第2話 お茶会は最高ですわー!(8歳)
王宮での迷子大事件の後、保護された私は応接間のソファーでお父様によしよしされていた。
「うえええっ、ひっく、ひっく……」
「怖かったねぇ、エリー。もう大丈夫だよ」
どれだけ慰められても、泣き止むことが出来なかった。
だって、王宮って広くてガランとしていて、すれ違うのも知らない人たちばかりで、とても怖かったのだ。
「すみません、王様。うちの娘が」
「ははは、構わんよ。お転婆で良いじゃないか。王妃の子供の頃のようだよ」
「あら、嫌ですわ、陛下!」
お母様と王様と王妃様が談笑している内容も、ほとんど耳には入ってこない。
私は悲しすぎて、何が何だか分からなくなってきた。今日は何をしていたのだっけ。
ああ、そうだ、王子様との婚約の初顔合わせだったんだわ。
――そして私の使命は、王子様をメロメロにして国を乗っ取ること!
そのためにも早く泣き止まなくちゃと思うのに、涙は全然止まってくれない。
「大丈夫ですか、エリザベス嬢?」
そんな私に、スパリオ王子様が優しく声を掛けてくれた。
跪くようにしながら身をかがめて、ソファーに座っている私に目線を合わせてくれる。
透き通るような彼の青い瞳が、柔らかく細まった。
「お辛かったですね。どうでしょうか。お茶会には、お菓子も沢山用意しています。甘い物でも食べて、元気を出しませんか?」
そして、彼は輝くばかりの微笑を私に向けたのだ。
「はっ、はむにゃん!?」
びっくりした。美しすぎて変な声が出た。
何なんですの、この王子様! なんでこんなに格好良いんですの!?
ともあれ、驚きすぎて涙が引っ込んだ私は、目をごしごし擦りながら高笑いをするのだった。
「お、おーっほっほっほ! どうしてもと仰るなら、お茶会をご一緒して差し上げても宜しくってよ!」
「うん、嬉しい。ありがとう」
私の言葉に、王子様が本当に嬉しそうにそう答えるものだから、私の頬は一気にぶわっと熱くなる。
「ふえぇ……」
真っ赤になる私を、「あらあら」と遠巻きに大人たちが見守っていたのだが、そんな様子にも当然気づいてはいないのだった。
◇ ◇ ◇
お茶会の会場に辿り着いた私は、目を輝かせた。
白いレースのテーブルクロスの上に、焼き菓子やフルーツの飾られた大皿が幾つも並び、中心には三段のケーキスタンドまである。
「ふわあっ! こ、ここは夢の国ですの!?」
自分の屋敷でもお茶会はよく開かれていたが、ここまで豪華ではなかった。
それに、見たことも無いフルーツやお菓子もあり、キラキラと輝いて見える。
「喜んでもらえて良かったです。エリザベス嬢が甘い物がお好きだと聞いて、僕が色々と選んでみたんです」
「えっ、お、王子様が、私のために……?」
「はいっ! 喜んでほしくて」
「ぐぬうっ!?」
スパリオ王子様の微笑み攻撃に、私はまたダメージを受けた。
――もう! だから!
私が王子様をメロメロにするんであって、私が王子様にメロメロになるんじゃないんですのよ!
『でも、まって、エリー。よく考えてみて……!』
私の思考を遮るように、心の中のランランちゃん――私のお気に入りのテディベアだ――が話しかけてきた。
『王子様は、君のためにお菓子を準備したんだ。つまり、これは……王子様は、すでに君にメロメロなんじゃないかな?』
「……っ!!」
心の中のランランちゃんの言葉に私は衝撃を受けたが、同時に納得もした。
そう、つまり、王子様はすでに私に――メロメロ!?
「ふっふっふ、勝負ありましたわね。スパリオ王子様!!」
私がニヤリと笑みを浮かべると、王子様は不思議そうな顔をしながらも頷いている。
「……? ふふ、エリザベス嬢が楽しそうで良かったです」
くっ、何だかいまひとつ、勝った感じしませんわ!
もっともっと、メロメロにしていかなくてはいけませんわね!
まあ良いですわ、このお茶会で完璧な作法を披露して、王子様を更に私のとりこにしてみせますもの!!
――そして、ニ十分後。
「うっま!!」
私は初めて食べた”マカロン”の美味しさに感激していた。
何これ、美味しい、美味しい、美味しい!
「気に入りましたか? 隣国で流行っている珍しいお菓子のようです」
スパリオ王子様がにこにこ見守る中、私はあっと言う間に自分の皿のマカロンを平らげてしまった。
「気に入りましたわ! あっ、あ、でも……」
美味しすぎて、早々に食べきってしまった。失敗した。最後に食べる用に、少し残しておけばよかった。
私はしょんぼりしながら俯く。
そんな様子を見ていた王子様が、くすりと笑った。
「……エリザベス嬢、実は僕、朝を食べ過ぎてしまいまして。宜しければ、僕の分のマカロンも、召し上がっていただけませんか?」
「――!!」
私は顔を輝かせた。
えっ、良いの!? でも、流石にはしたないかしら?
うずうずしながら両親の方へ視線を向けると、お父様はにこやかに頷き、お母様は苦笑しながら頭を押さえていた。
つまり、たぶん、もらっても大丈夫だ!
「あらあら、王子様! どうしてもと仰るなら、もらって差し上げても宜しくてよ!」
「ふふふ、助かります。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうっ! ……じゃなくて、どういたしましてですわー!」
そして私は、新たに自分の前に置かれたマカロンを口に運ぶ。
「――うっま!!」
こうしてお茶会、およびスパリオ王子様との初顔合わせは無事に終了した。
今日一日で、随分と王子様をメロメロにできた気がしますわ!
これなら国を乗っ取る日も近いですわね!
ちなみに、王様と王妃様から大量のマカロンのお土産もいただきましたの!
王家みんなをメロメロにしてしまうなんて、私って罪深い女ですわー!
エリーですわ!
ここまでお読みくださり、ありがとうございますわー!
マカロンはとにかく美味しかったですわ! ぜひともお勧めですわよ!
そろそろ、王子様も私にメロメロになったかしら?
次回、おでかけデート編!
お楽しみになさって!




