revenge06 火竜討伐
朝もやのアーランド。
宿のベッドで横になっていると、木の軋む音が聞こえた。
少しして、宿を出る。
空き地になった場所で、剣が空を斬る音が聞こえた。
「はぁ、はぁっ⋯⋯!」
汗をかきながら、必死に剣を振るティナ。
百回ほど剣を振った後、眼を閉じ詠唱を始める。
「天紋結びし刻 彼の敵を屠り給え ホーリィライトニング!」
空き地の木に向けて呪文を放つ。
木が雷に打たれ、ぶすぶすと黒い煙をあげる。
「天紋結びし刻 彼の敵を屠り給え ホーリィライトニング!」
煙に気づかず、何度も木に向けて呪文を放つティナ。
「わわっ!?」
木が炎上する。
「ご、ごめんなさいーーっ!」
混乱しているのか、剣を大上段に構え、木に向かって斜めに振り下ろすティナ。
ズズンと音を立てて、木の幹が真っ二つに断ち切られて、地面に転がった。
「あ、あわわっ、ど、どういたしましょう……!?」
「ふははははは! 朝から鍛錬とは、活きの良い勇者だ!!」
「アレン様!? あのっ、これ、どうしたら!?」
慌てた様子で自分の斬った木の幹を指差すティナ。
「ふははははは! 木は犠牲となったのだ、汝の勇者行為という名の犠牲にな!」
「だ、だめですっ! わたしっ、迷惑はかけたくありません!」
「ぬ? 仕方ないな」
木を片手で持ち上げ、切り口を合わせる。
魔力を込めると、切断面が癒着し元の青々とした葉を茂らせた。
「す、すごいっ! アレン様、今の、わたしにも教えて下さい!」
「他者回復の呪文は意外と難易度が高いのだ。まずは、自己回復の呪文を覚えなければな」
「アレン殿―――ッ!」
ボッシュがものすごい勢いで駆けてくる。
「ここにいらっしゃいましたか!」
「くくく、その様子ならば、良い依頼を持ってきてくれたようだな」
「もちろん! ですが、よろしいのですか? アレン殿は良くともティナ殿は⋯⋯」
「? わたしには、荷の重い依頼なのでしょうか?」
「率直に申し上げますれば」
「勿体ぶるでない。早く言うのだ」
「では、申し上げます。ギルドの依頼は、火竜の討伐。これを、お二人に依頼いたします」
「え? え~~~~っ!?」
宿に戻り、装備を整えてから、アーランドを出発し、馬車で街道を東に地図を進める。
「つまり、東の渓谷に火竜が住み着くようになり、旅人や隊商の交通に支障をきたしている。その火竜を討伐してほしいという話なのですね?」
窓から景色を見ていると、正面に座っていたティナが言った。
「うむ。今の汝ならば、手頃な相手であろう?」
「竜ですよ!? うぅ~っ、不安しかありませんが、頑張りますっ!」
ぎゅっと拳を握るティナ。
「ちなみに、我は汝が危険な時以外は手を出さぬ。汝一人で討伐するのだ」
「が、頑張りますっ! あの、いくつか、お聞きしてもよろしいですか?」
「聞こう」
「なぜ元魔王であるアレン様が、勇者の呪文を知っているのですか?」
「我に向け、何度も唱えられてきた呪文だぞ? 嫌でも覚えよう。もっとも、汝が唱えたのは簡易詠唱だがな」
「教えていただいた呪文は、一部だけということなのですね?」
「うむ。全ての呪文を詠唱しきるには時間と魔力がかかり過ぎる。それ故、魔法を使う者は状況を見て最適な詠唱時間と魔力量を判断し呪文を放たなければならぬ。後衛の魔法使いならば、前衛に守られながらある程度詠唱時間が取れるために、最大詠唱で最大火力を放ってくることが多い。前衛の攻撃をいなしながら、いかに後衛の術士の詠唱を潰すか。それが勇者パーティ攻略の鍵となるな」
「勇者は、どうしたらよいのでしょうか?」
「基本的に、前衛で魔法を使う者は、悠長に呪文を唱えている暇などない。だから、簡易詠唱や詠唱破棄をする」
「あの呪文以上に短く唱えてもよい、あるいは唱えなくてもよい、ということですね?」
「うむ。その分、威力は落ちるがな。そして、勇者は戦士や剣聖と違い、前衛で呪文と技の両方が使える。故に、パーティの状況を見ながら足りない部分を補うと良かろう」
「パーティが勇者一人の場合、どうしたらよろしいのでしょうか?」
「ふははははは! 攻撃・補助・回復、全部一人でこなすのだ!」
「が、頑張りますっ!」
「ふはははははは!! その意気や良し。よし、ではそろそろ回復呪文を教えてやろう」
「はいっ! あの、その前に、もうひとつだけ」
「ぬ?」
正面でもじもじしながら、ティナが言った。
「わたしが火竜を倒せたら、その時は、汝ではなく、ティナと呼んでいただけますか?」
「良かろう、勇者ティナよ。では、回復魔法の講義に入るぞ」
「うぅ~っ!? 今じゃありませんっ!」
「ふはははははは!!」
回復呪文を学び、渓谷までの途中で一度宿に泊まった後、再び馬車に乗り、お昼になる頃には渓谷に着いた。
「アレン様。これは」
「うむ」
谷の入口で馬車を降りると、すぐに焦げついた臭いが鼻をついた。
「気をつけよ。いきなり空から激しい炎が来るぞ」
「はい」
上空を警戒しながら、谷を歩いていく。
わたし達以外の冒険者が討伐を試みたのか、明らかに人のものと思われる骨がところどころに転がっていた。
「⋯⋯」
何かを思い出しそうになって、首をぶんぶんと横に振った。
「ここでやめても、我は責めぬぞ?」
「いえ。わたし、アレン様にティナと呼んでいただきたいですから」
「ふっ、そうだったな。征けるな?」
「はい!」
「⋯⋯おーい」
「?」
女の子の声。
辺りを見回すが、わたし達以外に人は見当たらない。
「おーい!!」
空から、また女の子の声。
声の方向を見た。
左の切り立った崖から、人影がぴょんぴょんと岩肌を凄まじい勢いで降りてくる。
「よかった! まだ人がいたんだ!」
眼の前に降り立った女の子。
赤いボブカットの髪を揺らしながら、焦ったようにわたしの手を握って言った。
「おねがい! 火竜を殺して!」
「え?」
急なことに戸惑っていると、上空でバサバサと翼の音がした。
「⋯⋯きた」
パッと手を離し、わたしの背後の何かから、距離を取る女の子。
振り返る。
火竜。
ズズンという音と共に地面に着地し、ゴガァアアアーッという咆哮が谷に響いた。
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魔王アレン Lv1001
勇者ティナ Lv19→Lv28