招待(192日目)
朝6時《ピピピピ》アラームの鳴る音が聞こえる。『朝だ! おはよう、俺! さぁ起きよう! 今日は忙しいぞ!』俺は布団を勢いよく跳ね退け、目覚まし時計を止めると、丁寧に布団をたたんだ。
カーテンを開け、窓を開けて大きく深呼吸すると、静かに窓を閉め、カーテンも閉めた。
押し入れを改築して作ったトイレに入り、排泄を行う。トイレに入ってから15分経過したのを確認しトイレから出た。トイレから出ると洗面所で髭を剃り、歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてからキッチンへと向かった。
キッチンにて『まずは朝メシ』と思ったが、最近外食続きだった為メシが無い。仕方がないので、米を磨ぎ炊飯器にセットすると、『メシが出来るまでに掃除でもするか!』と腕まくりをして、まずはトイレ掃除を行う事にした。自室のトイレから順番に便器を磨き、便座や床を雑巾で拭いていく。自室のトイレが終わると、次は2階のトイレに取り掛かる。『いくら家に来たからといっても、2階や俺の部屋までは入んないだろーけど』と思いつつも、2階のトイレも綺麗に磨き上げた。最後に1階のトイレを念入りに掃除する。『もし、トイレを使うとしたらこのトイレだ。綺麗にしとかないと中川先輩どう思うか分かんねぇからな』と思いながら、『これでもか!』と思う位丁寧にトイレ内を掃除した。
そしてそのまま床掃除に取り掛かった。これまた先程使った雑巾を風呂場で石鹸を使って綺麗に洗うと、よく絞ってから2階の廊下や部屋の畳の上を隈なく拭いていく。少し拭くと、埃の塊が雑巾に纏わり付くので、何度も風呂場で濯いでは床を拭くを繰り返す。『掃除機欲しいなぁ』と思わず考えてしまったが、今無い物に想いを馳せても仕方がないので『集中。集中』と床拭き掃除を継続した。2階部分が終わると、今度は1階に移動。玄関から廊下、キッチンの床に至るまで拭いていく。此処でもやはり、埃が雑巾に纏わり付くので、雑巾を何度も濯ぎながら、隅々まで丁寧に拭き上げていった。床掃除が終わる頃には既にメシは炊け、炊飯器は保温モードに切り替わっていた。
雑巾を風呂場で丁寧に洗い、ベランダに干しに行くと、そのまままた風呂場に行き、今度は手を念入りに洗いキッチンへと向かった。『じゃあメシにすっか』と茶碗を取り出し、炊けたメシを入れるとテーブルの上に箸と一緒に置く。メシは茶碗の中でキラキラと光を放ち、それはそれは旨そうに見えた。きちんと椅子に座り、両手を合わせてから「いただきます」と小声で言ってから、一口ずつしっかり咀嚼して食べる。掃除という一仕事を終え、炊きたてのメシという事もあってか、白米だけにも関わらず、かなり旨く感じた。一膳食べ終えてから、まだ炊飯器の中にメシが残っていたのでおかわりをする。別に一度食べ終えた訳でもないのに、おかわりのメシを前にして「いただきます」と再度両手を合わせて呟いてから食べた。炊飯器の中も空になり、朝メシを食べ終えると「ごちそうさまでした」と両手を合わせて呟くと、茶碗や炊飯器、箸を洗って水気を切った後、それぞれの収納場所へと片付けた。気が付くと、もうすぐ10時になろうとしていた。
部屋へ戻ると財布をポケットに入れ、買物に出掛ける事にした。と、その前にキッチンに寄り、今日は何を作ろうかとレシピ本を開く。暫くページをめくりながら考えていたが、『結局買う物決めたって安くなかったら買わないんだし、行き当たりばったりでいいか』と思い、レシピ本を閉じると、そのまま家を出た。
スーパーに着くと、そのまますぐに食料品売り場へ直行する。始めは何を買うでもなく、食料品売り場をぶら〜っと1周する。その間に安い物とか欲しい物を品定めしていく。2周目に入り、先程品定めした物と一緒に欲しい物をカゴの中に入れていった。とりあえず、買物も終わってレジに並ぼうとした時『そういえば中川先輩、ファミレスで食後に必ずコーヒーを飲んでたな』と思い出し、コーヒーを買いに戻った。コーヒーを買えば、必然的に砂糖とクリームが必要になる。財布の中身をちらっと確認してから、余り安すぎないコーヒーと、グラニュー糖、粉末クリームをカゴの中に入れレジに並んだ。
