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極上ヒモ生活崩壊の危機!?

「こんな夜更けに何ギャーギャー騒いでんの!!この騒音クズヒモ野郎!」


 ドガァン!


 書庫の壁が粉塵を上げて崩れ落ち、石片と漆喰が床を転がった。

 本棚の列ががたがた震え、古書が何冊も崩れ落ちる。

 騒音クズヒモ野郎と呼ばれた黒髪の男は、砂糖菓子を咥えたまま顔を上げ、目を瞬かせた。


「ウィル!!!」


「……おいおい。壁から入ってくる公爵令嬢があるかよ。ドアの方が近いだろ」


 しかし、そう言われた気品ある装いの少女がちらりと横を見やれば、そのすぐ隣にある分厚い扉は聖剣によってしっかりと固定されていた。シュルズベリィ公爵家ただ一人の嫡子 ベルナデッタは瓦礫を踏みつけ現れ、きれいに纏められた赤髪を振り乱しながら叫ぶ。


「聖剣が扉を塞いでるから壁を壊したのよ!誰のせいだと思ってるの!」


「俺が世界を守ってるせいかな」


「書庫で守れる世界って何よ!絵本か!」


 ベルナデッタは崩れた石片を蹴飛ばしながらウィルの机へと詰め寄り、机に両手を叩きつけた。

 本が飛び跳ねるようにめくれる。


「アンタ、いい加減働きなさい!」


「ベル、そんな乱暴な手で本に触れると歴史が泣くぞ」


「泣いてるのは領民よ!今年は歴史的な不作、領地は荒れ果て、魔王復活を前にして魔物は活発化!それなのに、アンタは書庫に籠って腐った菓子を齧るだけ!?“聖剣泥棒”と蔑まれてなお、その汚名を漱ぐ事にも興味が無い!アンタは公爵家の汚点よ!自堕落ヒモ男!!」


「うーん、ここしばらく魔王復活はないんじゃないかなぁ」


 ベルナデッタは苛立ちに顔を紅潮させ、机を回り込むとウィルの襟首を掴んでぐいと引き上げた。

 椅子がぎぃっと音を立て、ウィルの体が半ば宙吊りになる。


「グエェ掴み攻撃ぃ……!」


「寝ぼけたこと言ってんなヒモカス!本の読みすぎは頭に毒って論文で、アンタをソースにすれば一儲けできそうね」


「……最近の人間は休暇が足りていないって論文のほうがいいんじゃないか?それに、俺はそこいらのヒモとは一味も二味も違うぜ。」


「ウッ……まるでそこら中にヒモがいるみたいな言い方ね……」


 ベルナデッタがウィルの胸倉を突き放すと、ひと味もふた味も違うらしいヒモはぐったり椅子に沈み込み、菓子をぽりぽりと齧り始めた。


「……で?これまたどうして壁まで壊して俺に会いに?悪い夢でも見たか?」


「違うわよ!理由なんて決まってるでしょ!」


 ベルナデッタは瓦礫や、いつの時代のものかもわからない古書を踏み鳴らし、息を荒げながら宣言する。


「私の侍女が体調を崩したのよ!」


 書庫に響いた宣言に、ウィルはぽかんと口を開け、手の中の砂糖菓子を取り落とした。

 床に転がった包み紙を一瞥し、のんびりと呟く。


「へぇ……それは大変だな。で?」


「で、じゃない!!」


 ベルナデッタは机を叩きつけ、古書がばさりと跳ねた。


「舞踏会を目前にして、私の身の回りを任せられる者がいなくなったのよ!ドレスも着付けも持ち物の管理も全部滅茶苦茶になる!ダンスの練習まで任せていたのに!このままでは笑いものにされるに決まってる!」


