『かしこいマルガレーテひめのあくまたいじ』として知られる物語
剣と魔法のファンタジー世界に行っても、前提条件が違うと、憑依同士でも話があわないよねという話です。九尾の狐の退治譚などを下敷きにしています。
むかしむかし マルガレーテというなまえの とてもかしこいおひめさまがいました。
マルガレーテひめは おうじさまのおよめさんになると きめられていたおひめさまでした。
けれどあるひのこと マルガレーテひめは おうじさまがべつのむすめをつれてあるいているのをみつけました。
鏡に映る己の様子に、私は驚愕を禁じ得なかった。
目の端に見えた色からして白髪と変じたかとばかりに思っていた髪は、白ではなく艶を帯びた銀であり緩やかな癖がある。
肌は紙のような……今は血の気を喪っているからか、蝋のようなとも呼べそうな白。
そして何よりも目は瑠璃の色であり、顔立ちそのものが私のものではない。
否、異国の見慣れぬ顔立ちをしている。
この顔立ちの系統は鏡を捧げ持つ侍女も同じであり、なるほどたしかに私の魂は遠い遠い異国へと流されたかと思われた。
周囲もまた異国の見たことも無い家財道具に埋め尽くされ、どこぞで見た大陸の床几のようなものに私は身を起こしていた。
最後に覚えているのは、城門へと攻め寄せた敵方に、後ろから挟撃をしかけたところ……あの突撃で、死んだか。
籠城していた奥方や若君姫君をお救い申し上げることができなかったか……。
なんと不甲斐ない。
最初の驚愕が去り、心に凪が訪れればその心の底より異国の知識が湧きあがってくる。
たとえば、私の前で鏡を持つ侍女の名はソフィであるとか、この身が十の頃より傍仕えにある腹心の部下であるとか。
そしてこの身は公爵令嬢であり、名はマルガレェテ。……公爵とは、つまり家老の家柄のような物であろうか。
マルガレェテの最後の記憶は……許嫁の若殿が自分ではない女と寄り添い、またひと月のちの夜会で婚約を解くと語らう姿。
長の年月、想い想われと思ったは己だけかとの深い嘆きに、それを影で見ていたマルガレェテの心は千々に乱れ、そして千切れてしまい……私が顕れたということであるらしい。
「お嬢様……」
「大丈夫。湯あみをしたいわ、準備して」
私の言おうとしたこととは別の言葉になったのに驚きはしても顔に出せようはずもない。
ソフィと他二名の侍女に付き添われての異国の湯あみをしながら、私は改めてマルガレェテの体を見分した。
細い……どこもかしこも細い。
このような体で、一国の奥方が務まろうか?
このような細い腕と小さなたなごころでは、有事に薙刀どころか懐刀の扱いも危うい。
だがそう考えたはしから、この娘の知識が、この国は五十年ほど戦禍に巻き込まれてはいないと教える。
それゆえのものかと、私は記憶の中の許嫁の細さにも得心した。
だがそれにしても、いくら心が乱れたとはいえ失神に至るなど……という私の驕りは、その後の身支度で打ち砕かれた。
「さぁお嬢様、あとひとつ!」
「まって!」
下着としての胴のようなものに締め上げられ(こるせっとというらしい)、私は目を回しかけた。
なんだこれは!
