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メイド、やれます。やれます?やれます。

「__わたくしは、シュルズベリィ公爵家付きの侍女、ヨグと申します」


 ただ一歩進み出て、淡々と告げただけだった。

 しかし、その声は澄んだ水晶を打ち鳴らしたように冷たく響き、校門前のざわめきを一瞬で凍りつかせた。笑い声も囁きも掻き消え、生徒たちは息を呑む。

 青く深く沈んだ瞳がわずかに動き、取り巻きの群れを無感情に掃く。

 それだけで、誰もが胸を圧迫されるような緊張を覚えた。

 まるでここが戦場の門前であるかのように。


「……っ」


 マリーヌの喉が小さく鳴った。

 手にしていた扇を開きかけ、しかし言葉は続かない。


(な、なんなの……ただの侍女のはずなのに)


 取り巻きの生徒たちが顔を見合わせる中、ベルナデッタに食ってかかった当事者である少女マリーヌ・ド=フォルジュは一瞬、口元を引きつらせた。

 それでも、彼女にはフォルジュ家の娘としての矜持がある。

 彼女は慌てて顎を引き上げ、強がりの笑みを浮かべた。

 

「……ふふ。なるほどね。私ってばてっきり学園生活がままならなくなって、そのまま除籍なさるのかと期待__いや心配しておりましたが、まさか新しい侍女まで連れてくるなんて」


 マリーヌの声音は軽やかだったが、ほんの僅かに固さが混じっていた。

 ベルナデッタは顎を上げ、冷たく返す。


「失礼ね、公爵の娘が侍女の替えひとり用意できない、とでも思ったのかしら」


 公爵の娘、その一言を聞いたのを皮切に、取り巻きの生徒たちが小さく笑う。マリーヌはそれを黙らせるように扇をひらひらと振り、わざとらしく肩を竦めた。典型的ないじめの現場だ。

 見かねたヨグは気を利かせて小声でベルナデッタに耳打ちする。


「……排除しますか」


「……しますわけないでしょ、バカメイド」


自分をまるで勘定に入れないふたりのやりに腹を立てたのか、眉をひくつかマリーヌは畳みかける。


「あら誤解しないで。わたくしは心配してあげているのよ?……だって、あなたがこの学園で孤立して潰れるのを見てしまったら、寝覚めが悪いもの」


 言葉は刺すように鋭く、それでいて笑みを崩さない。

 ベルナデッタは短く息を吐き、冷淡な声を投げる。


「ご忠告ありがとうマリーヌ。でも、わたくしは誰にも潰されない」


「それでは、休暇明けの荷解きがありますので」と、一言に切り捨てマリーヌの隣をすれ違うベルナデッタ。ヨグも一歩下がって主の背を守り、無言で歩調を合わせた。

 廊下に残されたマリーヌは、微笑を張り付けたまま、扇の影で小さく息を吐く。


「そう、やるじゃない。没落令嬢」


 射殺すような眼光。だが、彼女の瞳はその先の女子寮にだけ向けられており、その声を聞く者はいない。ただ静かに、ゆっくりといつもの学園の風景へと戻っていった。



 ***



 学園の正門を抜けると、左手には壮麗な建築がひときわ目を引く。

 白亜の石で組まれた壁、緑の蔦が窓辺を飾り、尖塔には朝の光を受けた風見がきらめいていた。

 それが女子寮である。王侯貴族の令嬢たちが身を寄せるにふさわしく、外観はまるで小さな宮殿のようだった。


 その寮の重厚な扉を押し開け、ベルナデッタは中へ入ると同時に、ふうっと小さくため息をこぼした。


「……まったく、マリーヌったら。どうしてああも嫌味を欠かさずにいられるのかしら」


 その声音は怒りというより呆れに近い。

 学園の廊下で交わしたやり取りを思い返すと、心底疲れるのだ。

 だが同時に、彼女の背後にある軍部の影を思えば、正面から反発するわけにもいかない。彼女の溜息に思うことがあったのか、背後で控えていたヨグが、静かに問いを投げた。


「……ご息女様、彼女は何者なのでしょうか」


 ベルナデッタは制服を肩に掛けながら、短く答える。


「マリーヌ・ド=フォルジュ。軍部でも有数の豪傑、『不死身の軍神』とも称されるゴットハルト・ド・フォルジュの娘よ。かの軍神の英雄譚はこの国に籍を置いて知らない者はいないわ」


