交際(194日目)
朝6時《ピピピピ》アラームの鳴る音が聞こえる。『ふわぁぁぁ! 朝かぁぁぁ!』大きな欠伸が出て目覚まし時計を探して枕元を探った。俺は布団からもぞもぞと這い出し、目覚まし時計を止めると、丁寧に布団をたたんだ。
カーテンを開け、窓を開けて大きく深呼吸すると、静かに窓を閉め、カーテンも閉めた。
押し入れを改築して作ったトイレに入り、排泄を行う。トイレに入ってから15分経過したのを確認しトイレから出た。トイレから出ると洗面所で髭を剃り、歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてから、スーツに着替えた。
朝メシは昨日のオードブルをレンジで温めてから、米は無しで「いただきます」と両手を合わせて呟いてから食べた。食べ終えると「ごちそうさまでした」と両手を合わせて呟いた後、箸と皿を丁寧に洗って水気をしっかり切ってから片付け、ズボンのポケットの中に財布が入っているか確認すると、誰もいない我が家に向かって「行ってきます」と言い、仕事に向かった。
職場までは徒歩で行く。始業30分前に到着し部屋に入る。始業迄の時間は、普段と変わりなくボ〜と電話を眺めながら椅子に座る。「おはよう」と声が聞こえ、ドアの方を見ると社長がいつもと変わらない笑顔で立っていた。「おはようございます」と立ち上がり一礼する。「真面目だねぇ。じゃあ今日もコレ渡しておくからね」と転送用携帯電話を手渡し社長は去っていった。
始業の時間になると決まったように電話が鳴る。3回コールするのを待ってから受話器を上げる。「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと「今日も絶好調だね。その調子で頼むよ」と社長の声が聞こえた途端切れてしまった。『んだよ! あのオッサンは!』と思いながら受話器を置くと間髪入れずに電話が鳴った。3回コールしてから受話器を上げる。暫く相手の出方を伺うと、無言で電話は切れてしまった。『あ!』と思ったが遅かった。『まぁこんな事もあるさ』と自分に弁解し、受話器を置いた。『ここに来た頃が懐かしいな』と思い返してみた。鳴らない電話。一言も話さず、ただボケ〜とするだけの先輩。する事もなく、ただただ過ぎていった時間。『あの頃は良かったなぁ』と遠い過去のような気になった。と考えていると、こっちの都合などお構いなしに電話が鳴った。3回コールしてから受話器を上げる。そして相手の出方を伺う。「………」やはり相手は無言を貫き通す為「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと、「あの……すいませんが……、ちょっと聞きたいんですけど……、あの……」
とはっきりしない口調で何かを言いたそうにしている。暫く黙って聞いていると「……ここに電話したら、……何故、500円」と言ったところで電話が切れてしまった。『500円? 何の事だ?』と思ったが、意味不明な電話はいつもの事なので気にしない事にした。また暫くすると電話が鳴った。『今日はやけに多いな』と思いながら3回コールするのを待って受話器を上げる。相手の出方を伺おうとした途端「【只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい】って言うんだろ!」と突然男の声が聞こえ、どうして良いか分からなくなった。暫く無言でいると「おい! 何黙ってんだよ!」と言ってくる。仕方がないので「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと「やっぱりな! お前、別の事言えねぇのかよ! そこ何処の会社だよ! 違う奴出し」と大声で怒鳴り散らしていたが、突然電話が切れてしまった。『なんだよ一体! 今日の電話何か変じゃねぇか?』と思ったが、俺が考えても分かる事ではないので、考えない事にした。時計を見ると『そろそろ昼メシだな』と思い、ドアの方を見ていると、メシではなく電話が鳴った。『もう! もうすぐ昼メシだってのに!』と思いながら3回コールしてから受話器を取る。相手は無言で何も言わない。仕方なく「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと「分かりました。どうも、すみませんでした」と言うと電話は切れた。『何か拍子抜けだな。さっき迄の訳の分かんねぇ電話が嘘みたいだ』と思い受話器を置くと、丁度昼メシが部屋に入ってくるところだった。