このようなものに、外にある間は常時締め上げられては、心が揺れればそのまま息も止まろう。
すまぬマルガレェテ、私はそなたを見くびっていた……。
その上から着つけられて這う這うの体の私は、まだ床上げもおぼつかぬと出会い頭に父母に判断され、マルガレェテの令嬢としてのもろもろの務めは止められることとなった。
代わりに、ひと月後の夜会……宴席までには身分に相応しい装いができるよう回復に専念せよと命じられた。
ひと月後の夜会といえば、マルガレェテへの裏切りを若殿が周囲へ表わすといったもの。
再び戻った床几の柔らかい布団にくるまりながら、「わざわざそのようなところに出ねばならぬのか」と不満を噛み殺しながら天井を見上げていたとき、ふと何か心がざわついた。
「まぁ、なんてことでしょう!」
おうじさまのとなりに ならぶむすめをみて マルガレーテひめはおどろきました。
いいえ、おうじさまがむすめをつれていたのに おどろいたわけではありません。
そのむすめのかげは あくまのかたちをしていたのです。
マルガレェテの記憶の中、若殿に寄り添っていた娘。
あの時ばかりではなく、その逢瀬のようなものは幾度も繰り返されていた。
記憶の中の娘の存在に、私は言い知れぬ不気味さを覚えた。
立ち振る舞いというものは、その者がどういう育ちをしてきたかが如実に表れる。
マルガレェテの記憶によれば、あの娘は男爵の庶子であったようだが、それでもしつけのなっていないことは甚だしく、遊び女と言われた方がまだ得心がいくような振る舞い。
そのようであったにも拘わらず、若殿からの寵のみで傍にあることを許されていた。そして周囲の人間もまたなにかの毒が回ったかのように、いつしかその娘がいることを当然のように思い、排そうとすれば理不尽に嫌がるようになったという。
その結果が、ひと月後のマルガレェテの婚約解除予定だ。
それは、何度も寝物語にせがんだ話とあまりにも似通っていた。
殷、マガダ、周、そうして本邦を惑わした九尾の狐の話。
殷ではかの酒池肉林、マガダでは夜な夜な子供が食われ、周では国同士の連合を壊した。本邦では旱に流行病があったという。どれほど民がそれに苦しんだか。
そういえばこの国は、脾肉を嘆くことも無いような平穏な国であったなと思い至る。
あの娘が妃になれば、五十年の平穏をたゆたうこの国はどうなってしまうことか!
思えば、かの大妖が殺生石に姿を変じたは、鎌倉殿の幕府のできるより前。
それだけの年月が立てば、分け身のひとつくらい生み出されていても不思議はない。
そうでなくとも、似通ったモノがあの娘に化けたか乗り移ったか。
あの娘は、己が正体を疑うものがこの国にいるとは思いもしていないだろう。
となれば、私がマルガレェテに転生したは、八幡大菩薩のお導きか。
妖がこの国に害をなす前に退治せよ、と。
……難敵であろうことは、間違いない。
しかしこの手に槍や薙刀、刀はなく、身につけられる鎧もなし。
さらにはこのか細い体……。
だが、夜会までにはまだひと月ある。
私は記憶を、己のものもマルガレェテのものもひっくり返して解決法を求めた。
かしこいマルガレーテひめは あくまをどうやってたいじしたらいいかを かんがえました。
むすめのすがたをしているあくまです。
ふつうにたいじしたならば マルガレーテひめのほうが わるいことをしたと さばかれるかもしれません。
マルガレーテひめは かみさまにおいのりしてたすけをもとめました。
またたくまに日はめぐり、夜会の当日となった。
私は探し求めた長衣に身を包んだ。
何の飾りも無い、白い浄衣に代わるもの。
胸元が大きく開くのが心細く感じられ、同じく白い布を千早や輪袈裟と見立てて肩に掛けた。
手首を飾ると偽って、水晶の数珠を右の手首に何重かにして巻き、香をたき締めた青い扇を手に家の馬車へと乗り込んだ。
足元がしっかりとした草鞋ではなく踵をあげる浅沓であるのが不安ではあったが……夜会の場についた私は、その光景に声をうしなった。
まぁ、なんというものであろう。
天井近くに台を吊り下げ、昼に挑まんとするかのような明るい広間に、綺羅、星の如くといわんばかりの装いの男女が集う。