「なるほど。記録しました」


「ええ。だからこそ彼女は学園でも特別なの。あの振る舞いも、家柄と血筋があるからこそ。それに……」


 そう言って肩をすくめ、ベルナデッタは鏡の前に立った。

 だが背中の小さなボタンに指を伸ばした途端、肩越しに空を掻くばかりでうまく届かない。


「……っ、またこれ。侍女がいれば一瞬なのに……!」


 悔しげに息を吐いたその背後に、音もなくヨグが立った。

 無表情のまま軽く一礼し、静かに告げる。


「__失礼」


 冷たい指先が正確にボタンを留めていく。

 カチリ、カチリと響く音が妙に整然としていて、思わずベルナデッタは鏡越しに目を細めた。


「……次からは、一言声をかけてからにしなさい」


「今、そう申しましたが」


「……っ」


 ヨグのいつもと変わらないキョトンとしたその表情でさえ、ウィルの粘っこい陰湿な笑顔とぼんやり重なってしまい、ベルナデッタはわずかに唇を噛む。

 整えられた制服姿を確かめ、やや拗ねたように鼻を鳴らした。


「……まあ、悪くはないわ。さすがはメイドね」


「当然の務めです」


 ヨグは裾を整え、背筋を軽く叩いて仕上げる。

 ベルナデッタは教本を抱え、すでに心を切り替えた顔で扉へ向かった。

 重厚な扉を押し開けると、朝の光と廊下の喧噪が差し込んでくる。

 ヨグは当然のように後に続き、一歩外へ踏み出しかけたが、その瞬間、ベルナデッタが振り返った。


「ちょっと待ちなさい、メイド」


 ヨグの足が止まる。

 ベルナデッタは顎を高く上げ、毅然と告げた。


「ここからは私ひとりで行くわ。あなたは寮に残って留守を守りなさい」


 ヨグは足を止めたものの、無表情のまま淡々と告げた。


「お言葉ですが、お嬢様がご学友に侮られ、孤立を強いられる場こそ、私が必要だと具申します」


「不要だと言っているのよ!他人の庇護がなければ立っていられない娘だと思われるくらいなら、ひとりで笑われていた方がまだまし!」


 ベルナデッタの声が石造りの廊下に反響する。

 だがヨグは一歩も退かず、ただ揺るがぬ瞳で主を見据えていた。


「……安全が損なわれる危険がある以上、私は従います。これはご息女様の命令に優先する、ご主人様の判断です」


「なっ……!」


 ベルナデッタは言葉を失った。

 貴族令嬢として、生まれて初めて「命令を拒む侍女」に直面したのだ。というよりも、自身の命令以上に、この場にいない役立たずのヒモニートが最終命令権を持つことに、公爵令嬢としてこれ以上ない屈辱を受け、固まっていた。

 唇を噛みしめ、肩を怒らせながらも、やがて彼女は背を向けて歩き出す。


「……好きにすればいいわ。けれど、恥をかかせたら承知しないからね」


「承知しました」


 その返答は、どこまでも静かで揺るがない。

 赤髪を揺らし堂々と歩くベルナデッタの背後を、黒衣の侍女は無言で付き従った。

 二人の足音が並び、女子寮の廊下に規則正しく響き渡る。

 背筋を伸ばし、教本を抱えた姿は毅然としていたが、__その周囲には冷ややかな囁きが絶えない。


「……没落の娘が」


「まだ消えていなかったなんて、図々しい」


 その言葉を意にも介さず、顎を高く上げて進むベルナデッタ。

 だが、次の瞬間。


「あら、失礼!」


 わざとらしい足取りで近づいた数人の生徒が、肩を大きくぶつけてきた。

 教本が石畳に散らばり、嘲る笑いが漏れる。

 ベルナデッタの眉がぴくりと動くより早く、ヨグが一歩前へ出た。

 どこまでも冷淡なその瞳に、本物の敵意がにじむ。


「攻撃行動を確認。排除します」


 声音は淡々としていたが、そこに宿る殺気は氷刃のように鋭い。

 肩パンを仕掛けてきた相手の生徒たちは思わず足を止め、喉を鳴らした。


「待ちなさい、バカメイド!」


 ベルナデッタが鋭く制止の声を上げる。


「ここで騒ぎを起こしてどうするの。あなたはシュルズベリィ家の令嬢に暴力女の肩書きをつけるつもり!?」


 「もうついているのでは」そう言いかけたヨグはあくまで口をつぐみ、それでいて視線を逸らさず、しかし命令に従い一歩を退いた。

 蛇に睨まれたかのように固まっていた生徒たちは顔を引きつらせ、そそくさとその場を去っていく。


 残された廊下の上、散らばった教本。

 それを拾い上げたのは__長身の影だった。


「……落としたぞ」


 差し出す指先は白磁のように滑らかで、所作は舞台役者のように優美。

 __ここは女子寮である。

 だが彼女の姿は、スカートを身につけていなければ男子と見まがうほどに凛々しかった。背丈は周囲の女子生徒よりも頭ひとつ抜け、均整のとれた長身は制服をきっちりと着こなしている。丁寧に切りそろえられた黒髪は腰までまっすぐに流れ、その眼差しは琥珀色に煌めいた。

