この呪い、あなたのせいなんですよ?婚約破棄されたので、殿下に返却します
ここは精霊と共に暮らす国、スピーリトゥス王国。
スピーリトゥス王国を建国するときに精霊王が力を貸してくれたことから、精霊信仰の深い国。
今宵は、友である精霊に感謝をするための宴、“精霊祭”が王家の庭園で催される。
精霊たちの好む花が咲き誇る中、ナッツのたっぷり入ったケーキと蜂蜜酒、それから踊りたくなるような軽やかな音楽を皆で楽しむのだ。
──キラッ、パッ、ポンッ
小さな光が瞬くと目の前からケーキが消え、蜂蜜酒の入ったグラスがふわりと浮かぶ。たくさんの精霊がここに遊びにきている証拠だ。
貴族たちが歓談し、その様子を愛でながら、国王陛下の入場を待っていたその時──
「セレスティーナ・コルルム子爵令嬢!」
突然、怒気を孕む声が庭園に響き渡り、貴族たちの視線が一斉に集まる。
声の主は、金髪碧眼の王太子アルフレッド。そして彼にエスコートされた公爵令嬢のユーディットが立っていた。
「今日をもって、お前との婚約を破棄する!」
アルフレッドは激しい嫌悪を露わにして、セレスティーナを指さした。
「セレスティーナ……! お前の首なしは見ているだけでおぞましい……! 首なしの斬首令嬢なんて他国で流行っている悪役令嬢が可愛いものに思えてくるほどに、酷い!」
「アルフレッド様のおっしゃるとおりですわ」
ユーディットは勝ち誇ったように微笑むと、扇を突き出した。
「さあ、首なしのセレスティーナ様。貴女は、もう殿下の側に立つ資格などありませんわ。下がりなさい」
周囲の紳士たちは眉をひそめ、淑女たちは扇の陰でひそひそと囁き合う。
本当に不気味だわ……
あれが噂の、首なしの斬首令嬢……
貴族たちは彼女を陰で「首なし令嬢」「斬首令嬢」と囁き、好奇と嫌悪の視線を浴びせていた。
その喧騒の中、セレスティーナは静かに佇んでいる。可憐な新緑のドレスに、首元で揺れる大粒の宝石のペンダント。それより上には、何もなかった。
──セレスティーナには、首がない。その断面は森の奥に迷い込んだような深い緑色の首なしだった。
首がなくては生きていけないはずなのに、彼女は生きていた。人は、得体の知れないものに恐怖を抱く。あまりに恐ろしいものは、目を逸らしたくなる。
だから人々は、彼女のことを遠巻きに見つめることしかできなかった。
「……まあ! なんということでしょう……!」
胸元のペンダントから、震えるようなセレスティーナの声が響いた。その泣き出しそうな声に、アルフレッドの唇がにやりと弧を描く。
「お前のような呪われた女が側にいれば、ユーディットにまで禍いが及ぶかもしれない。陛下にどんな脅しをかけたのか知らないが……俺はもう、我慢の限界だ!」
アルフレッドは幼い頃から、首のないセレスティーナに怯えて生きてきた。
だが、王立学園で出会った公爵令嬢のユーディットと恋をしたことに加え、周囲から『呪われた女と結婚する王太子』と陰で嘲笑されるのことに我慢の限界を迎えていたのだ。
何度も父である王に婚約破棄を訴えた。しかし国王は「セレスティーナを大切にしろ」と繰り返すばかりで、アルフレッドの話を取り合ってくれることはなかった。
学園を卒業すれば、真実の愛を捧げるユーディットではなく、首なしのセレスティーナとの結婚式が待っている。
首があったとしても、子爵令嬢のセレスティーナより公爵令嬢のユーディットのほうが王太子妃に相応しい──そう考えたアルフレッドは、長年溜め込んだ思いをぶつけるように、婚約破棄を宣言した。
セレスティーナはアルフレッドの方へと向き合う。
「突然の婚約破棄ですが──王家の総意として承りました。もう、殿下のお言葉をなかったことにはできませんので、そのおつもりで」
アルフレッドが鼻で嗤った。
「はっ、誰がそんなことを言うものか! お前こそ首なしの呪いをユーディットにかけるつもりじゃないだろうな?」
ユーディットが不安そうにアルフレッドの腕にしがみつく。そんな彼女に、彼は柔らかな声音で語りかける。
「大丈夫だ、ユーディット。どんな呪いからも俺が守ってみせるから」
「もう、アルフレッド様ったら……」
二人の甘い空気に、庭園は祝福ムードに包まれていく。見目麗しい美男美女であるアルフレッドとユーディットの真実の愛を応援する者は、王立学園の貴族を中心にとても多いのだ。
「あの……」