清算が終わると、もう昼を過ぎていた。『今から帰ってメシ作んの面倒だな』と思い、フードコーナーに行った。自分で作れそうな物は敢えて避け、家では作れなさそうな物を選ぶ。『こんな時だから食えるモン食っとかねぇとな』と思いながらメニューとにらめっこを行うが、家で作れそうな物ばかりだった為、お好み焼きを注文してお好み焼きが出てくるのを待った。お好み焼きを受け取ると、近くにあったダスターも一緒に持ちテーブルに向かう。始めにテーブルの上をダスターで丁寧に拭いてから、お好み焼きの乗った皿をテーブルに置き、椅子に座って両手を合わせて「いただきます」と小声で呟いた後、一口一口よく噛んで食べた。『なんだか、べちゃべちゃしててマズイな』と思いながら食べ終えると「ごちそうさまでした」と両手を合わせて呟くと皿とトレーを食器返却口に戻し、スーパーを跡にした。
家に着くと、午後2時少し前だった。キッチンに買ってきた物を置くと、とりあえず部屋に財布を置きに行き、キッチンへと向かう。6時までには、まだ時間があるが、レシピ本を開いて今日のメニューを考える。いつもは一人分だけを作っていたが、今日は二人分+αを作らなければならない。『よし! 始めるか!』と腕まくりをして、チョイスした料理に取り掛かった。時間に余裕もあるので、味見をしながら丁寧に調理していった。
オードブル風に盛り付けた料理が完成したのは、午後5時を少し回った頃だった。『ちょっと早かったかな? もう一品増やすか?』と考えたが、とりあえず調理器具の片付けを優先する事にした。『中川先輩が来てから片付けたら、中川先輩、嫌だろうし』と思いながら鍋やフライパンを洗っては、水気を取り除き収納する。そして、シンクも隅々まで丁寧に洗った。『そろそろかな?』と思って時計を見ると、午後5時40分頃だった。『まだ早いか……』と思っていると、《ピーン・ポーン》とチャイムの音が聞こえた。『来た!』と思うと、少し動悸が激しくなる。「は、はい」と掠れた声を出し、玄関へと向かった。
玄関を開けると、中川先輩が仕事帰りというような風貌で立っていた。「ど、どうぞ」と家の中へ入るように促すと「ええ」と少し恥ずかしそうに、モジモジとしながら玄関をくぐった。「あのさぁ……、御両親は?」と家に入るなり聞いてきた。どう答えたものかと思ったが、「いません」とだけ言っておいた。別に嘘を言っている訳ではないので。
キッチンへ招くと「うわぁ! コレ守一人で作ったの!?」と感嘆の声を挙げた。『ふっふっふ! 驚いたか! 驚いただろう!』と思ったが「え、ええ、まあ」と答えておいた。『よし! 玄関からここまでは何も言われなかったから、掃除の効果あり!』と思いながら、椅子をひき「どうぞ」とエスコートすると、中川先輩が席に付いたのを確認してから俺も反対側の椅子に座った。『中川先輩、美味しいって言ってくれるかな?』と思いつつ「どうぞ、食べて下さい」と言うと「う、うん。じゃあ遠慮なく」と、手元の皿にテーブルの真ん中に並べた料理の中から二つ三つ取ると口に運んだ。『この人、会社の時もそうだったけど、いただきます言わないんだな』と思いながら、俺も両手を合わせて「いただきます」と呟いてから食事を食べ始めた。中川先輩は良く話し掛けてきた。この料理が美味しいだとか、どうやって作ったのだとか、俺が料理得意なのか等々。一つ一つの質問に丁寧に答えながら、ふと一つの疑問が湧き上がった。「な、中川先……。い、いや、晶子! 晶子は料理とかしないの?」思い付いた質問をそのまま口にすると、突然中川先輩は黙り込んでしま
