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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

送り狼〜高山市の民話をベースにした創作ストーリー

作者: KEY

SE(効果音・環境音)〜バスが遠ざかる音


最終バスが闇の中へ走り去っていく。

峠のバス停から、私の実家までは、人気ひとけのない山道を歩かないと辿り着けない。

真っ暗な山道を、足早に歩きながら、私は幼い頃のひとときを思い出していた。


SE〜山の中の雑踏(虫の声、鳥の声、木々のざわめき)


『むかしむかし・・・』


脳裏に、囲炉裏を囲んで昔話を語るおばあちゃんの顔がよみがえってくる。

しわが深く刻まれた、優しい笑顔。

私の目をまっすぐに見つめながら、ゆっくりと語りかける。


『この岩滝地区に、母親と2人、つましく暮らす年頃の娘がおった・・・』


娘の名は小糸こいと

たいそう美しい娘だったそうな。

小糸は母のため、山でとった山菜を毎日町まで売りに出かけておった。

ここから高山まで往復すると、どんなに早く出ても帰るときはもう日が暮れてしまう。

電灯もないような夜の山道を小糸はいつも1人で歩いて帰る。

ある日、背後の草やぶから

獣のうなり声と草をかき分ける足音が聞こえるのに気づいた。

小糸は恐ろしくなって、走って家まで帰るようになった。


実はその正体は送り狼。


山の守り神でもある狼が、子供や女の一人歩きを守ってくれとったんじゃと。


『どうして狼が送り狼になったのか、わかるかい?』


それは小糸が生まれるよりもずっと前の話。

この岩滝では狼が家畜を食い荒らして村人を苦しめておった。

村人たちは、山狩りをして狼を懲らしめようとしたんじゃが、

すばしっこい狼たちは山に逃げ込んでなかなか捕まらん。

ただ、子供の狼は逃げきれずに人間につかまってしまった。

母親の狼はたいそう嘆き悲しみ、毎晩毎晩遠吠えが山に響き渡った。

村人は哀れに思い、子供を返してやったそうな。

その母狼が、女と子供を守るために送り狼になったんじゃ。


『それで、小糸の話に戻るけどな・・・』


ある晩、小糸がいつものように山道を歩いていると、

いきなり2人の侍が目の前に立ち塞がった。

彼らは、松倉城まつくらじょう築城にかかわる殿様の家臣。

殿様の名前は、飛騨を支配していた三木自綱みつき よりつなという。

まもなく天守台てんしゅだいの地固め工事が始まろうというときじゃった。

生娘の小糸は非情にも天守台の人柱として、さらわれていったのじゃ。

侍たちが小糸の肩に手をかけた瞬間、薮の中から真っ白な狼が飛び出した。

狼は侍に襲いかかったが、刀で返り討ちにされてしまう。

真っ白な毛並みを真っ赤に染めて、地面に倒れてしまったんじゃ。


目に入れても痛くないほど可愛がっていた一人娘が行方不明になり、

母親は気が狂わんばかりに泣き叫んだ。毎日毎日小糸を探しまわる。

ついには山へ行ったきり戻らなくなってしまったんじゃと。


やがて、小糸が人柱として天守台の基礎穴に埋められるという日。

集まった多くの村人の前で、体を縛られ穴に落とされた小糸はぽつりとつぶやいた。


”おかあちゃん”


まさにその時、突然空がかき曇り、雷鳴がとどろいた。

同時に山の方角から狼のうなり声が近づいてくる。

地響きよりも大きなその唸り声に皆が驚き、

恐る恐る見守る中、現れたのは身の丈2メートル以上もある白い狼だった。


狼は、軽々と穴から小糸をくわえて飛び出してくる。

小糸を地面におろした狼は、

周りで見守る殿様や侍、村人たちに向けて、大きく口をあけて咆哮した。

散り散りになって逃げる侍たち。


狼は最後にひと吠えすると、小糸をくわえて山の方角へ走り去っていった。

『狼はな、母親の化身だったんじゃよ』


私はこの話をいつもおばあちゃんにおねだりした。

おばあちゃんは、何度も何度も語ってくれた。


SE〜山の中の雑踏(虫の声、鳥の声、木々のざわめき)


私がこんな時間に山道を1人で歩いているのは、おばあちゃんの訃報を受け取ったから。

私は暗い森の道を実家へと急ぐ。


いつからかわからないが、私の背後の籔の中。

何者かの足音が聞こえるようになった。

送り狼?そんなまさか・・・

私は思わず走り出す。背後の気配も同じように走り始める。


これは・・・狼なんかじゃない。

人だ。

まさかこんなところで不審者に襲われるとは・・・

まずい・・・。家まではまだ2キロ以上ある。

追いつかれる・・・


SE〜狼の咆哮


そう思った瞬間、獣の咆哮と男の絶叫が森の中にこだました。

私は後ろを見ずに走り続け、息を切らしながら実家に駆け込む。

待っていた母が思わず声をかける。


”あなた、どうしたの?”


こんな日に心配をかけてはいけない。


『なんでもない。山道が怖くて走ってきただけ』


”手に持っているのはなに?


あ・・・

これは・・・昔おばあちゃんからもらったお守り。

お守りのまわりにまとわりついているのは獣の白い体毛。

やっぱり・・・、あれは送り狼だったんだ。


ありがとう、おばあちゃん。


その時、森の中から狼の遠吠えが聞こえた気がした。


SE〜狼の遠吠え


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