ひっそり閑
僕は窓の外を眺めていた。雨が降っている。
雨は落ち着いていて、地面を強く刺すといった敵意は感じられない。ただ静かに落ちていき、されるがままに、抵抗することなく地面の土に吸収されていくのである。
窓の外に見えるのは雨だけではない。といっても別に変わったものが見えるわけでもない。
窓の外は、自然的風景でコンクリートといったような未来的物質は全く見られない。
下を見ればたっぷりと体を潤した土が、ばたんと奥の方にずうっと横たわっている。それは道だ。その道は狭く、人3人程が横に並んで歩けるくらいであった。
そしてその道を挟むようにして、木が何百本と立並んでいる。立派な木だが、僕はそれが何の木だか全く分からない。
その木々の頭の先の方へ目を遣れば今度は遠くの方に、大きな黒い、玉の頭のような形をした物体が、どしんと構えている。これは山だ。
窓の外に見える景色はいつも大方こんなもので、強いて言えば今日は何時もより暗く、黒っぽい景色だった。
今、僕の居るところは二階建ての小さな木造家。つまりは自宅なのだが、大きさは「小さな木造家」といった所で皆さんが想像した大きさで間違っていないだろう。
その家は他人から見れば「何百年もの」という家だろうが、実際は立派な新築だ。家が完成してからまだ一週間と経っていない。
その家は僕が自分の手で造った。というのも一昨日僕の妻となった知恵が望んだからである。
「私たち結婚したらあなたの造った家に住みたいわ」
それは今から大体2年前に僕と知恵の旅行の時に言ったことであった。
「僕が造った家かい?絶対かっこ悪い家になるだろうな」
「いえ、それで良いのよ・・・あたしあなたの造った家なら絶対に文句なんてないわ」
「今にも潰れそうな家でも?」
「そしたら、うん、それでもいいわ、もし潰れたらあなたと一緒に下敷きになるわ」
まあそういう話をした、はじめは乗る気ではなかったが果たして造ってしまったのである。
さて今に戻るが僕は2階の部屋で窓の外を眺めている。
二階に部屋は寝室であるこの部屋しかない。この部屋は大きなベッドがあるだけである。そのベッドの頭側に窓があり、これは寝ながら星空を眺めると言った考えがあってこのような配置をしたのだ。
僕はベッドの上に正座し頭を窓に置くといった体勢をしている。
窓の外は相変わらず雨が土に吸収されている風景だが、飽きることなく眺めていた。
というのも実はある不安を抱えていたのである。
「知恵と結婚した」
そう言葉を吐き捨て、ため息をつく
「僕は知恵の夫になったんだ・・・一人の人間の夫に・・・・・・」
「知恵は僕の妻となったが・・・・・・果たして幸せなのであろうか」
僕と知恵が結婚してまだ3日だが、そんな不安を抱えていた。
そしてそんな不安は決して雨が地面に吸収されるように、何かに吸収されていくことはなかった。
僕はまた、しかし今度は深いため息をつく。
その深いため息をついた時だった。後ろから女の声がして、驚いて振り向いてみれば、それは知恵である。
「そんなため息なんかついて・・・・・・一体どうしたのよ」
「いや、なんでもないんだ、気にしないで」
「夫があんなに深いため息をついて気にしない妻がどこにいるの?どうしたのよ」
知恵はいかにも心配そうに、今にも泣きそうな顔でこちらをじっと視ている。
その顔はやっぱり知恵の顔で、可愛らしいと正直に思うので、変な心持ちである。僕もじっと知恵の目を視た。
また、可愛らしいという想いと共に、これ以上隠すのもどうかと思ったので正直に不安を話した。
この部屋は微かに雨の音と、非常に気持ちの良い知恵の香りで満ちていた。
知恵は僕の不安を聞き、泣きそうだった顔が更にくしゃくしゃになり、「泣きそうな」ではなく「もう泣きそう」といったような顔をした。
「なんでそんなこと思うの?」
知恵の震えた声が僕の心臓に攻撃しているような錯覚を感じながら、僕はじっと知恵を視ていた目を、少し伏せた。それを気にせずに知恵はつづけて言う。
「私、幸せよ・・・あなたと一緒に居る事はこれ以上にない幸せだと思ってるわ」
「本当にそう思ってくれてるかい?」
「どうしてそんなことを言うのよ」
ぽたっという音がしたので知恵の顔を見れば、知恵は泣いていた。その姿を見て、僕は反省したのだが、これを文に表現するのは難しい。
「おいで」
僕はそう知恵に言ったが、声が震えている。いや、声だけではない、知恵を含めた、この部屋全体が震えていた。
知恵は少しためらったが、ベッドの上に居る僕のところへ来た。その、少し大きく見える知恵を僕は思いっきり抱きしめた。
これを視ているのは雨以外にない。
「ごめん・・・」
「・・・謝らないでよ」
「ごめんな」
「・・・・・・」
静かな時間が流れていく。しかし決して時が止まったわけではない。その証拠に窓の外では雨が、抵抗することなく地面にまっすぐに向かっている。そして地面にたどり着いた雨を土が吸収していくのだ。
まるでさっきと変わらぬ景色が、窓の外に写っていた。
しばらく経って、知恵が話し出した。まだ僕に抱かれたままである。
「雨、止まないわね・・・」
「そうだな」
「私雨好きよ」
そういって知恵はふふっと微笑んだ。
「ねえ、なんで私があなたと結婚したかわかる?」
いきなりだった。驚いている僕を見て知恵はやっぱり微笑んでいる。
「それはね・・・・・・好きだからよ」
彼女は微笑んでいる。僕はもう、ははと笑った。
「じゃあ、どうして僕がこの家を建てたと思う?」
「どうして?」
やっぱり僕は笑う。
「知恵が好きだからだよ」
どうやら雨が少し強くなったようである。景色が白い。
その白さが邪魔をして遠くの山は見えない。窓の外でキキィと鳥の鳴く声が一瞬したが、それきりまた静かな景色が時間を描いていった。