中川先輩(190日目)
朝6時《ピピピピ》アラームの鳴る音が聞こえる。『ふぁぁぁ! もう朝かぁ!』大きく欠伸をすると目覚まし時計を探して枕元を探った。俺は布団からもぞもぞと這い出し、目覚まし時計を止めると、丁寧に布団をたたんだ。
カーテンを開け、窓を開けて大きく深呼吸すると、静かに窓を閉め、カーテンも閉めた。
押し入れを改築して作ったトイレに入り、排泄を行う。トイレに入ってから15分経過したのを確認しトイレから出た。トイレから出ると洗面所で髭を剃り、歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてから、スーツに着替えた。
朝メシと思ったが昨日外食した為、御飯が無い事を思い出し、何も特に持ち物は無いので、ズボンのポケットの中に財布が入っているか確認すると、誰もいない我が家に向かって「行ってきます」と言い、仕事に向かった。会社への道程の途中でコンビニに寄り、パンを1つとコーヒーを1本買うと、食べながら会社へ向かった。
職場まで歩いて来たが、始業30分前に到着。部屋に入るとやはり、部屋の中には机と椅子、そして1台の電話がポツンと置いてあるだけだった。『変わらないな』と思いながら、普段と変わりなくボ〜と電話を眺めながら椅子に座っていると「おはよう」と社長がいつもと変わらない笑顔で入口から声を掛けてきた。「おはようございます」と立ち上がり一礼する。「真面目だねぇ。じゃあ今日もコレ渡しておくからね」と転送用携帯電話を手渡された。
始業時間になると、今日も相変わらず、突然《ジリリリリン》と電話が鳴った。3回コールしてから受話器を上げる。「………」やはり相手は無言の為「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと「………」相手は無言のまま電話を切ろうとしない。聞こえなかったのかと思い「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と再度言うと「だから?」と男の声が消えた。『だから? と言われても困るし』と思いながら、もう一度「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と答える。男の方も強情で「それから?」とまた聞いてきた。『だから? とか、それから? とか聞かれても……』と思いながら無口になっていると「ふ〜ん。成る程ね」と声が聞こえたと思うと電話は切れてしまった。『一体何なんだ!』と思いながら受話器を置くと《ジリリリリン》《ジリリリリン》とすぐに電話が鳴る。3回コールしてから受話器を上げると「なぁなぁ、コレって何の電話?」と突然聞かれた。『はあ?』と思ったが「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと「ふ~ん。そういう電話。……っていうかさ、係の者って誰?」と聞かれ『え! 誰?』と頭が混乱気味になった。暫く無言でいると「そっか。それは答えられないんだ」と言うと電話は一方的に切れてしまった。『くそっ! 何なんだよ!』と思いながら受話器を恐る恐る置く。電話が鳴らない事を確認して、机に両手で頬杖をつくと電話を眺めながらボ~とした。そのまま昼メシまで電話は鳴らなかった。 今日の昼メシは手抜きなのか、大きな丸皿にサンドイッチが大盛になってコーヒーが湯気を上げていた。とりあえず、両手を合わせて小声で「いただきます」と言って、一つずつゆっくりとよく噛んで食べる。時折コーヒーで喉を潤わしながら完食すると、両手を合わせて小声で「ごちそうさまでした」と言った後、トイレに向かった。
トイレに入って15分経過するのを待つ。やはりここのトイレは、誰も使っていないのかと思う程静かだった。《ピリリリリ》《ピリリリリ》と携帯電話の着信音が鳴りだした。急いで転送用携帯電話を取り出し、通話ボタンを押し耳に当てて、相手の様子を伺う。相手は黙ったままなので「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと「そう」と女性の声が聞こえた途端、電話は切れてしまった。『もう少し』と、トイレに座っていると、また《ピリリリリ》《ピリリリリ》と携帯電話が鳴った。直ぐさま着信ボタンを押す。「今、何してる? お昼? トイレ?」と突然、相手は話し掛けてきた。どう答えれば良いか分からず無言でいると「台詞。台詞」と言われ「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と咄嗟に答えると「真っ面目ぇ!」と言われた。少し間を置いて「中川先輩?」と聞くと「気付くの遅ぉい!」と言われ、咄嗟に「すみません」と謝っていた。「別に謝らなくていいよ。ねぇ、今日の予定覚えてる? 待ってるからね!」と言うと中川先輩は電話を切ってしまった。気が付くと、トイレに入ってから30分が経過していた。
