# 第十七話 消えない怒り
怒りってのは、消えない。
薄くなる事はある。
誤魔化せる日もある。
だが完全には消えない。
◇
俺は今でも時々、人を殺す想像をする。
別に格好付けたい訳じゃない。
むしろ逆だ。
こんな事を考える自分に、普通に嫌気が差している。
◇
昔はもっと酷かった。
特に不眠が続いていた頃。
頭の中が常に熱かった。
ある夜。
暴走族みたいな連中が走っていた。
うるさい。
ただそれだけで、頭が切れた。
最初は話をするつもりだった。
煽り運転気味に後ろへ付く。
止まれ。
文句言わせろ。
その程度だった。
だが、向こうは俺の車を見るなり逃げた。
その瞬間、余計に頭へ来た。
イキって走ってるくせに、逃げるのか。
何なんだお前らは、と。
◇
気付けばアクセルを踏み込んでいた。
轢こうと思った。
本当に。
逃げた事。
ビビった事。
そこに異常なくらい苛ついていた。
多分、本当は殴り合いがしたかったんだと思う。
昔の俺は、
「逃げる奴」
が異常に嫌いだった。
だが、その時乗っていたのはボロい軽自動車だった。
全然追いつかない。
向こうはどんどん離れる。
結果的に、それで助かった。
もし追いついていたら、本当に終わっていたと思う。
◇
昔の俺は、とにかく一直線だった。
怒り。
衝動。
それが来ると止まらない。
だから危なかった。
◇
警察とも揉めた事がある。
夜。
前をパトカーが走っていた。
だが異常に遅い。
信号が変わっても進まない。
妙にモタつく。
その頃の俺は、不眠と頭痛でかなり荒れていた。
気付けばクラクションを鳴らしていた。
しかも長めに。
向こうも止まる。
警官が降りてくる。
当然怒っていた。
俺も怒鳴る。
「後ろ詰まってんだろうが!」
向こうも言い返す。
一歩間違えば公務執行妨害みたいな空気だった。
◇
だが途中から、何か妙な空気になった。
向こうも疲れていたんだと思う。
俺もかなり限界だった。
怒鳴りながら、
「ああ、この人も大変なんだろうな」
と少し思った。
多分、向こうも同じだった。
結局。
お互い少し冷静になって。
「悪かった」
「いや、こっちも」
そんな感じで終わった。
今思えば奇跡みたいな終わり方だった。
◇
だが、あれも危なかった。
昔の俺なら、多分止まっていない。
そのまま行っていたと思う。
警察だろうが関係なく。
それくらい精神が壊れていた。
◇
最近は多少止まれる。
睡眠薬も飲んでいる。
眠れる日は違う。
衝動も少し弱い。
だが根本は変わっていない。
怒りの回路そのものは残っている。
◇
多分、原因はずっと同じだ。
中学。
家庭。
暴力。
無力感。
あの頃、
「やり返せなかった」
物が、今でも脳に残っている。
だから少しでも舐められた感じがすると、一気に昔へ戻る。
頭の中だけ、中学生になる。
◇
夜。
雑貨屋の奥。
包丁を研ぐ。
シャアア……。
静かな音。
昔から、この時間だけは少し落ち着く。
怒りも。
フラッシュバックも。
少し遠くなる。
◇
結局。
俺は今でも、
「壊れた人間」
なんだと思う。
普通には戻れない。
怒りも消えない。
過去も消えない。
それでも最近は、
「壊れたまま生きる」
しかないんだろうな、と少しだけ思う。
◇
店の外へ出る。
夜風。
静かな道路。
昔なら、この静けさすらイライラしていた。
今は違う。
疲れているだけだった。
多分。
怒り続けるのにも、体力が要るんだと思う。




