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名探偵(自称)令嬢現る! ~マカロン失踪事件~

作者: 桜井 八雲

失踪事件というのは正しくないのですが、敢えてそういう表現にしております。

ご容赦ください。

 時は中世、シャロン伯爵家の庭園にてお茶会が開催されようとしていた。


「皆様、ようこそお集まり頂きました。本日は最高級の砂糖で作らせた特別な

マカロンを用意させております。どうぞお楽しみ下さりませ」


 声の主はシャロン伯爵家令嬢、シャルロット・ルイーゼ・ラ・シャロン

であった。


「私、マカロンには少しうるさくてよ?」

 アルデンヌ侯爵家令嬢、クレマリア・マリー・フォン・アルデンヌが言う。


「ほう、楽しみだな」

 とロベール侯爵家嫡男のジェラール・シモン・ド・ロベール。

 シャルロットの想い人である。


 軽食の後、次々と運ばれるお菓子が来客を堪能させて行く。

 しかし、そこで事件は起きた。


「お嬢様! 大変でございます!」

 メイドのエマが慌てた様子でやって来た。


「どうしたのエマ? 騒々しいわね」

 シャルロットが眉をひそめる。


「マカロンが……マカロンが足りません」

「何ですって!? いくつ足りないの?」


「5個程足りないようでございます」

「間違いじゃないの? もう1度確かめて頂戴」

「恐れながら、何度も確認しましたので間違いございません」


 彼女はそう言い切った後、シャルロットの顔を見て一瞬瞠目し、俯いた。


「そう……」

 シャルロットは、口を真一文字にして暫く考え込んだ後、大きく息を

 吸い込み言った。


「皆様何か手違いがあったようで、大変失礼致しました。しかしご安心

ください。この名探偵シャルロットが、事件を解決に導いて見せますわ!」


 皆シャルロットに視線を集中させ、困惑の表情を浮かべる。

「……これは事件なんですの?」

 クレマリアが最初に口を開く。


「そうです、クレマリア様。間違いありませんわ。そして犯人は……この中に

居ます!!」

 自信満々に言い切る名探偵。


「なんだって?」

「誰なの? それは」


 目を見張る2人に対して、冷静な笑みを浮かべシャルロットが言う。

 

「少々お待ちくださいませ。今容疑者達をここに連れてきますわ」

 と言ってシャルロットは踵を返した。


 暫く経ち、彼女は使用人と共に容疑者を連れて戻ってきた。


「お待たせしました。まず1人目の容疑者は……ミミです」


「ニャー」


「猫……だと?」


「…………」


 呆気にとられ固まる2人を余所にして、名探偵が状況を説明する。


「私が今から2時間前、つまり午後1時に厨房へ行き、チェックした時には

確かに人数分のマカロンがありました」


「ふむ、それで?」

「つまりその時間のアリバイが無い人物が、犯人である可能性が高いのですわ」

「人物……なのか?」


「ミミ、あなたは午後1時から3時の間どこで何をしていましたか?」

 名探偵が、容疑者に鋭い眼光を向けて言った。


「ニャ、ニャニャニャニャー」


「ふむふむ、その時間は中庭で昼寝をしていたのね? それを証明出来まして?」


「猫語が分かるのか……?」

 口をポカンと開けるジェラール。


「ニャッ、ニャンニャニャー」

「ふむ、メイドのエマなら見ていたかも? ですって?」


 名探偵はエマに目線を移し、聞いた。

「エマ、どうなの?」

「さあ……準備で忙しかったのでよく覚えていません」


 名探偵は顎に手を添え、口角を上げて言った。

「つまりミミは、その時間のアリバイが無い……犯人の可能性があるわね」

「ニャッ!?」

「容疑者を連行しなさい!」

「ニャーッ!」

 

 最初の容疑者が連行され、別の容疑者が拘引された。


「2人目の容疑者、イゴール。前に出なさい」


「ワンッ! ワンッ! ハッハッハッ……」


 2人目? の容疑者はパピヨンのイゴールであった。


「登場した瞬間から高笑いとは……怪しいわね」

「いや、ただの口呼吸だろ」


 名探偵は彼の発言を意に介さず、容疑者に向き合う。

「イゴール。あなたは午後1時から3時までの間に何処で何をしてたの

かしら?」


「ワン!」


「なるほど……セバスチオンに散歩に連れて貰っていた、ですって? 