そんな甘い空気を気にすることなく、セレスティーナはそっと手を挙げた。
「ひとつだけ、訂正をさせてください。これは呪いではなく、報いです。そして、報いを受けるのはユーディット様ではありません。アルフレッド様です」
その言葉に、庭園中が一瞬で凍りつき、アルフレッドがこれでもかと不快感を露わにセレスティーナを射抜くように見る。
「は……? 何を言っているんだ、お前は!」
「何と言われましても——首があるかどうかは大切なことでしょう? ユーディット様は、先ほどから首がない者に強い嫌悪感をお持ちのようですから……」
ペンダントから窺うような声が流れる。それは本心から心配する声だった。セレスティーナは心のままに言葉を続ける。
「ユーディット様もアルフレッド様の首がなくても、平気だといいのですが……」
「なんだと! お、お前……俺を呪うつもりなのか──!?」
「それは違います!」
今までとは明らかに違う、きっぱりとした声がペンダントから響く。その勢いに、アルフレッドは思わず口をつぐみ、セレスティーナを睨みつける。
「俺のことが好きだからと、俺を呪うなんて! 好いた者の幸せを願うのが、真実の愛ではないのか?」
「いいえ──私が殿下を好きだったことなど、一度たりともありません! 私と殿下の婚約は王家が強く望まれたものですから」
「嘘をつくな!」
セレスティーナは小さく、ため息をこぼした。
「……困りましたわ。どうやら、言葉では信じていただけないようですね」
セレスティーナは静かに、つぶやく。
「…………でも、直ぐにわかります」
そうセレスティーナが告げた途端、彼女の肩からふわりと光の粒子が舞い上がった。
「────!!」
光の粒はゆっくり集まり始め、顔の輪郭を形作っていく。
美しい銀髪、透き通るような白い肌、水色の瞳、桜色の唇──煌めく光が収まった時、そこには可憐でありながら気品ある美しい顔が現れた。
そして、次の瞬間——
「きゃああああっ! アルフレッド様の首が……なくなったわ……!」
ユーディットの甲高い悲鳴が庭園をつんざく。
首のあったはずの場所に何もないアルフレッドは、両手を必死に顔のあたりで泳がせていた。指先が何度も空を切っている。
あったはずの首がなくなるなんて、あり得ない——そのあり得ない出来事が目の前で起こっている。
貴族たちの間から、次々と短い悲鳴が上がった。
扇を落とす乾いた音。誰かが後ずさる足音。恐怖と困惑の視線が、首のないアルフレッドに集まっていく。
「あ、あなたの呪いのせいでしょう——! 今すぐアルフレッド様の首を返しなさい!」
まあ、と目を瞬かせて驚いたセレスティーナは、首を傾げてゆっくり微笑んだ。
「私のせいではないのですが……でも、そうですね。殿下にも聞いてもらったほうがいいでしょう」
セレスティーナは首元からペンダントを外し、首のないアルフレッドの胸元にかけた。
「殿下、視覚と聴力、それから言葉を助ける魔道具のペンダントですわ」
「……おい! なんだここは! セレスティーナ!! 今すぐ呪いを解け──!」
焦りと怒りの混ざった怒号がペンダントを通じて庭園に反響する。
「殿下、あなたの報いを返却します」
「はああ!? なにが報いだ! しかも返却だと!? ふざけるのもいい加減にしろ——!」
「……私のギフトは“肩代わり”です」
セレスティーナの告げた言葉は、皆が息を潜めて成り行きを見守る庭園によく通った。
「肩代わりだと……?」
「私のギフトは、他者が受けた病気や不運を、代わりに背負うことができる——精霊から授かった力です」
スピーリトゥス王国では、精霊の気まぐれにより特別な力が授かることがある。それを『ギフト』と呼ぶ。治癒や鑑定など有名なものから、千里眼のような珍しいものまで様々だ。この国の民は、生まれると教会でギフトを調べてもらうのが習わしとなっている。
そのままセレスティーナは続けた。
「殿下は、幼い頃に禁位の森で精霊王の領域を侵した報いで首を失われました。首のなくなった殿下を国王陛下が不憫に思い、私を婚約者に選ばれたのです。私が持つギフトで、殿下の報いを代わりに背負うために」
「なっ……!? そんなことは覚えていない……!」
セレスティーナはゆっくり頷いた。
「お忘れになっていたのでしょう。殿下は首がなくなったショックで倒れ、その時の記憶を失ったと聞いております」
