引きこもり生活中断(176日目)【旅行6日目】
朝10時、目が醒めた。おはよう、俺。あ〜、腹は治ったけれど寝不足だ。
俺は布団からもぞもぞと這い出し、丁寧に布団をたたんだ。
カーテンを開け、窓を開けて大きく深呼吸すると、静かに窓を閉め、カーテンも閉めた。
押し入れを改築して作ったトイレに入り、排泄を行う。腹の具合はもう大丈夫のようだ。『あ〜、死ぬかと思った。眠たい。』トイレに入ってから15分経過したのを確認しトイレから出た。
当然の事ながらメシは無い。一昨日食ったあの殆ど緑色の食パンが最後のメシだった。しかし無情にも腹は減っている。腹の虫は変わることなく、それはもうホールでコンサートかと思われる程盛大に大合唱。仕方が無いので、洗面所で水を飲もうかと思ったが、また腹痛になったら怖いので、大合唱を聞いておく事にした。
『今日こそメシだ!食わねぇとマジで死んでしまう!』と気合いを入れ玄関に向かった。
玄関に着くと靴を履く。『あれ?』特に何の違和感も無く靴が履けた。『これなら行ける!』と意気揚々と扉の取っ手を握ると、勢いよく扉を開けた。『おぉ!俺、レベルアップしたんじゃね!』と気が付くと涙が流れていた。『これなら行ける!』『これなら行ける!』と涙を腕で拭うと玄関から一歩外へ踏み出した。
咄嗟に、その場に座り込む。今までの経験上、初めてのことをした瞬間【地面が揺れる】【吐き気がする】【頭重に襲われる】などの体調不良を引き起こしていた為に、反射的に身体が動いた。が『おや?』と立ち上がる。何も起こらない。頭がおかしくなったのかと、頭を振ったり、腕をつねってみたり、跳びはねてみたりといろいろ試したが、別に何もなかった。
『おいおい。俺ヤベェぐらいレベルアップしてんじゃねぇの!』と有頂天になり、ポケットに手を入れた。『………ん?……ねぇ!金!金がねぇ!』ポケットの中はからっぽで何も入っていなかった。『嘘!うわぁマジでぇ!ちょっ!マジかよ!嘘ぉ!』と気が狂ったかのようにズボンの全てのポケットを裏返し、玄関先であるにも関わらず全裸になり服の端から端まで隈なく金を探した。『えぇぇっ!どうして!どうなってんだよ!』と全裸のまま座り込むと、暫くぼ〜と何も考えられなくなった。『一万円』『一万円』と頭の中でぐるぐると連呼しているとふっと頭をある出来事が過ぎった。『あぁっ!昨日着替えたんだった!』そう思うと、家の中に入り脱衣所に脱ぎっぱなしにしていたズボンのポケットに手を入れる。『あった!よかった!あったよ!』と嬉しさが込み上げてきて、ズボンの中から汗でしわくちゃになった一万円を取り出した。
『じゃあ、メシ買いに行くか!』と勢いよく立ち上がったが、『俺、裸だ!服は?服どこ?』と全裸の自分に大混乱。暫くして外に脱ぎっぱなしにしてきた事を思い出して、玄関からこそっと表を見ながら、人が通っていない時を見計らって表に出ると服をかき集め、家の中に転がり込んだ。『うわぁ!マジぃ!俺、知らねぇ人達の前で全裸でいたの!洒落になんねぇ!どうしよう。恥ずかし!表行けねぇじゃんか!』玄関で衣類を着用しながら、今までの行動を思い出し、絶句の心境だったが『そうだ。そういえばそろそろトイレの時間だ。』と思い、自室に戻りトイレに行き、トイレに入って15分経過したのを確認しトイレを出た。
もう一度玄関まで行くと、靴を履いて表に出る。『やりゃあ出来んじゃん俺』とコンビニを目指して歩き始めた。
道を歩いていると、知らない人達も歩いている。知らない人のはずなのに、目が合いそうになると、うずくまったり物陰に隠れたりした。『何やってんだ俺。こんな事してたら前に進めないじゃんよ』と自分に叱責するも人を見付ける度に、どうしても隠れてしまう。
