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三国志・王脩伝ー義に厚き漢ー  作者: 涼風隼人


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第5回 王脩、盧邦の下で学ぶ

 王脩と黄文の朝は早い。

 

 既に、盧邦の教場に家人として住み込みで働きながら、勉学をするという生活を続けて一ケ月が経過した。

 

 まず、二人は日の出の前に起き出して、掃除から始める。

 

 掃除など、今までまともにやってきたことが無い二人は、最初は手際も悪く、他の家人からその点を指摘されていたが、指摘されたことを素直に聞き入れ、今となっては掃除はこの二人の担当となっていた。

 

 王脩は、掃除をすることが好きであった。汚い箇所を拭いてきれいにするという行為が、まるで自分の心の垢を拭いているような気持ちとなり、心が洗われる様な感覚になることができるからである。

 

 掃除が終わると、朝餉までの時間が空く。

 

 朝餉の準備に関しては、掃除を全てやる代わりに免除をされているからである。

 

 王脩と黄文の二人には、離れの小さな小屋があてがわれていた。朝餉までの時間、二人は思い思いに自らの学問に集中することができた。

 

 朝餉の時間になると、盧邦が現れる。

 

 盧邦とその家族、盧邦に認められて住み込みで学んでいる高弟数名が朝餉を取る。

 

 その後に、家人が朝餉を取り、片付けとなる。

 

 そうこうしているうちに、弟子たちが教場に集まり出す。

 

 王脩も黄文も父親が私塾を営んでいたが、両方とも弟子たちは人に向かうというより、書物に向かう時間が多く取られており、議論などが行われることはほとんどなかった。

 

 しかし、盧邦の教場では、弟子たちの話し声が良く聞こえてくる。お互い質問をして不明な点を明らかにしたり、時には議論が激論へと変わるようなこともしばしばであった。

 

 黄文が言う。

 「淑治よ。私は、この教場の活気、熱気が気に入った。もし、自分が師の立場になれば、この様な教場にしたいと、今から思っている。」

 

 「そうですね。まず、学問の基本的な部分を、書物を徹底的に読み込み、その上で繰り広げられる議論と言うのは、一人で学ぶより、かなり効果がある様な気が致します。」

 

 時間になると、盧邦が姿を現した。

 

 先ほどまでの話し声が聞こえず、一瞬で静寂な空気が流れ、弟子たちの顔も引き締まり、皆が盧邦を見つめる。

 

 盧邦が言う。

 「今日は、ある事例について、皆と議論したい。正解の無い話であるから、肩の力を抜いてまずは、聞いて欲しい。」

 

 盧邦は続ける。

 「君たちは、友人に会うために旅に出た。その他の途中、とある士族の家に宿を借りることをお願いしたところ、その一家全員が原因不明の病にかかって寝たきりになっていた。どうやら、医者もお手上げの状態のようだ。さて、君たちはどういった行動をするかね?」

 

 弟子の一人が手を挙げた。

 「医者もお手上げの状態とのことですが、この病は流行り病のように、人から人に移るものなのでしょうか?」

 

 「それも、わからん。だから、医者もお手上げなのだ。」

 

 違う弟子が手を挙げて言う。

 「まずは、自ら看病をすることを申し出ます。そして、二日、三日たってから、何か方法があるか考えると思います。」

 

 「なるほど、まずは自ら動くと。それはいいことだが、もし、流行り病であれば、君も同じ病にかかる恐れがあるが、どうかな?」

 

 「そうですね・・・。二日、三日と期限を設けたのは、正直、自分の安全を確保するための算段でございます。」

 

 「うむ。短期間であれば、流行り病にかかる可能性が低い、と考えてのことか・・。現実的な対応だな。」

 

 弟子はほっとしたような顔をしている。

 

 その後も、色々な意見が出たが、結局、流行り病の可能性もあることから、まずは自らの安全を確保したうえで、出来得ることをやり、他の人の手や知恵を借りて対応をする、ということに落ち着いた。

 

 盧邦が言う。

 「さて、この事例であるが、実際にあった話だ。」

 

 弟子たちが、ざわつく。それを制して、盧邦が続ける。

 「その若者は、流行り病であるかもというおそれも考えずに、誠心誠意の看病を家族全員が快方に向かうまで行った。そして、お礼として提示された金子も受け取らずに、旅を続けたという。ここ最近、士分の者たちの中では、その若者が義に厚い、と話題に上っているようだ。やはり、名を成すには、人が出来ないことをやらねばならない時がある。」

 

 盧邦は更に続ける。

 「しかし、流行り病であった場合、自分の健康を損ない、最悪、命を失う可能性もあることから、この対応が完全に正しいとは言えず、君たちが議論で導き出した答えが正しい、とすることもできる。ようは、物事を色々な角度から考え、検討し、その時導き出したことを行動として起こせることが必要、ということになる。今日の講義は、ここまでだ。」

 

 講義が終わると、すぐに解散とはならず、盧邦に質問をする弟子の列が出来たり、今日の議題を仲間内で今一度議論するなど、教場の熱気は衰えることは無かった。黄文が言う。

 「淑治、今日の議題は・・・。」

 

 「ええ。私の事ですね。まさか議題になるなど聞いていなかったので、いささか驚きました。」

 

 「しかし、改めて考えると、淑治はやはりすごいな。私は、同じ状況であったら、今日の多くの者が言っていた、ある程度期限を設けての看病、となったであろう。そして気になったのが・・・。」

 

 「気になったのが?」

 

 「士分の間で、本当に淑治の事が、話題になっているのであろうか?」

 

 「さあ、それはどうでしょう。おそらく、あれは先生の脚色ではないでしょうか。」

 

 「しかし、本当であれば、淑治に仕官の誘いなど、あるかもしれないな。」

 

 「今回の事は、自分の名を上げるためにしたことではございませんので・・・。まずは、盧邦先生の下でしっかり学問の研鑽につとめたいと思います。」


 こうして、王脩は黄文と共に、しばらく盧邦の下で学ぶことになる。そして、張奉に施した「恩」が形になって帰って来るのである。

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