今日のメシは、ピラフにコロッケが2個、コロッケの横にレタスとトマトが添えてあり、クリームスープという献立だった。『ヒュ〜! 今日はまたどうしてか、豪勢じゃん!』と喜んで「いただきます」と両手を合わせて小声で言ってから一口ずつ味わってゆっくりと食べた。普段と変わらず、メシの最中は電話が鳴る事は無かった。全て食べ終え、最後にスープを飲み干すと「ごちそうさまでした」と両手を合わせて小声で呟いた後、転送用携帯電話がポケットの中にあるのを確認してからトイレに向かった。
トイレに入り排泄を済ませると15分経過するのを待つ。ここのトイレは誰も来ないので、気にする事なく個室に入ったまま時間の経過を待った。と、突然携帯電話が鳴った。通話ボタンを押し「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言う。相手は黙ったままで何も話さない代わりに、電話を切ろうともしない。『お前電話切れよ!』と思いながら暫く待ち、再度「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言った。しかし相手は、尚も無言を続けている。時計を見ると15分経ったので、携帯電話を持ったまま個室を出ると、肩と耳で電話を挟み手を洗ってから部屋へ戻った。しかし相手は無言のままの為「あの……」と声を出すと、「長ぇんだよ! バ〜カ!」と聞こえたと同時に電話は切れた。『はぁ。やっと切れた。ってか、長ぇって何だよ! テメェの方がいつまでも無言時間長ぇつぅんだよ!!』と苛立ちながら電話を切った。ふてぶてしく椅子に座り込むと、背もたれに体重を預け、天井を見た。『はぁ。このバイト、楽なんだかウゼェんだか』と思いながら天井を眺めたままボ~とした。暫く経って『電話鳴ったらヤベェ!』とガバッと起き上がると机の方を見た。しかし、電話が鳴る気配は全くなかった。『早く晶子に逢いてぇ……』と思いながら机に手を乗せ、その上に顎を乗せて電話を睨み付けるようにして見た。しかし、そのまま電話が鳴る事は無かった。『昼から楽だったって言うか、暇だったって言うか』と思いながら帰ろうとした時だった。「ちょっと良いかな?」と、ドアをノックして社長が笑顔で入って来た。『何だろう? 俺、何かしたか!?』とおどおどしていると、「はいコレ」と茶色の封筒を渡された。『は? 何?』と思いながら中身を確認する。中には現金で55,000円入っていた。『え? 何? 手切れ金?』と考えていると「今月分の給料。月末の中途採用だったから、中身は少ないけど、今回は特別に色を付けてあるからね。これからもよろしく頼むよ!」と背中をバンバン叩かれた。『給料? 給料! 給料ぉぉ!!』今にも叫び出したかったが、ここはぐっと堪えて「ありがとうございます!」と出来るだけ大きな声で言うと、頭を深々と下げた。『しかし何故55,000円?』と思い、頭の中で瞬時に計算した。『俺が働いたのが休みを除いて8日間。1日8時間労働だから、54,400円。色って600円かよ!』と思いながらもう一度「ありがとうございます!」と言うと、「明日からも頑張ってね」と右手を振りながら去っていった。
会社の前に走っていくと晶子が既に待っていた。「ゴメン! 遅れて!」と言うと「別にいいわよ」と横にきて腕を組んできた。驚いて晶子を見詰めると「何? 私達付き合ってるんだよね?」と言ってきたので「あ、うん」と言ってから照れながら歩き始めた。今日は、昨日と一昨日の食材の残りを使って料理するつもりだった為、スーパーには寄らずそのまま家に帰った。家に帰る途中、すれ違う人や辺りの人の視線を感じる気がした。その度に周りをキョロキョロすると、晶子がクスクスと笑っていた。