マルガレェテの身も星の一つであると、入場の折に父母に続いて呼ばれた名に思い知る。
管弦の席が設けられ、常に静かに邪魔にならぬようにと曲が流されている。
その人数もそうそうたるもので、艶やかな楽器はこの国の豊かさを教えている。
色とりどりの酒を始めとした飲み物に、細工物のような種々の食べ物を見たときは、さすがに目を奪われかけたが、マルガレェテのとるべき態度や、この後を考えて踏みとどまる。
マルガレェテの体に染み込んだ、淑女としての在り方で姿勢を正しながらも、小さく足を動かして私は待った。
私が首級をあげるべき相手が、この宴席に現れるのを。
周囲のものが話かけたそうな顔でこちらをうかがっているが、それを見ぬふりで
おしろでのぶとうかいのひ マルガレーテひめはなにごともなかったように きれいなドレスをきて いつものようにおしろへむかいました。
いえいえ、マルガレーテひめは ちゃんとあくまをたおす じゅんびをしていたのです。
さて、曲が幾つ流れたろうか。
「ユルゲン王子殿下、御入場!」
伝令の声があがり、入場用の扉が大きく開かれる。
……やはりな。きらきらしい衣装に身を包んだ若殿が、同じほどに着飾った娘を連れて入ってきた。そう、娘は王族と同じほどに着飾っているのだ。
金の髪には姫のためであるはずの小さな冠すら載せているではないか。
マルガレェテの知識からすれば、常識はずれといわんばかりの、格をまったく考慮しておらぬ姿は若殿の寵を形にして見せつけるためであろうかとも思う。
「……」
そっと母が私の手を握る。
「お母様、大丈夫ですわ」
すでに父にも母にもマルガレェテが何を見たか聞いたかは伝えてある。
この後、若殿が何を言い出すかも。だから、その前に。
先手はこちらのものにする。準備はすでに整えた。
母の手をそっと外し、素早く指で狐を作る。
それをくるりと返し、拡げて
「……けしょうのものか ましょうのものか しょうたいをあらわせ」
『窓』の中に収めるのは、かの娘の姿。
私はただ、まじないとともに見ただけ。
正体を見るは私一人と思っての行動だったが、とたん娘は驚き慌てふためいた。
え、え、と戸惑う声とともに、体をあちこち抑えている。
……ああ、私も予想外だった。まるで体の内側に何かがあったかのように、黒い煙が噴き出している。
「なによこれぇっ!」
混乱の声をあげる娘は、自分の術が破れたとは考えていないのか。
もしやこの国の呪術のたぐいは、私の知るものとは系統が違うから、わからないのか。
そんな思考は置いておかねばならない。
娘はキツネにこそならなかったが、「嫌」と「嘘」の間に私の知識にもマルガレェテの記憶にもない言葉を喚いた。
……呪詛か!
おうじさまのとなりには あのむすめがいます。
やはりかげはあくまのまま。でもだれも そのことにきづいていません。
マルガレーテひめは かみさまにいのりました。
すると、かみさまは あくまのかぶっていたばけのかわを もやしてしまいました。
このために、このひと月というもの生臭、酒、五葷を避け水垢離を重ねた。
目立たぬようにしながらも、反閉を繰り返して邪気を払い続けた。
この会場においても、小さくはあっても九度、反閉をした。
マルガレェテの記憶をたどっても、公爵令嬢として常ならぬ様子に受け取られるものではあっただろうが、……本来の彼女の優し気な目元が私のせいで釣りあがっていることを見た彼女の父母はなにもいわず、家臣もそれに倣っていた。
おそらく若殿のことによる心痛からと思われていただろう。
すまぬマルガレェテ、貴女の評判に傷をつけた。
しかし貴女の心の仇は、しかととってみせよう!
「神よ、裁きを御手にゆだねます!」
左手に魔除けの香を焚きこめた扇を握り、水晶の数珠をかけた右手で私は「弓弦を引いた」。
そう、何も術に使えそうなものがないのならば、見立てればよい。
本来であれば右手は空振りし、左手も単に扇を握っただけになるはずだったが、その時私はたしかに、馴染んだ弓のしなり、弓弦の抵抗を感じた。
見立ては、成った!
