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新生活スタート(183日目)

 《ピーンポーン》《ピーンポーン》インターホンがなっている。時間を見ると朝6時を回った所だった。『誰だよ。こんな時間に……』と眠い目を擦りながら玄関を開けると、「おはようございます」と元気いっぱいの山口社長が立っていた。「まだ、朝の……」と言いかけると、「今から御飯? 早くしないと遅刻するぞ」と、ドカドカと家に勝手に上がりこんで来た。「ちょっ……」と文句を言いかけたが、社長の後をつけてキッチンへ行くと、「履歴書書けた? 写真無かっただろ。今日会社行く前に撮ろうか。あっ、もうすぐメシ出来るからさ、着替えておいでよ」とテキパキと朝食の準備をしている。『このオッサンは………』と心の中では苦情でいっぱいだったが、部屋に戻ると、丁寧に布団をたたんで、カーテンを開け、窓を開けて大きく深呼吸すると、静かに窓を閉め、カーテンも閉めた。

 押し入れを改築して作ったトイレに入り、排泄を行う。トイレに入ってから15分経過したのを確認しトイレから出た。トイレから出ると洗面所で髭を剃り、歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてから、久しぶりにスーツに着替えた。

 履歴書と着信専用携帯を持ってキッチンへ行くと「遅かったねぇ、いつもこんな感じ?」とテーブルの上にトーストと目玉焼き、缶入りのトマトジュースが置いてあった。「本当に早く食べないと遅刻するよ」と急かしてくる。出来るだけよく噛みながらトマトジュースと一緒にトーストを食べると最後に目玉焼きを口の中に放り込んで、すぐに後片付けを行う。「真面目と言うよりも几帳面なんだな」と社長がボソッと言うのが聞こえた。片付けが終わると「さあ行くよ!」と手を引かれ家を後にした。

 車の中で社長が「社員には昼食がついてるからメシの心配はしないでいいよ」と突然言ってきた。『そんなにメシの心配してたのかな?』と窓に写る自分の顔を眺める。「よし! ここで写真撮っとこう!」とスーパーに車を入れると、証明写真用の機械まで引っ張って行った。

 写真を撮るとすぐ車に戻り、車を発進させる。「これで写真貼っといて」とハサミと糊を渡された。揺れる車内でなるべく丁寧に写真を切り取ると履歴書に貼付けた。ふと前を向くと社長が左手を後ろに回し手招きしている。何かと思い『どうしましたか?』と聞こうとした途端、「履歴書。早く!」と言われたのでサッと手渡した。社長は運転しながらチラチラと履歴書に目を通すと「OK!」と言って履歴書を自分の鞄の中に直してしまった。

 しばらく走ると、【株式会社○○○引っ越しセンター】という大きな看板が目に飛び込んで来たかと思うと「着いたよ」と車から降ろされ、玄関を通ると建物の隅の方にある部屋に通された。そこは殺風景な部屋の中に電話が2台置かれている部屋だった。そこには一人の女性が電話の前でぼ〜っとしている。「今日からここで働く事になった今泉君だ。中川君よろしく頼むよ」と言うと、また「はっはっは」と豪快に笑い、「じゃあ仕事の説明をするからね」と、椅子に座らされた。「一日に何回か、そこの電話がなる。3回コールしたら、受話器を上げこう言うんだ。【只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい】分かったかい? まあ、いいさ。分からない事があったら中川君に聞いてくれたまえ。じゃ頑張れよ」と 言い残して部屋から出て行った。『はぁ? 一日に数回って。て、言うかその為に2人いるの?』と思っていると、「あの中川です。よろしくお願いします」と女性より挨拶されたので、「えっ、あっ、いや、俺……じゃない、僕、今泉守って言います。よろしくお願いします」と頭を下げた。と、その時には女性いや中川先輩は電話を

眺めながらぼ〜っとしていた。

 電話も鳴らず何時間経過したかも分からなくなった時、突然中川先輩が立ち上がった。『トイレかな?』と思っていると、「昼食来たみたい」と扉の方を指差した。確かに何やらメシのような物が運ばれて来た。角の丸い四角いお盆の上に、御飯と味噌汁、煮魚に漬物が乗っている。『病院か! ここは!』と突っ込みたくなる位質素だ。「あの昼メシって……」と中川先輩に尋ねると、「いつもこの時間。一時間したらまた食器取りに来る」と言ってまたメシを食い始めた。訳が分からなかったが、とりあえずメシを食う。

