二話:犠牲の許容
講堂の廃墟は炎に包まれ、煙が視界を覆う中、テロリスト部隊の増援が次々と現れていた。黒い戦闘服に身を包み、自動小銃や爆発物を手に持つ彼らは、平和条約てあるグローバルコーテックス設立を完全に潰すべく、生き残りを根絶やしにしようとしていた。
瓦礫の下でオルレアが微かに息を吐くその横で、ベルリオーズは静かに立ち上がった。
彼の紫の瞳は氷のように冷たく、銀髪が煤と血で汚れながらも風に揺れている。愛銃「破壊の宣告/デストロイヤー」を手に握り、ベルリオーズは一言だけ呟く。
「お前たちの運命は、死だ。オルレアに手を出した時点で、お前達は消滅する運命が確定した」
その声は低く、抑えきれぬ怒りが滲んでいた。テロリスト部隊のリーダーが叫ぶ。
「秩序の守護者だと? 一人で何ができる! 全員で潰せ! 数の力を見せてやれ!」
命令一下、十数人の兵士が一斉に銃を構え、弾丸の雨がベルリオーズに向かって放たれた。だが、次の瞬間、彼の姿が消える。
ベルリオーズの機動力は常軌を逸していた。爆発で崩れた柱を跳び越え、瓦礫を足場に瞬時に移動。
弾丸が空を切り、彼女の残像だけが煙の中に残る。
テロリストの一人が「どこだ!?」と叫んだ瞬間、ベルリオーズが背後に現れ、「破壊の宣告」を至近距離で発射。兵士の胸が吹き飛び、血飛沫と共に倒れ込む。
「一人目」
ベルリオーズの声は感情を押し殺したようだった。彼は止まらない。次の標的へ向かい、跳躍しながら銃を構え、空中で二発の精密射撃。頭と心臓を撃ち抜かれた二人のテロリストが、言葉を発する間もなく地面に崩れ落ちる。
着地と同時にベルリオーズは銃を腰に戻し、素手で迫る敵に立ち向かう。一人のテロリストがナイフを振り下ろすが、ベルリオーズはそれを片手で掴み、逆に腕を捻り上げて骨を砕く。
悲鳴を上げる間もなく、彼女の膝が敵の腹に叩き込まれ、内臓を破壊。兵士は血を吐いて倒れ、そのまま動かなくなった。
「流石に数がある。面倒だな」
ベルリオーズの言葉は静かだが、その行動は容赦を知らない。テロリスト部隊が慌てて散開し、手榴弾を投げてくる。爆発が周囲を揺らし、炎がさらに広がるが、ベルリオーズは煙の中を疾走。
爆風を切り裂くように跳び上がり、投擲者の位置を瞬時に見極める。彼女は銃を抜き、空中で回転しながら連続射撃。手榴弾を投げた兵士の頭が爆ぜ、残りの弾丸が近くの二人を貫いた。着地と同時に、ベルリオーズは銃を構え直し、周囲を見渡す。
「次」
彼女の声が響くと同時に、テロリスト部隊の残党が最後の抵抗を試みる。重機関銃を構えた兵士が乱射を始め、コンクリートの破片が飛び散る。だが、ベルリオーズは一瞬の隙を見逃さない。瓦礫の影に身を隠し、敵の射線を計算。
機関銃の弾幕が止んだ瞬間、彼女は影から飛び出し、驚異的な速さで距離を詰める。
「終わり」
ベルリオーズがそう呟いた瞬間、「破壊の宣告」が火を噴く。一発の弾が機関銃手の眉間を貫き、後頭部から血と脳漿が飛び散る。
残りの兵士たちが恐怖に怯えながら逃げようとするが、ベルリオーズはそれを許さない。
彼は瓦礫を蹴って跳び上がり、空中で銃を両手で構え、次々と引き金を引く。弾丸が正確に敵の急所を捉え、一人、また一人とテロリストが消し炭のように崩れ落ちていく。
戦闘が終わり、ベルリオーズの周囲にはテロリスト部隊の死体だけが残った。炎が彼の姿を照らし、煤と血にまみれた銀髪が風に揺れる。
彼の呼吸は荒いが、瞳はまだ冷たく燃えていた。銃を下ろし、ベルリオーズはオルレアのもとに戻る。
瓦礫の下で横たわる彼女を見つめ、膝をついてそっと手を握る。
「オルレア…もう大丈夫だ。敵は全部片付けた」
ベルリオーズの声は震え、怒りが収まってもなおオルレアを失う恐怖が消えなかった。
彼はオルレアの額に触れ、呟く。
「絶対助けるから、待ってほしい」
炎と煙の中、ベルリオーズの圧倒的な力はテロリスト部隊を殲滅したが、彼女の心はオルレアを救うことだけに注がれていた。
隔離都市の中心街は、もはやかつての姿を留めていなかった。平和条約グローバルコーテックスの調印式を襲った炎の攻撃は止まらず、ビルが崩れ落ち、道路が裂け、炎が空を赤く染めていた。
テロリスト部隊を殲滅したベルリオーズの周囲でも、爆発の余波が次々と襲い、瓦礫が雨のように降り注ぐ。