本当なの?」


「ワン! だけで分かるのか……?」

 得心が行かない様子のジェラール。


「私クラスの名探偵になれば分かるのよ、ジェラール。セバスチオン、それで?」

 隣に立つ執事のセバスチオンに尋ねる。


「はい、お嬢様。確かに1時半からイゴール様をお散歩にお連れしました。

 30分程でございますが」


「なるほど。ではイゴールも完全なアリバイは無いのね。容疑者を犬小屋へ監禁

しなさい」


「ワンワン」


 容疑者イゴールが犬小屋へ連行されると、また別の容疑者が連れて来られた。


「3人目の容疑者レオナルド。前に出なさい」


「ガウガウ」


 新たな容疑者は、熊のレオナルドであった。


「あなた、動物園でも始めるつもりなの?」

「時々近くの森から遊びにくるのですわ。クレマリア様」

「大丈夫なのか、それ……?」


「さて、レオナルドあなたは(以下略)」

「ガウ」


「なるほど。その時間は森に居たけど、いい匂いが漂ってきたから遊びに来た

ですって? それを証明できるかしら?」

「ガウガウガウ」


「証明など必要ない。クマ、嘘つかない。ですって?」

「ガウ」

 

 1点の曇りも無い瞳で名探偵を見つめるレオナルド。


「残念だけどレオナルド、容疑者の言う事を鵜呑みにしていては名探偵は

務まらないの。連行しなさい」

「ガ、ガウ?」


 レオナルドも連行された。


「……お前のとこの使用人、凄いな」

「当然ですわ。しかし困りましたわね。容疑者全員アリバイがないだなんて」


「ふむ、迷宮……ムグッ」

 何か言いかけたジェラールの口を、素早く押さえる名探偵。


「これでは、事件は迷宮入りですわ……いいえ、シャロン家の名に懸けて、

この名探偵シャルロットが必ず解決に導いてみせますわ!」


「そのセリフが言いたかったようね」

 クレマリアが呆れながら言う。


「大事なところですから。クレマリア様」

「……そうなのか」

 溜息をついて声を絞り出すジェラール。


「全員アリバイが無いのでは仕方ありません。現場検証を行いましょう」

「……やるの? まぁ暇だからいいけど」

「……そうだな」


 ──厨房


 大きな虫眼鏡を片手に持ち、マカロンが置かれていた台上を丹念に調べる

シャルロット。


「何をしているんだ?」

「勿論、犯人の痕跡を探しているんですわ」


 シャルロットは台の上を調べ終わると、次は床を調べ始めた。


「ふーむ……あっ!」

「何か見つけたのか?」


「いえ、言ってみただけですわ。引っ掛かりましたわね」

「……聞いた俺が馬鹿だったよ」

 