「ふーん……それはそれは。じゃあ新しい侍女でも雇えば?」


「雇う余裕があれば苦労しないわよ!」


「そうだな、没落令嬢さん」


「ッ……!」


 ベルナデッタはずいと身を乗り出し、ウィルの顔を睨み込む。

 赤い瞳が怒りで燃え立つ。


「だから__代わりにアンタがやるの!」


「……は?」


 ウィルの口元から砂糖菓子のかけらが落ちた。


「……俺が侍女?無理だろ。考えてもみろ、俺がドレスの裾持って歩いたら、学園中で爆笑の渦、珍獣扱いもいい所だぞ」


「このままじゃ笑われるのは私の方なのよ!」


 ベルナデッタは机越しに腕を伸ばし、またも胸倉を掴み上げる。ウィルは舌を出し、苦しいのかそうでないのかよく分からない過剰にえずいてリアクションした。


「グエェ2回目……!」


「舞踏会で失敗するだけじゃないわ。侍女も用意できない没落令嬢と囁かれて、シュルズベリィの面子は完全に潰れる!それだけは絶対に避けなければならないの!」


「……いやいや、それくらい気にすんなって。俺なんか“極上のヒモ”に“聖剣泥棒”だぞ?陰口のコレクションなら目白押しだぜ」


「そりゃヒモにはわからないでしょうね!!」


 ベルナデッタは怒声を吐き、ウィルを突き放した。

 椅子がぐらりと揺れ、ウィルは背もたれにずるりと沈み込む。


「ゲホッ……そりゃわかんねぇけどよ」


「いい?アンタは今日から侍女代理!働きなさい!汚名過多の泥棒ヒモ!!」


 そう言われた泥棒ヒモは両手をひらひらさせ、必死に弁解を始めた。


「いやだって、俺着付けも髪結いもできないぞ?ほらこの手、不器用だからリボン結ぼうとしたら絶対絡まるし、ボタン一つ留めるのに3分かかるんだぞ。前に糸通しやろうとしたら針が折れッ__ぬぉぁ!」