った。『な、なんかマズイ事でも聞いたか!? 聞いてしまったのか!?』と思い、暫く沈黙が続いた後「私ね、料理出来ないの」と、小さな声で中川先輩が答えた。「そ、そうなんですか。変な事聞いて、すみません」と答えると「守はこんなにいろいろ作れるんだもんね。私なんか何も出来ない。私の事なんか嫌いでしょ。毎日毎日、外食に付き合わせるし、料金も割り勘だし、料理出来ないし、取り柄のない女だよね」と言ったまま、箸が止まり俯いてしまった。『うわぁ! マズイぞ。マズイ! なんとかしねぇと。どうする? どうするよ俺!』と頭の中がパニックになりながら「そんな事ないですよ! 嫌いだったら家でメシ食おうなんて誘いませんよ! なんだったら、明日もここでメシ食いませんか?」と口走っていた。その途端「本当に?」と上目づかいで聞いてくる。『やべぇ! か、可愛い!』とドキッとしながら、「晶子は明日仕事? 休み?」と聞いてみた。質問の意図が掴めないのか、少し困ったような顔をして「どうして?」と聞いてくる。「あのさ、とりあえず食いながら聞いてよ。……もし、明日休みだったらさ、一緒に買い物行って、一緒に料
理作らないかなぁと思ってさ」と言うと、突然笑顔になり「うん! 分かった! 明日何時に来ればいい? 明日は休みだよ!」と答えた。とりあえず、明日は昼過ぎの午後1時頃に家に来てもらう事で話をし、残った料理を食べれる分だけ食べると、「晶子? コーヒー飲む?」と聞いてみた。「あるの?」と言われた為「いつもファミレスで最後にコーヒーを飲んでいるでしょ。だから買っておきました」と答えると「よく見てるわねぇ。さっすがっ真面目君!」と茶化された。買ったばかりのコーヒーと粉末クリーム、砂糖をテーブルの上に出すと、ヤカンに水を入れて湯を沸かした。そしてコーヒーを飲みながら、少し話をして「私余り遅くなったら……」と言われた為、今日は終わりにする事にした。玄関先まで中川先輩を送る。本当は、中川先輩の家の方まで送るつもりだったんだけど、中川先輩に「近いから大丈夫」と拒否され、仕方なく玄関先まで送る事にした。中川先輩は、後ろを振り向き右手を大きく振りながら足軽に帰っていった。
家に入ると足早にキッチンへ向かう。残った料理を一つの皿に盛り付けると、冷蔵庫へと片付け、使った食器類を丁寧に洗う。洗った食器類は、とりあえず食器を入れておくカゴの中に放置しておき、そのままベランダへ向かうと、タオル類を取り、部屋で着替えの服を手に取ると急いで風呂場へ向かった。着ていた服を洗濯機に入れ、洗剤投入と同時にONにすると風呂に入った。身体を洗い、湯舟に湯を入れながら湯に浸かる。腰の辺りまで湯が貯まったところで湯を止め、暫く洗濯機の音を聞きながらボ〜とした。風呂から出ると、キッチンへ向かいコップに水を入れ少し飲んでから、先程の食器類の水気をしっかり切って、それぞれの収納場所へ片付けた。そしてそのまま、水を飲みながら洗濯機が止まるのを待った。洗濯機が止まると、ベランダに干しに行き、そのまま部屋へと戻った。
部屋に入るとドッと疲れが湧き出るような感覚に襲われた。『あぁ! マジで忙しかった! 明日も頑張るか! でも……今日は……もう寝よう』と思い、敷布団にシワが出来ないように布団を敷くと、トイレに行き、トイレに入って20分経過したのを確認してから、洗面台で歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてから、窓際に行きカーテンを開け、窓を開けると、大きく深呼吸をして、「おやすみなさい」と空に呟くと、窓を閉め、カーテンを閉めて布団に入る。
目を閉じ、羊が一匹、羊が二匹と眠ってしまうまでひたすら数えて、今日の一日が終わりを告げた。
明日も朝から掃除だ! 今日ほど丁寧にしなくてもいいかな。……明日二人で買い物……。コレって、プチデートかぁ!!