娘へと狙いを定め、そこに無いはずの矢を放つ。
「ぎゃああああああああ!!」
距離はほとんどない。外すはずもない。
私の目の前で、「無いはずの矢」に射貫かれた娘がのたうちまわった。
「殿下、みなさま、ご覧くださいまし! 我が国へと紛れ込んだ、女の形の災厄にございます!」
そしてマルガレーテひめのてもとには ひかりでできたゆみとやが あらわれました。
かみさまが マルガレーテひめを またたすけてくださったのです。
ゆみをつかったこともないマルガレーテひめでしたが、そのひかりのやは、すいこまれるようにあくまにつきささりました。
噴き出した黒煙はたちこめることもなく散り散りとなり、ぐにゃりと倒れ伏した娘の顔を慌てて駆け寄った若殿が見て、絶句したのが見えた。
嗚呼、そうもなろうよ。
娘の顔はまるで別人のようになっていた。
髪の色さえ金から亜麻色へと変わっているのだから、今は閉じられている目も色を変えている可能性がある。
だが、今の方がよほど、彼女の親であるところの男爵とよく似ていた。
これがあの娘の本来の顔だちなのであろう。
ふとそのとき、若殿の動きが止まる。
「おそらくは魔のものが、この令嬢に乗り移り、御身を惑わしたのです」
夢から覚めた、といわんばかりの様子で若殿やその郎党……マルガレェテの記憶に寄れば側近たちが、己の手を見、周りを見回す。
「私は、今まで……」
「殿下、お気を確かに」
「マルガレーテ? いったい、なにが」
こちらを見る目に、熱病にうなされているかのような不安定さは無くなっていた。
それは、マルガレェテの記憶に寄ればかの娘がそば近く侍るようになってからずっと、晴れたことのない曇り。
それが払しょくされていることに安堵しながら、私は話を続けた。
「あの男爵令嬢を妃にすると、今宵殿下は公言なさるはずでした」
「……? 私の妃は君以外ない、のに……」
「はい。周りの皆様もご様子が変わり、不安なまま今宵この時を迎えたのですが……男爵令嬢の影が酷く恐ろしいものになっていて、思わず天に祈りましたら……」
嘘も方便。
この国で九尾の狐の話など、誰も知らぬ。
そしてあの灯りの下では、誰も娘の影など見ていないだろうが、あの娘が黒煙を吹き出し、また別人のように変わったのはこの場の誰もが見た。
それにこの国の尊き神が手を貸してくださったのは、間違いあるまい。
「わたくしが できるのは……ここまでにございます」
その神にあとはお任せしてしまおうと、私は目を閉じた。
かくして、むすめにのりうつっていたあくまは マルガレーテひめにたいじされたのでした。
おうじさまとけっこんしたマルガレーテひめは、おきさきさまとしてこのくにをへいわにおさめました。
「たまき、たまき、おねがいよ、めをあけて」
泣き声に目を覚ますと、先ほどまでとは一転、深い闇の中にあった。
傍らでは姫君が泣きぬれて、私を小さな手で揺さぶっていた。
……思い出した。
挟撃は成功、我らの一隊は入城を果たしたが、戦況としては焼け石に水。
もはや落城は免れぬと、奥方様は私に姫君を託された。
年端もいかぬ子どもとはいえ、男児ならば見逃されぬが、女児ならばと。
私は小さな姫君を懐に、鵯越に倣って単騎、城の裏手の崖を駆け降った。
予想通りそこの包囲は薄かったものの、すり抜けざまに頭に一撃入れられてしまったらしい。
安全と思われる場所まで来た私は、馬の上から転がり落ちた……。
落ちたときに姫君はちゃんと私の身で庇えていたらしい。
大鎧は傷ついていたが、姫君はどうやら怪我も無いようすだ。
「……姫君、あんじなさいますな。環は生きておりますぞ」
「たまき!」
鎧を着たままではあったが、抱き寄せた姫君の温かいこと。
「さぁ、参りましょう。環がお傍についておりますから」
愛馬は私が目を覚ますのを待っていた。
その忠臣の背に再び姫君を乗せて、轡をとる。
どうすればいいか、どこに逃げのびればよいかはわからない。
だが、夢の中とはいえ私は魔物を退けた。
かの侍大将、三浦介、上総介にも劣らぬ武勲をあげたのだ。
何も怖くはなかった。
戦国時代、この城の落城のおり、武勇に優れた侍女の一人が幼い姫君を抱いて、馬に乗って駆け降りたという伝説があります。
かの鵯越の坂落としにちなみ、この崖を小鵯と呼ぶようになりました。
姫君はそののち侍女に守られ逃げのびたといわれていますが、どこに行ったかは諸説あります。
(某城跡裏手の崖にある案内板より)
読んでいただきありがとうございます。
男爵令嬢=現代人、公爵令嬢=戦国時代の武者です。
男爵令嬢は魔法を使いこなしていたのですが…公爵令嬢内の女武者の呪術の方が強かった想定。
現代人からしたら、戦国バーサーカーのガチ目の殺気ぶつけられたらそりゃ失神しますよねという…。