庭園が再びざわつく。
禁位の森は、精霊王が住まう神聖な聖域であり、入ることを禁じられている。スピーリトゥス王国の民ならば、三歳の子どもでも知っている。
「ま、待て。俺がそんなことをするはずがない! 信じられるはずがないだろう……!?」
「信じても信じなくても、それが事実です」
「そんな……」
言葉を失ったアルフレッドが名案だと言わんばかりにセレスティーナを指差した。
「わかった! それなら、お前がもう一度俺の呪いを肩代わりすれば、すべて解決だな! 正妃は無理だが、側妃にしてやろう」
自身の都合しか考えないアルフレッドに呆れながら、セレスティーナは首を横に振った。
「いいえ、お断りします──この婚約は王命により強引に結ばされたものです。王家側から婚約が破棄された場合、私は二度とアルフレッド殿下と婚約しなくてよい──という精霊契約を結んでおります」
「精霊契約だと……!?」
「はい……両親が結んでくれたものです」
精霊契約は、気まぐれな精霊に確実に約束を守ってもらうために交わす非常に強力な契約だ。人同士で結ぶことは稀である。だが、セレスティーナの両親は、最愛の娘がこの理不尽な契約から逃れられる僅かな可能性に賭け、王家に懇願して結んでいた契約だった。
(まさか、殿下から婚約を破棄されるなんて、思いもしませんでしたけれど……)
「ま、ままま、待ってくれ! 先ほどの婚約破棄は冗談だ! お前のギフトなんて知らなかったし、取り消しだ──!」
ため息を吐きながら、長いまつ毛を伏せるセレスティーナ。
「先ほど、取り消しは受け付けないと申し上げました。それに、覚えていない、知らなかったなどと簡単に約束を反故にされては、王族として臣下に示しがつかないと思いますけど……?」
彼女はこてりと首を傾げた。
首が戻った今、セレスティーナは気品のある美少女だった。その可憐な仕草に目を奪われたアルフレッドは、思わず言葉を詰まらせる。
「……っ」
「申し訳ありませんが、新しい婚約者は決まっておりますので、何にせよ殿下と婚約するのは難しいのです……」
「ど、どういう意味だ?」
アルフレッドの言葉に反応したように、庭園全体が柔らかな緑の光に包まれた。
きらきらと木の葉が舞い、柔らかな風が吹き抜ける。光の中から現れたのは──長身の美丈夫。透き通る緑の瞳、煌めく太陽のような金髪。圧倒的な存在感で、彼が只者ではないことを庭園にいる全員が瞬時に分かった。いや、理解せざるを得なかった。
「シルヴァリオス様」
セレスティーナが頬を染め、優雅に礼を見せる。
その名前に、アルフレッドの肩が大きく跳ねた。スピーリトゥス王国の民ならば誰もが知る、精霊王の名だったからだ。
「なっ、え……ま、まさか……精霊王……!?」
驚きに声を震わせるアルフレッドとは対照的に、シルヴァリオスは低く魅惑的な声で、愛おしげに名を呼んだ。
「セレスティーナ、迎えに来た」
差し出された手に、セレスティーナはゆっくりと自分の指を重ねた。シルヴァリオスは、愛おしいものを見るように目を柔らかく細める。
それから精霊王の視線が、冷ややかにアルフレッドへと移った。
「お前が、我が森に足を踏み入れた愚か者か……」
「ふ、ふざけるな! 精霊王だかなんだか知らないが、俺はこの国の王太子だぞ! 早く俺の首をもど──!」
アルフレッドが叫び終わる前に、国王夫妻が息を切らして庭園に駆けつけた。
「精霊王シルヴァリオス様! も、申し訳ございません……!」
「なっ!? 父上、母上!?」
「アルフレッド、黙っていろ!」
国王は息子を鋭く制し、深々と頭を下げた。
「どうか……どうか、息子の首をお戻しいただけないでしょうか……?」
シルヴァリオスはつまらなそうに口をひらく。
「新たな精霊契約を結ぶ前に、セレスティーナの婚約が一方的に破棄されたのだ。そもそも、その首なしは、我が森に足を踏み入れた愚か者への当然の対価であろう。今さらこの痴れ者の首を戻すなど、非常に面倒なことだ──」
シルヴァリオスの冷たい言葉に、国王夫妻の顔がさらに青ざめた。
セレスティーナの首は精霊王の住む森で大切に扱われていた。首だけの状態ながら二人は交流を重ね、シルヴァリオスより求婚を受ける程に、互いに想いを通わせていた。しかし精霊契約のせいでセレスティーナはアルフレッドと婚約を解消できず、今日まで二人は結ばれることができなかったのだ。