慌てて部屋に戻ると、椅子に座って一息つく。暫くすると電話が鳴った。3回コールしてから受話器を上げる。どうせ相手は無言だろうと、すぐに「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと「何? どうして、また電話しないといけないの?」と女性の声が聞こえた。『また……』と思ったが「只今係の者は外出しておりますので」と言うと「係の者? 誰が外出しているの?」と言われた。『しつこい!』と思いながら、再度「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと「あなたじゃ話にならないわ! 別の人に変わってちょうだい!」と明らかに怒った口調で女性は言ってきた。少し戸惑ったが「ここには私しかおりません」と言うと「そう。じゃあ、また後で電話するわ!」と不機嫌そうに電話を切ってしまった。『なんだよ! 最近だんだん訳の分かんねぇ電話増えてんな』と思いながら、再度電話を眺めながらボ〜とする。また暫くすると電話が鳴った。3回コールするのを待って、受話器を上げると、今度は黙ったまま受話器を耳に当て続けた。暫くして「チッ! 無視かよ!」と男の声が聞こえたと思うと
電話は切れてしまった。『なんだよ無視って! お前だって、もしもしすら言わなかったじゃねぇか!』と思いつつ受話器を下ろすと突然電話が鳴った為、咄嗟に受話器を上げてしまった。仕方がないので耳に当て「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言う。相手は黙ったままの為、再度「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言うと、何も言わず電話は切れてしまった。そして今日の仕事が終わった。
急いで会社の前へ走っていくと、中川先輩が「そんなに急がなくてもいいよ」と言ってくれた。中川先輩の傍まで行くと「昨日のファミレスでいい?」と聞かれた為「はい、いいですよ」と答えると、中川先輩は「じゃ! 行こっか!」と先に歩き出した為、俺はその後を追って行った。
ファミレスの中では、やはり無言のまま食事をしていた。『中川先輩は何の用事で食事に誘うのだろう』と思いながらメシを食っていると突然「ねぇ。いつも、こんなに静かなの?何か話してよ」と話し掛けられた。何か話せと言われても、何を話せば良いのか分からず「あの……中川先輩。昨日とか今日とか食事に誘ってきましたが、何か用事でもあるんですか?」と質問すると「別に用事が無かったら誘っちゃ駄目かな?」と言われてしまった。その後、また無言が続き結局店を出た。「明日も御飯行こうね」とファミレスを出た途端、中川先輩が言ってきたので「はあ」と返事すると「じゃ! また明日ね! バイバイ!」と元気に帰って行った。その後ろ姿を今日も眺めていたが、こうしていても仕方がないと、俺も家に帰った。
家に着くと、とりあえずスーツを脱ぎトイレ掃除を行ってから風呂に入った。洗濯機が回る音を聞きながら湯舟につかる。暫くボ〜としてから風呂から上がり、キッチンで水を飲みながら洗濯機が止まるのを待った。洗濯が終わると、ベランダに干しに行ってから自室に戻り『今日もなんだか疲れたな』と寝る事にした。敷布団にシワが出来ないように布団を敷くと、トイレに行き、トイレに入って20分経過したのを確認してから、洗面台で歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてから、窓際に行きカーテンを開け、窓を開けると、大きく深呼吸をして、「おやすみなさい」と空に呟くと、窓を閉め、カーテンを閉めて布団に入る。
目を閉じ、羊が一匹、羊が二匹と眠ってしまうまでひたすら数えて、今日の一日が終わりを告げた。
中川……先輩……か………