 そして一時間後、食器を取りにメシを持って来た奴が来た。何も言わず、食器を片付けるとそのまま部屋を出て行った。『はぁ?』と呆然としていると、目の前で中川先輩が手招きしている。『何だろう』と思い顔を見ると、電話の方を指差し、「鳴ってる」と言った。電話を見ると、確かに鳴っていたが『あんたがでりゃいいだろ!』と思いつつも受話器を上げ耳に当てた。が、向こうは無言で何の為に受話器を上げたか分からない。そうしていると中川先輩が小声で「台詞、台詞」と言っている。『あぁそうか』と思い直し「只今係の者は外出しております。御要件は後程再度お電話下さい」と言った。途端電話の向こうから「OK! その調子で頼むよ」と社長の声が聞こえた。と同時に電話が切れまた静かになった。

 結局この日は、電話は社長の一回だけだった。『何なんだよ! この会社は!』と腹が立ったが、これで時給850円だと思うと何だか得をした気分になった。

 家に帰ろうと会社を出たが、来る時、車で送ってもらった為何処に行けばいいか分からないでいると、後ろから中川先輩がやって来て、君の家はあっちと指差した。『何で人の家の方角分かんだよ!』と思ったが、「ありがとうございます」と頭を下げて歩き出した。

 ふと気が付くと、そこはいつものスーパーの裏だった。振り返ると、すぐそこに○○○引っ越しセンターの文字があった。『こんな所にあったのかよ!』と場所を把握すると、スーパーに寄って、今日はもう面倒だったので弁当を買って帰った。


 家に着いた時には、もう夜だった。『明日から毎日これかよ』と思うと先日買ったレシピの本など、どうでもよくなった。

 とりあえず家に入ると『今日トイレ行ってない』と思い自室のトイレに入った。トイレに入って15分経過したのを確認してトイレを出ると、スーツを脱ぎ、手で出来るだけシワを伸ばしてハンガーに掛けた。『あの仕事、背広いるのか?』と疑問に思ったが、仕事=スーツしか頭に浮かばないので明日も着る事にした。

 気分転換にまず風呂に入る事にする。湯舟にお湯を張りながら身体を洗う。『このシャツって普通に洗って良いのか?』と思いながらもワイシャツを洗う。靴下と下着も洗って湯舟に入ると、少し目を閉じた。『あんなので仕事になんのか? ……でも、履歴書も書いたし、時給850円だし……』と考えていたが、考えても答えは出てこないので、服類とタオル類を絞ってから風呂を出て気が付いた。『ん? ……これ……洗濯機?』脱衣所の隅に昨日まで確実に無かった四角い箱型機械が置いてあった。蓋の上に封筒が置いてある。手に取って中身を確認すると、【守へ。就職祝い。お古だけど無いよりいいでしょ。電気代と水道代上がるわよぉ!】と書かれてあった。『ババア! いつ来た! 仕事中か!』と腹が立ったが、『お古って?』と思い、もう一度洗濯機を見る。『これ、前にここに元々あったヤツじゃねぇか!』とまた腹が立った。しばらくして、『まあ、無いよりマシか』と思い直しベランダへ行くと、こちらにも見覚えのある少し錆びた物干し竿とハンガーが数本ぶら下がっていた。もう怒る気力も失せ、今洗った物をハンガーに掛けて干し、そのまま手摺りに

干してあった物を取り入れた。

 キッチンへ行き、今日買って来た弁当を皿に小分けして入れ、レンジで温める。全て温めるとテーブルに丁寧に並べて「いただきます」と両手を合わせ、小声で言った後しっかり噛みながらゆっくりと食事を摂った。食後はいつもと同じく全ての食器と弁当箱を丁寧に洗うと洗いカゴに入れ水気を切った。

 部屋に戻ると『今日はもう寝よ。』と敷布団をシワの出来ないように敷くと、トイレに行き20分経過したのを確認しトイレから出た。トイレから出ると洗面所で歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてから、窓際に行きカーテンを開け、窓を開けると、大きく深呼吸をして、「おやすみなさい」と空に呟くと、窓を閉め、カーテンを閉めて布団に入る。

 目を閉じ、羊が一匹、羊が二匹と眠ってしまうまでひたすら数えて、今日の一日が終わりを告げた。


 『明日から早起きか』と目覚まし時計をセットしてからもう一度眠りに就いた。



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