 ひとしきり調べた後、名探偵が立ち上がった。

「ふむ……調べてみましたが、体毛らしきものや足跡も発見されませんでしたわ。

シェフを呼んで頂戴」


 シェフが一礼して、言った。

「本日の調理を担当させて頂きました、マカ・ロンです」


「マカロン?」

 ジェラールが一瞬驚く。


「今日の為に特別にお呼びしたのですわ。シェフ、厨房の掃除は終わり

ましたか?」

「いえ、まだでございます。お嬢様」


「そう。誰かこの付近で不審な人物を見かけませんでしたか?」

「いえ。特に見かけませんでした」


「そう。ところでシェフ、マカロンがお好きそうね。名前的に」

「え? それはまぁ、好きですが……?」


 名探偵の眼が光る。

「あなたはマカロンの味見をして、美味しさのあまり食べ過ぎてしまった。

いわゆる共食いという奴ね。違いまして?」


 マカ・ロンは青ざめた顔になった。


「共食いは失礼だろ……」

 ジェラールが気を揉んで言う。


「いえ、確かに味見は致しましたが、皆様にお出しする分は別に確保して

おりました」


「フフ、冗談よ。少し驚かせたかっただけ。お気を悪くしないで下さいませ」

「お気を悪くするだろ」


「そもそも、こういう事件は意外な人物が犯人なのよ。マカロン失踪事件の

犯人が同じ名前だなんて、笑えない冗談にも程がありますわ」


「じゃあ聞くなよ……」


 名探偵はコホン、と小さく咳払いをして言った。

「捜査の結果、動物がこの厨房に入った痕跡はありませんでしたわ。そもそも、

熊が厨房に入って来て、誰も気づかない訳がありませんわ」


「お前は容疑者をどういう基準で選んでいるんだ?」


 名探偵は微笑を浮かべて言った。

「レオナルドを解放して差し上げて。それから、4人目の容疑者をここへ」


 レオナルドは解放され、お詫びとして蜂蜜が振舞われた。そして4人目の

容疑者が連行されてきた。


「4人目の容疑者のエスカル。前へ出なさい」


「……」


 容疑者エスカルは、カタツムリであった。青々とした葉っぱの上に乗っている。


「エスカル、あなたは(略)」

「……」


「黙秘するつもりね。怪しいわ。では心を読んでみましょう……ふむふむ、

その時間は中庭で葉っぱを食べていたですって」


「……頭が痛くなって来た」

 ジェラールが手を額に当てる。


「ジェラール大丈夫? 医者を呼びましょうか?」

 

「お前の方こそ医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」

 首を振って答える。


 暫く沈黙していたクレマリアが、ここで口を開いた。


「ちょっと待ちなさい。エスカルが居た中庭からカタツムリの脚力でこの厨房へ

来るのは無理があるんじゃない? それにマカロンを5個も平らげるなんて」


 名探偵の眉がピクリと動く。


「そこに気づくとは流石ですわ、クレマリア様。確かにエスカルには時間的にも

消化能力的にも厳しいですわね」

 腕を組み頷く名探偵。


「エスカルはもう好きにしていいわ。連れて行って、シェフ」

「かしこまりました。お嬢様」


 マカ・ロンがエスカルを連れて、この場を離れる。


「これで容疑者は誰も居なくなったわね」

「クレマリア、なぜ君は冷静でいられるんだ?」

 ジェラールが信じられないと言った様子で、クレマリアを見る。


 名探偵は、不敵な笑みを浮かべて言った。

「まだ1人、容疑者が残っていますわ。それも誰にも怪しまれる事なく、

厨房に自由に出入り出来る人物が」


「今度は象かライオンでも連れてくるのか?」

 ジェラールが大仰に両手を拡げて言う。

「誰よ、それは?」


 名探偵が暫し眼を閉じ、束の間の静寂が訪れる。


「ただ1人、この厨房に自由に出入り出来て怪しまれない人物……マカロン

失踪事件の真犯人【怪人(エックス)】は……」


「怪人xだって……?」


 その場に居る全員に緊張が走る。


「エマ! あなたよ!!」


「お、お嬢様……何故?」

 メイドは不意に背中を刺されたかのように目を見開く。


「使用人を疑うとは……シャルロットお前……」

 

 非難の目を向けるジェラールを手で制し、名探偵は続ける。


「エマ……いえ怪人x、あなたは誰にも怪しまれないのをいい事に、厨房へ入り

隙を見てマカロンを食べた。一度に全部食べるとバレるから、1つずつね。

最初は1個で辞めて置くつもりだった。でも、マカロンの美味しさについ

止まらなくなって5個も食べてしまった。違うかしら?」


「違います、お嬢様。私はやっていません」

 首を大きく横に振った後、顔を両手で覆いしゃがみ込む。


「いいのよ。人は誰しも過ちを犯すこともあるわ。私はそんな事であなたを

解雇したり責めたりはしないわ。これで事件は解決……」


「ちょっと待ちなさい」


「クレマリア様、何か?」

 思わぬ横槍に名探偵が顔をしかめる。


「確かに、エマさんはアリバイもなく、厨房でも怪しまれないでしょう。でも

それだけじゃ、決定的な証拠とは言えないわね」


「何ですって!? 他に容疑者が居ないのですわよ? クレマリア様」

「いるわ。もう1人だけ、厨房に自由に出入りが出来て、怪しまれない人物が」


「一体誰が犯人だと仰いますの?」

 瞠目する名探偵。


「その人物……真の怪人xは……」

 クレマリアがゆっくりと指を犯人へ向け、言った。


「あなたよ!! シャルロット!!」

「な、何ですって!?」


 シャルロットが半歩後ずさり、カラスに襲われたフクロウの様な表情で

クレマリアを凝視する。

 