講堂の廃墟は完全に崩壊し、街全体が地獄と化していた。
ベルリオーズはオルレアを背負っていた。彼の白い制服は血と煤で汚れ、折れた腕が力なく揺れている。
オルレアの呼吸は浅く、意識はまだ戻らない。ベルリオーズの銀髪も煤で黒ずみ、制服は破れ、腕や脚には火傷の痕が赤く浮かんでいた。だが、彼女の瞳は鋭く、オルレアを守るための一心で燃えていた。
街中を走るベルリオーズの足元は、燃え滾るアスファルトだった。炎の熱で溶けた地面が靴底を焦がし、皮膚にまで達する熱が彼女の脚を焼き続けていた。
痛みで歯を食いしばりながらも、ベルリオーズは一瞬たりとも立ち止まらない。
「オルレア……耐えてくれ」
背中の彼女をしっかりと支える。周囲では、他の生徒たちの悲鳴が響いていた。ハーモニクス天使学園の制服を着た少女が瓦礫の下で助けを求め、ダイナミクス地獄学園の生徒が炎に囲まれながら逃げ惑う。ある者は「助けて!」と手を伸ばし、ある者は泣き叫びながら崩れ落ちる。
だが、ベルリオーズの視線はそれらを一切捉えない。耳に届く悲鳴も、彼の心を揺さぶることはなかった。
今、ベルリオーズにとってオルレア以外の命は見殺しにするしかない選択肢だった。
「フゥー。最悪な状況だが、まだだ。まだ、俺は生きている」
ベルリオーズの声は掠れ、怒りと痛みが混じっていた。彼は燃える地面を踏みしめ、火傷で赤黒くなった足を無理やり動かす。背中のオルレアがわずかに呻き声を上げると、ベルリオーズは振り返らずに言う。
「もう少しだ、オルレア。絶対死なせないから」
街の中央を貫く大通りは、崩壊したビルの残骸で埋め尽くされていた。
ベルリオーズは瓦礫を跳び越え、倒れた電柱を避けながら走る。背後で新たな爆発が起き、衝撃波が彼女を襲う。
バランスを崩しかけたが、ベルリオーズは膝をつく寸前で踏みとどまり、オルレアを落とさないよう腕に力を入れる。
彼の足からは血が滲み、焼けた皮膚が剥がれ落ちていたが、止まる選択肢はなかった。
ベルリオーズの足が燃え滾る地面を踏みしめるたび、鋭い痛みが全身を貫いた。背中に背負ったオルレアの微かな体重が、彼の肩に重くのしかかる。
都市は崩壊し、炎と煙が視界を覆い、遠くで響く住民たちの悲鳴が耳に届く。だが、ベルリオーズの心はそれらを拒絶するように閉ざされていた。
彼の頭の中では、葛藤の嵐が渦巻いていた。
(……めんどくさい。こんな状況、全部めんどくさい)
ベルリオーズの思考は、いつもの口癖から始まった。だが、その言葉は虚勢に過ぎなかった。
足の火傷が皮膚を焼き、血が靴に染み込むたび、彼女の意識は痛みで白く染まりそうになる。それでも走るのは、背中のオルレアを失うわけにはいかないからだ。
(オルレアが死んだら……俺はどうなる? 何のために面倒臭い平和条約の締結を目指した)
彼女の視界の端で、ハーモニクス天使学園の生徒が瓦礫の下で手を伸ばす姿が映る。
「助けて……!」
という声が風に乗り、ベルリオーズの耳を刺す。ベルリオーズの心が一瞬揺らぐ。
(助けられるかもしれない。あの子も誰か
の大事な存在だ。俺が歩みを止めたら……)
だが、次の瞬間、彼女は目を逸らし、歯を食いしばる。
(いや、ダメだ。オルレアが先だ。俺にはオルレアしか……)
ダイナミクス地獄学園の生徒の叫びも聞こえてくる。
「ベルリオーズさん! ここにいるよ!」
その声は懇願に満ち、ベルリオーズの胸を締め付ける。
(俺は秩序の守護者だ。秩序を守るのが俺の仕事だ)
その信念は、ベルリオーズの存在そのものだった。ダイナミクス地獄学園の混沌を抑え、生徒たちを導き、時には厳しく、時には優しく支える。
それがベルリオーズに課された役割であり、ベルリオーズが自ら背負った責任だった。
(あの子たちが騒ぎを起こすたび、面倒だって文句を言いながらも……私はあの子たちを守ってきた。あの子たちを信じてきた)
だが、今、私の耳に届くのは助けを求める声だ。ハーモニクス天使学園の生徒が「誰か!」と叫び、ダイナミクス地獄学園の生徒が「ベルリオーズ様!」と懇願する。
視界に映るのは、瓦礫の下で手を伸ばす姿、炎に囲まれて泣き崩れる姿。
(あの子たちも俺を頼ってる。俺が助けなきゃ……誰があの子たちを救う?)