精霊祭に国王夫妻が遅れてきたのも、セレスティーナとアルフレッドの婚約を白紙にする代わりに、首を元に戻す新たな精霊契約を、シルヴァリオスと交わしていた最中だったから。
もし今日、アルフレッドが婚約破棄をしなければ、アルフレッドの首なしの報いはなくなり、愛するユーディットと結ばれ……すべてが丸く収まっていたはずだった。
「…………そんな」
すべてを知ったアルフレッドは青ざめ、膝をつくと己の愚かさを悟って震えていた。国王夫妻もシルヴァリオスにひたすら頭を垂れ続ける。
そんな重苦しい空気に、セレスティーナが困ったように口をひらいた。
「……シルヴァリオス様」
「どうしたのだ、セレスティーナ?」
「殿下の首と一緒にこれから過ごすというのは、ちょっと……いえ、かなり嫌です……」
シルヴァリオスは小さく頷いた。
「確かに、それもそうだな」
その言葉に、国王夫妻が希望を見出して顔を上げる。
「──返してやろう」
パチンと指を鳴らした途端──
「うわあああ────!?」
アルフレッドの首が突然宙に現れ、彼は必死に両手で自分の首を受け止めた。
「ふむ。これで問題ないな」
「ふふっ、そうですね」
「我々の森へ戻ろうか、セレスティーナ」
「ええ……!」
その瞬間、二人の体を包む柔らかな光がゆっくりと広がっていく。
「ま、待ってくれ! セレスティーナ──!」
「殿下、そのペンダントは返却不要です。私には、もう必要ありませんので」
「頼む……!! 俺の首を元に戻してくれ──!」
「ふふっ……殿下も、もう二度と会うことはないでしょうけどお元気で——さようなら」
アルフレッドの絶望的な叫びは、光にかき消された。光が完全に消えたとき、庭園にシルヴァリオスとセレスティーナの姿はもうなかった。
先ほどまで溢れていた精霊たちの気配も、まるで初めからいなかったかのように消え去っている。
残されたのは、自分の首を両手で必死に抱え込んだアルフレッドと、青ざめた国王夫妻、そして言葉を失った貴族たちだけだった。
その後──
スピーリトゥス王国では、アルフレッドは首こそ取り戻したものの、王太子の位を剥奪され、辺境の離宮へと追いやられたという。
時折、精霊のいたずらで彼の首が空中に浮かび上がり、「やめてくれ!」とアルフレッドの叫ぶ声が国中に響き渡るそうだ。
ユーディットも「あのような呪われた方など……」と吐き捨て、あっさりと他国の貴族に嫁いでしまった。
しかし、この騒動が他国にまで伝わると、ユーディットは社交界で爪弾きに遭うようになった。夫も態度を急変させ、愛人を作って、ユーディットを冷遇するように。華やかな社交界から遠ざけられ、孤独と屈辱の日々を送ることとなったという。
一方、その頃——
花びらが舞う美しい森の奥。精霊王の住処である精霊の森では、色鮮やかな花々がいつも咲き誇っている。
セレスティーナは美しい花を見つめながら、そっと自分の頰に手を当てた。
(こうやって、自分の顔に触れられるようになるなんて……)
シルヴァリオスが優しく後ろから彼女を抱きしめ、耳元で甘やかに囁く。
「やっと、セレスティーナを抱きしめられる」
「私も……ようやくシルヴァリオス様に触れられます……」
振り向いたセレスティーナが、彼の金髪に付いた花びらをそっと摘むと、シルヴァリオスはその手を掴み、手の甲に優しく唇を寄せた。
甘く見つめ合う二人を、喜んだ精霊たちが祝福するように、色とりどりの花びらを優しく舞い散らせた──
おしまい
読んでいただきありがとうございました!
今日でなろう8周年になります( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
沢山の方に応援していただけて、いつも感謝です。
2026.6.21
感謝を込めて
楠結衣
⋈・。・。⋈・。・。⋈ ・。・。⋈・。・。
ちょっぴり補足
食べ物は、精霊たちが運んでくれたものを食べていました。
もちろんヒーローも手ずから食べさせてますよ(笑)
ここの森の恵みをずっと食べていたので、身体が精霊に近くなっています|ૂ•ᴗ•⸝⸝)”チラッ
という設定がありました。書き切れなかったので。
2026.6.22
志茂塚 ゆり様にセレスティーナのFAいただきました。
すごい可愛いですよね……!
ありがとうございます♪