「シャルロット……いえ怪人X。あなたは、恐らく普段から時々厨房へ出入りし、

味見と称してツマミ食いをしていた。それで疑われないのをいい事に、巧妙に

他人に容疑を向け罪を擦り付けた。招待した本人が、犯人である筈がないという

思い込みも利用してね。」


「し、証拠はあるんですの!?」


「証拠ならあるわ。そう、あなたの顔にね」


「な、何ですって!?」


 獲物の急所を狙う肉食獣のような眼を、シャルロットに向けるクレマリア。


「あなたの口元の周りに付いているのは……マカロンの破片じゃなくて?」


「えっ!?」

 シャルロットが思わず、口元へ手をやる。


「おっと、触らないでね。貴重な証拠だから」

 クレマリアが釘を刺す。


「う……こ、これは付けボクロよ! 色付きのね……お洒落でしょう?」


「フフ、そう言うと思ったわ。ちょっと失礼するわよ」

 おもむろにマカロンを1つ手に取った。


「エマさん、悪いけどレオナルドを連れてきて下さるかしら」

「……かしこまりました」



 暫くして、レオナルドが連れてこられた。


「ガウガウ」

「レ、レオナルドに何をさせるおつもり?」

 シャルロットの顔が歪む。


「レオナルド、これを食べなさい」

 と言って、クレマリアは持っていたマカロンを差し出す。


「ああ、貴重なマカロンが……」

 シャルロットが嘆く。

「ガウガウ」

 

 レオナルドがあっという間にマカロンを平らげると、クレマリアは

シャルロットの口元を指差して言った。


「フフ、レオナルド。あそこに付いているマカロンも舐めていいわよ」

「ガウ♪」

「い、嫌、来ないで。私の初めてはジェラールに……」

 

 しゃがみ込んで必死に両手で口元をガードするシャルロット。


「あなた達キスもまだだったの? 丁度いいわ。さあ、レオナルド思う存分

ペロペロして差し上げて!」

「ガウ!」


「い、いやあああーっ! わ、私がやりました! つい出来心で……許して

下さいませ」

 口を両手で守りながら、顔を背け自白する。


「フフ。レオナルド、辞めなさい。代わりの物をあげるから」

「ガウ」


「さて、どういう事なのかしら? 迷探偵さん」


「……最初は、ほんの味見のつもりでしたの。でも美味し過ぎててつい……

気付けば5個も食べてしまって……」


「まぁ、最初から分かってたけどな」

 ジェラールが言う。


「お嬢様……」

 エマは視線を落とし、目を瞑る。


「これで一件落着ね。さあ、マカロンを頂きましょう。そうだ、ミミとイゴール

も呼んできて頂戴」


「エマさんも、食べるといいよ。疑われたのだから」

 ジェラールが言う。

「え……でも」

 

「いいから、いいから」

「はい。ありがとうございます」

 最初は遠慮がちだったエマも、美味しく頂いた。

 

「レオナルドもお食べなさい」

「ガウ♪」

 

 レオナルドは凄い勢いでマカロンを平らげていく。


「ミミとイゴールも、お食べ」

 合流したばかりの2匹の前にもマカロンが差し出され、マカロンに噛り付いた。


「ニャーニャー♪」

「ワンワン♪」


「あの……私の分は……?」

 シャルロットが、この世の終わりのような悲しい顔で訴える。


「うん、確かに美味しいわね。ジェラール、何か聞こえまして?」

「いや、何も聞こえなかったな」


 みるみるうちにマカロンが減っていく。


「私も、マカロン食べたい……」

 マカロンを堪能する皆を、指を咥え切なげな目で見つめるシャルロット。


 マカロンを食べ終えて、口を拭き終わったジェラールが言った。

「エマさん、ロベール家へ来ないか? 悪いようにはしないよ」


「ありがとうございます。ロベール侯爵閣下」

 一陣の迷いもなく頭を下げるエマ。


「え、エマ嘘でしょ……」

 シャルロットが、真夏に降る雪を見たような顔で固まる。


 続けてジェラールが言った。

「ああそうだ。実はシャルロットに近々婚約を申し込もうかと思っていたの

だが、その案は破棄した方が良さそうだな。」


「ジェラール様……そ、そんな……」

 倒れそうになるシャルロット。

 遊戯後のブランコのように体が揺れている。


 お嬢様をなんとか元気づけねば、執事セバスチオンは動いた。


「お嬢様、大変お待たせ致しました」


「え? マカロンがまだあったの?」

 ブランコの揺れがピタリと止まる。


「最高に新鮮なエスカルゴでございます。お嬢様。」


「エ、エスカル!?」


 シャルロットはテーブルに突っ伏した。




 


 






 







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