 異国からの留学生__イズモ・エトワール・カグツチ。

 生徒会書記の役職を持ち、学園の女子たちから“憧れの王子”と呼ばれる存在であった。


「……あ、ありがとう」


 ベルナデッタは差し出された教本を受け取りながら、頬を赤らめた。

 助けられたことが悔しくて仕方がない。だが、視線を逸らすわけにはいかず、気丈に顎を上げる。唇にわずかな震えを隠しつつも、毅然とした声を絞り出した。


「べ、別に……あなたに借りを作ったつもりはないのだから」


 周囲の女子生徒たちは黄色い声をあげる。


「きゃ……! やっぱりイズモ様……!」


「没落令嬢にまであんなに優しく接するなんて!」


 ベルナデッタはその声にさらに顔を赤らめ、視線を逸らした。

 それでも背筋だけは真っ直ぐに、気高き令嬢の威厳を崩さぬよう努めていた。

 イズモは表情を崩さず、口元だけでわずかに笑みを形作った。


「礼はいらない」


そう言い残し、背を向けて歩み去っていく。

 黒髪が肩越しに流れ、琥珀の瞳が最後にきらりと光った。


「……」


 ベルナデッタが吐息を整えている隣で、取り残されたメイドの無表情の奥に宿る、その瞳は冷たく研ぎ澄まされ、微動だにせず、イズモという少女の後ろ姿を見つめ続けていた。

 イズモが去った後、女子寮の前は妙な熱気を残したまま静けさを取り戻した。

 ベルナデッタは胸に教本を抱きしめ、しばらく顔を伏せたまま固まっていたが、やがて勢いよく足を踏み鳴らした。


「……っ、もう!何よあの人!やたらと背が高くて、わざわざ本なんて拾って……!別に助けられる必要なんてなかったのに!」


 ベルナデッタは勢いよく振り返り、鋭く指を突きつけた。


「そしてアンタ! すぐに排除しますか~?だなんて、何を考えてるのよ!あんなのただの嫌味でしょう!ちょっと恥をかかされた程度で人を消すなんて、正気の沙汰じゃないわ!」


 ヨグは瞬きひとつせず、静かに答える。


「ああいった行為は排除対象と見なすべきです。ご息女様を害する意志は許容できません」


「そういう極端な考えが一番迷惑なのよ!」


 ベルナデッタは勢い余って足を踏み鳴らした。


「貴族令嬢というは、いつ何時、誰にだって見られている立場なの!私が誰かを叱り飛ばすならまだしも、侍女が血相を変えるなんて、それこそ私とシュルズベリィ家の面子に泥を塗るようなものよ!」


 ヨグは無言で主を見つめ、その瞳には揺らぎもない。

 ベルナデッタはその無表情にさらに苛立ち、声を荒らげた。


「だから次に同じことをしたら……そのときはアンタを排除してやるから、覚悟しなさい!」


 彼女の言葉が廊下に響き渡り、周囲の空気を震わせる。

 ヨグは小さく一礼し、淡々と応じた。


「承知しました」


 だが、その声音には悔いも後悔もなく、ただ命令を記録しただけの機械のような冷ややかさがあった。

 ベルナデッタは小さく舌打ちをして前を向く。

 赤みの残る頬を隠すように、教本をきつく抱きしめながら足を速めた。

 その背を、ヨグは変わらぬ無表情で静かに追い続けた。

元凶……〇〇年前__


ウィル「あぁ、そう。俺が指さした奴は全員ぶっ飛ばしていいから」

ヨグ「あれは威嚇行動です。明確な敵意はありませんがよろしいのですか?」

ウィル「へーきへーき。俺の偉大さがわからないようなバカは、一回痛い目みないとわんねーの」

ヨグ「……!更生目的の物理的教育行動。記録しました。今後は例外なく、ご主人様への侮辱行動を確認次第『プラン:半殺し』を実行いたします」

ウィル「イーネ!ジャンジャン半殺してこ!」

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