責任感がベルリオーズの心を刺す。秩序の守護者として、全ての生徒を守るのが自分の務めではないのか? なのに、ベルリオーズの足は止まらない。背中のオルレアの命が尽きる前に、彼女を安全な場所へ運ぶ。
それが今、ベルリオーズにとっての最優先だった。
(オルレア……お前がこんな目に遭うなんて、俺のせいだ。警備をもっと厳しくしてれば……俺がもっと早く動いてれば……)
オルレアへの責任感が、ベルリオーズの心を別の方向から締め付ける。秩序の守護者としての義務を超え、オルレア個人に対する深い責任がベルリオーズを突き動かしていた。
(俺はあの子たちを見捨ててる。助けられるかもしれない命を……切り捨ててる。すまない)
頭に、ダイナミクス地獄学園の生徒たちの顔が浮かぶ。普段は騒がしくて手に負えない連中だが、ベルリオーズを慕い、ベルリオーズを信じてくれる存在たちだ。
ハーモニクス天使学園の生徒たちだって、オルレアと同じように誰かにとって大切な存在だ。
(俺が今ここで立ち止まったら……一人でも助けられるかもしれない。でも、オルレアが……)
葛藤がベルリオーズの心を二つに引き裂く。彼は秩序の守護者として、ダイナミクス地獄学園の秩序を守り、生徒たちを導いてきた。
(俺は彼女達のリーダーだ。あいつらを見捨てるなんて……秩序の守護者として最低だろ)
心の中で自嘲が響く。だが、背中のオルレアの微かな息遣いが、彼女の決断を上書きする。
(ごめんなさい。お前達じゃないんだ。今は、オルレアなんだ)
ベルリオーズの足がさらに熱い地面を踏み、焼けた皮膚が剥がれ落ちる感覚が脳を焼く。
彼の呼吸が乱れ、肺が熱い空気で焼けるようだった。
(痛い……痛すぎる。もう止まりたい。誰か代わりにやってくれ)
弱音が頭をよぎるが、すぐに打ち消される。
(いや、俺がやらなきゃダメだ。オルレアを救うのは私しかいない。誰にも渡さない)
彼の瞳に涙が滲む。痛みか、葛藤か、それともオルレアを失う恐怖か。ベルリオーズ自身にも分からない。
(オルレアがこんな目に遭うなんて……グローバルコーテックスの設立なんて、平和条約なんて、全部嘘だったのか? 俺がもっと強ければ……守れたのか?)
自責の念が彼女を苛むが、それでも足は止まらない。オルレアの命が尽きる前に、彼女を安全な場所へ運ぶ。
それだけがベルリオーズの全てだった。生徒たちの悲鳴が遠ざかり、ベルリオーズの耳には自分の荒い呼吸とオルレアの弱々しい息だけが残る。
(見殺しにした。俺はあいつらを見捨てた。秩序の守護者として……いや、人として最低だ)
心が軋むような痛みを覚える。だが、オルレアの手が微かに動いた瞬間、その痛みは吹き飛び、ベルリオーズの決意が再び燃え上がる。
(いい。最低でもいい。オルレアさえ生きてれば……それでいい)
ベルリオーズの心に、オルレアとの穏やかな記憶がよぎる。
庭園でのデート、彼女の優しい笑顔。それを守れなかった自責と、それを取り戻す決意が、ベルリオーズの責任感をさらに深く刻む。
(他の生徒を見捨てる罪は、俺一生背負う。でも、オルレアだけは……絶対に守る)
ベルリオーズの声は小さく、誰にも届かない独り言だった。彼の視界は涙で滲み、痛みと疲労で意識が薄れそうになる。
それでも、オルレアの微かな息遣いを感じるたび、ベルリオーズの脚は動き続けた。
燃え盛る街の果て、崩壊していない一角が見えてきた。
そこには簡易医療施設が残されており、わずかな希望が灯る。ベルリオーズは最後の力を振り絞り、火傷だらけの足で地面を蹴る。背中のオルレアを強く抱きしめながら、彼は叫ぶ。
「オルレア、生きて。この俺が絶対助ける!」
その声は、崩壊する街の喧騒をかき消し、燃え滾る地面に響き渡った