普通に歩けば30分程で辿り着く筈のコンビニだったが、辿り着いた時には、家を出てから3時間が経過していた。『ふう。ようやく着いた。』と胸を撫で下ろしたが、コンビニを見ると中には店員を含め多くの人が買い物や立ち読みをし、客が出入りを繰り返している。
『何かメシになるもの買ってすぐ帰ればいい』と思うのだが足がすくんで前に出ない。『もうそこじゃねぇか!おい動け!足!動け!』と周りから見たらあからさまに挙動不審者の如く両足をバシバシ叩きながら立ち尽くしていた。
暫くするとコンビニの客足が少なくなってきた。『今だ!今しかない!』と力を振り絞ってコンビニに入った。一目散に弁当売り場まで行く。迷っている暇など無かった。手当たり次第に五つ弁当を持つと、振り返り様に菓子パンが置いてあったので三つ取り、レジへ持って行った。店員は手慣れた手つきで袋を用意し、「お弁当は温めますか?」などと聞いてくる。一秒でも早くここから離れたかったので「いりません」と答えたが、声が小さかったらしく「お弁当どうされますか?」と再度聞いてきた。もう無我夢中だった。「いりません」と今度ははっきり言い袋を貰おうとすると、店員は俺を虐めているのか「お箸は何本入れておきましょうか?」などと言ってくる。「五本」と言うと、店員は六本の箸を入れ、入れ過ぎたからと一本抜いて元に戻してから、「全て合わせて***円になります」と言った。一万円札を出すと「細かいのはありますか?これでよろしいですか?」と聞いてくる。俺は早くして欲しかった。心の中ではかなり急いでいた。「ありません」と答えるとお釣りを貰い、商品を持つと一目散に家へ走って帰った。お釣りの勘定もせず、レシートの確認もせず
、ただひたすら走り続けて家に転がり込んだ。
どこをどうやって帰って来たのか分からなかった。誰に会い、誰を見たのかも思い出せなかった。部屋に戻り外を見ると、もう夕方だった。腹の虫は大合唱を続けていたが、全く気にならなかった。暫くすると気分が落ち着いてきた。『買えた!買えたぞ!メシ買えたぞ!』部屋の中で大きくガッツポーズをとると、今買ってきたばかりの弁当を一つ開け、口の中でしっかり味わいながらゆっくり食べた。せっかくなので、パンも一つ平らげ一心地着くとトイレに行き、トイレに入って15分経過したのを確認しトイレを出た。
腹の虫も満足したようで、大合唱を止め静かになっていた。『じゃあ、今日は疲れたから風呂入って寝るか!』と意気揚々と風呂場まで行った。が、またもやアクシデントに見舞われた。『そういえばこの服放りっぱなしだった。風呂の後、何着よう』昨日脱ぎ捨ててあった汗まみれの服が異臭を放っている。と言って、今日着ていた服も先程全力疾走したせいで汗だくになっていた。
考えても答えが見つからないので、とりあえず風呂に入ることにした。洗身後、タオルや服類を全て洗うと全裸で浴室を後にし、一式の服とタオル類をベランダに干し、もう一式の服は部屋に持って帰ると、机や扇風機に掛け『明日には乾くだろう』と今日は裸で寝ることにした。
敷布団にシワが出来ないように布団を敷くとトイレに行き、トイレに入って20分経過したのを確認してから、洗面台で歯を磨く。右奥を30回、右奥の内側を30回、左奥を30回、左奥の内側を30回、前歯を30回、前歯の裏を30回数えて磨き、コップに塩水をいれ一回一分を5回ゆすぐ。袋の中に息を吹き入れ、中の臭いを嗅いで口臭の確認をしてから、窓際に行きカーテンを開け、窓を開けると、大きく深呼吸をして、「おやすみなさい」と空に呟くと、窓を閉め、カーテンを閉めて布団に入る。
目を閉じ、羊が一匹、羊が二匹と眠ってしまうまでひたすら数えて、今日の一日が終わりを告げた。
余りの忙しさに忘れていたが、そろそろババアどもが帰ってくるな。早く帰ってきやがれ!俺の生活、無茶苦茶じゃねぇか!