 ベルナデッタは顔を真っ赤にし、机を回り込んで胸倉をぐいと掴み上げる。その指先には青白い血管が浮き出ており、喉笛を握り粉砕せんと震えていた。


「3回目ェ……」


「しゃらくせぇ!だったらアタシが教えてやるわ!!」


「……ヒョ!?」


「ヘアセットも着付けも全部よ!!櫛の持ち方からリボンの結び方まで、エレガントな令嬢の全てを叩き込んでやるわこの馬鹿猿ヒモ野郎!」


 声を張り上げるたびに赤髪が揺れ、瞳が怒りに燃える。


「……いやいやいや、世界最強の魔術師を侍女教育とか、人類文明の損失だろ」


 馬鹿猿ヒモはぶら下がったまま抵抗するが、ベルナデッタはさらに揺さぶった。


「人類がどうした!今は私の面子の方が大事なのよ!」


「魔王復活ってのはお前のことだったのかよ……!」


 机の上の古書が一冊落ち、床にばさりと音を立てた。

 その音を背に、ベルナデッタは鬼神のような勢いで叫び続けた。


「黙れ!とにかく決定よ!アンタは今日から私の専属侍女!これ以上ごちゃごちゃ言うなら、この書庫ごと燃やす!」


 ウィルはぎょっとして、机に並んだ本を抱きしめるように庇った。


「バカ!それだけはやめろ!俺の命より重いんだぞ本は!」


「シャボン玉より軽い命と比べられてもさっぱりね!」


 ウィルは机に顔を伏せ、両手で本を抱きかかえながら呻く。

 その時、背後の崩れた壁からひっそりと足音が響いた。

 粉塵を払うように姿を現したのは、不愛想な銀髪のメイド、ヨグだった。

 淡々とした声音で告げる。


「__ヨグ、ただいま帰還致しました。こちらの壁の穴は……?」


「おお、グッドタイミング!助けろヨグ!」


 ウィルは椅子ごと後ろに回転し、縋るように手を伸ばす。それに対し銀髪のメイド、ヨグは何のことかわからないというように首をかしげる。


「この暴君が俺を女にしようとしてんだ!」


 ベルナデッタはすかさず割り込む。


「違うわよ穀潰し!アンタは私の身の回りの世話だけやってればいいの!!」


 ヨグは瞬きひとつせずに首を傾げた。


「……無制限の魔術使用を想定するならば、ご主人様であれば3秒以内に身支度が可能です」


「効率の問題じゃない!俺は世界最強の魔術師!その肩書きが__」


「最強=侍女……興味深い仮説です」


 ウィルは頭を抱える。

 ベルナデッタは勝ち誇ったように腕を組み、鼻を鳴らした


「ほら見なさい。本人の不愛想メイドも納得してるじゃない。魔術で身支度なんて、そんな横着この私が認めないけれどね!」


 ヨグは淡々と続ける。


「……なお、ベルナデッタご息女様に忠告を、ご主人様は繊細な作業に不向きです」


「うっせ……。てかよ、雇う金がないって言うけどよ」


 ウィルは砂糖菓子を指で弄びながら、片目を細めた。


「金ならまだあるだろ?教会からの補助金が――」


 その瞬間、ベルナデッタの肩がぴくりと揺れた。

 彼女は唇を強く結び、わずかに視線を逸らす。


「……それは、もうないのよ」


 ウィルは菓子を口に放り込む手を止め、眉を上げる。


「……は?」


 ベルナデッタは机を見つめたまま、声を絞り出した。


「打ち切られたの。大婆様が亡くなってから80年が経って、期限切れだって。一方的に……。補助金は領地の命綱だった。なのに、今はもう……」


 短い沈黙。

 書庫に漂う粉塵の中、ウィルの目が鋭さを増す。


「……なるほどな」


 ウィルは椅子に深くもたれかかり、天井を見上げた。対してベルナデッタは歯を食いしばり、俯いて声を震わせる。


「だから、せめて体裁を整えなければならないわ。公爵家はまだ生きている、それを証明するために」


「……仕方ねぇな」


 ウィルは小さく鼻を鳴らした。

 菓子の包み紙がくしゃりと握り潰される音が、静まり返った書庫に響いた。


「ウィル……?」


 ベルナデッタが息を呑む。


 ウィルは砂糖菓子をひとつ口に放り込み、甘さを噛みしめながら続けた。

 鋭い眼光が、久しく見せなかった魔術師の威を帯びる。


「世界最強の侍女、やってやるさ」


 ウィルの声は、普段のふざけた調子を脱ぎ捨て、低く確かな響きを持って書庫に落ちた。

 ベルナデッタの赤い瞳に急激に生気が満ち、誰もが息を呑む。

 __このヒモは、ただの怠け者じゃない。

そう感じさせてくれる力強い返事に、思わず声が漏れた。


「……ウィル……」


 だが次の瞬間、ウィルは肩を竦め、へらりと笑った。


「俺のヨグが、な」


「「は……?」」


「俺の最強★メイド、ヨグを、特別にお前に貸してやるって言ってんだ」


「疑問__」


「疑問バリア!疑問無効でーす!」


「では質問__」


「質問もバリアー!」


「バリアは1ターンに1度までと3日前に……」


 二人の軽口の応酬に、ベルナデッタの肩が小刻みに震えだす。

 赤い瞳がわなわなと揺れ、手にしていた古書を握り締め――


 バンッ!!


 机に叩きつけた。厚い本が鈍い音を響かせ、紙片が宙に舞う。


「ウィルゥーー!!!アンタってやつはぁ!!!!」


 烈火のごとき怒声が書庫を震わせ、天井から粉塵がぱらぱらと降り注ぐ。

 机を殴り、本が跳ねて散らばる。

 ベルナデッタは赤髪を振り乱し、瞳に怒気を宿したまま叫び続ける。


「極上のヒモだか聖剣泥棒だか知らないけど!アンタは最低最悪の役立たずのカスよ!!魔術師はおろか侍女の肩書きすら勿体ない!正真正銘の人類の恥ヒモよ!!!」


「なんかそれ語尾がヒモみたいな__」


「黙れぇぇぇ!!!」


「グエェ!」


 最低最悪の役立たずのカス、人類の恥ヒモはベルナデッタの美しいアッパーカットと共に天高く打ち上げられる。知識としじまの満ちた夜の書庫で、粉塵と星屑がぱらぱらと降り注いだ。

魔王「我はそんな頻繁に顕現しないぞ。」

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