受けた夜。父親と母親、晶子の3人は話し合いを行った。まず、守は奥手だと思われる為、いらぬ心配はしなくてもよいだろうという事。余り遅くまで長居をしないという事。帰りは送ると言われても必ず断る事。守が家に入るまで、隠れているという事を。
そして交際が始まった後、母親は父親から中川の真実を聞く。
「彼女は片付け、すなわち整理整頓が出来ないんだ。何度か住んでいたアパートを隣人にゴミ屋敷通報された程だ。料理も出来ず、片付けも出来ず、そしてそれが災いしてか彼氏の一人もできやしない。そんな彼女の私生活の一部について相談を受けていてね。コレだ! と思ったよ。守と正反対。守は几帳面で生真面目で融通が利かない為に社会に順応出来ない。中川君は、真面目なのだが整理整頓が出来ず、機転を利かせて仕事をこなす男顔負けのキャリアウーマン。それぞれが、それぞれに足りない部分を補いながら生活できれば、いう事ないんじゃないかってね。……そして今、守は彼女に惹かれ、彼女も守といる事に安堵を覚えている。これで良かったと思わないか?」
父親の話しを聞き、
「そうね」
と母親も笑顔で答えた。
結婚式当日、守は両親に掴み掛からん勢いだったが、母親の本当の涙と父親の目薬涙にまんまと騙され、その日以来父さん、母さんと呼ぶようになった。彼女の御両親も喜んでおり、今泉中年夫婦は幸せを感じていた。
ただ……
「多分孫の顔は見れないな……」
と父親はボソッと呟いた。
完
本当の最後まで読んで頂きまして、誠にありがとうございました。
本編の終了に続き、今泉夫婦が守の自立の為に仕掛けたトラップ。鬼のような事もして参りましたが、今後の若き今泉夫婦を祝福してあげて下さい。
重ねて申しますが、これまでご愛読頂きまして、誠にありがとうございました。
次回作はまだ未定ですが、またその時はよろしくお願い致します。