家に着くと「このまま料理できないから着替えて来ていい?」と聞くと、晶子をキッチンに残し、普段着に着替えに部屋へ戻った。急いで着替え、キッチンに行くと晶子がレシピ本のページをめくりながら「ねぇ、コレ食べたい!」と言ってくる。すぐさま本を覗き込み、材料の確認を行う。『うん。これなら作れそうだ』と思うと「分かった。いいよ!」と答えた。晶子は「やったぁ!」と子供みたいにはしゃいでいる。とりあえず、あと二品くらいと思い、レシピ本のページをめくる。横から興味津々で覗き込む晶子と、好き嫌いや、今日の仕事であった事等を話ながら、献立を決めた。
話を続けたまま調理に取り掛かる。分量を量り、本に書かれた通りの形に切り、時間を計りながら調理を進める。時折、調理に熱中し過ぎて話を忘れると「もう!!」と晶子が、頬を膨らませ可愛い顔をする。焼く、煮るの待ち時間は、使っていない調理器具や食器を洗い、片付けを平行で行う。
そして調理が終わり、不要な調理器具や食器の片付けも終わった後、二人向かい合って座り、同時に手を合わせると「いただきます!」と元気に言って食べ始めた。食事の最中も会話が弾む。お互いの仕事の話、晶子が昔飼っていたハムスターの話、今日初めて給料を貰ったって話。話のネタは尽きない。『俺ってこんなにしゃべれんだ』と自分に驚いた。食事が終わると、また二人で両手を合わせて「ごちそうさまでした」と元気に言った後、食後のコーヒーの用意をする。コーヒーの用意を晶子がしてくれたので、片付けられる物は先に片付けておく。コーヒーが入り「守! コーヒー!」と言われた為、席に着く。二人でゆっくりと熱いコーヒーをすするように飲み、目が合うと微笑み合った。
時間という物は、楽しければ楽しい程早く過ぎ去り、あっという間に晶子が帰る時間になった。晶子を玄関先まで送る。そして晶子は「明日から買い物に行く時は、割り勘で買おうね。だって私、守の所で晩御飯食べてるんだし」と言うと、笑顔で手を大きく振りながら帰っていった。俺は暫く晶子の見えなくなった暗闇を眺めていた。
家に入ると、ベランダへ直行する。タオル類を手に取り、乾いたワイシャツを部屋へ持って行くと、今日着ていたワイシャツと着替えを持って風呂場へ向かった。服を脱ぐと、ワイシャツと先程まで着ていた服を洗濯機に放り込み洗剤を入れて、電源をONにする。洗濯機が動き始めたのを確認して、風呂場に入ると湯舟に湯を張りながら身体を洗う。湯舟に入ると、湯がまだ完全に入っていなかった為湯舟に浸かりながら湯を貯める。半身浴状態になると、湯を止め少し長い目に温まると風呂から上がった。
服を着るとキッチンへ行き、水をコップに一杯飲んだ後、コーヒーを飲んだマグカップを洗って片付けた。洗濯機が止まるまでキッチンにて椅子に座ってボ〜っとする。『晶子……か……』と何気なしに考え、洗濯機が止まると、洗い終わった衣類を持ってベランダへ行くと、一枚一枚シワを伸ばしながら、丁寧に干した。
部屋に入ると『明日から心機一転で頑張るか!』と気合いを入れ、敷布団にシワが出来ないように布団を敷いた。トイレに行って、トイレに入って20分経過したのを確認してから、洗面台で歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてから、窓際に行きカーテンを開け、窓を開けると、大きく深呼吸をして、「おやすみなさい」と空の星々に呟くと、窓を閉め、カーテンを閉めて布団に入った。
目を閉じ、羊が一匹、羊が二匹と眠ってしまうまでひたすら数えて、今日の一日が終わりを告げた。
仕事……か……。よし! 頑張ろう! 割り勘の時に、俺金無いなんて言いたくないもんな! ……ってか、ババア! 最近、寄り付きもしなくなってねぇか!