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④ 変態の過去



「そう、鬼沢マサクニ。奴は自らの魔力で変態異世界を創り出し、主人公に嫌がらせをしては喜んでいる、とんでもない変態死神男なのです!」


 阿部さんが、険しい顔つきで語気を強めた。



「奴の手口は毎回、ほぼ同じ。まずは結界を張り、主人公を閉じ込めます。そして、主人公に散々嫌がらせを繰り返した後、文章をグチャグチャ、変態化させます。そうなると、主人公は文字化けの波に飲まれ消えてしまうのです。くわえて、読者も《この作者、頭おかしくなったぞ》と思い、読むのをやめてしまいます。一生懸命、小説を書いている作者からしたら、ほとほと迷惑な奴なのですよ!」


 確かに、本当に迷惑な人……。


 私は心底そう思った。



「因みにですが、奴は物語に出てくるキャラクターを、怪物に変えたりもします」


 怪物?


 私は、千葉先生の事を思い出した。


 あんな恐ろしい姿になってしまったのは、あのマサクニの仕業だったのだ。



「でも……」


 不意に疑問が湧き上がる。


「どうして、そのマサクニという人は、小説を変態化させるんですか?」



「それは……復讐です」


「復讐?」


 阿部さんの神妙な面持ちに、私は少し背筋を伸ばした。


「……ええ。かつてマサクニは、小説家を目指していました。しかし、新人賞に応募するも、全て一次選考で落選しました。五十年間それを繰り返した後、ついに彼の怒りは頂点に達しました。その結果、小説を破壊する死神へと変貌してしまったのです。それからというもの、この世に存在する数百万、数千万とある小説の中へと入り込んでは、話を変態化させ、メチャクチャにしてきたのです」


「……そうなんですか。五十年も書き続けて、一次選考も通らないというのは、やっぱり難しい純文学を書いたからですよね?」


 阿部さんは目を閉じた後、ゆっくりと首を左右に振った。



「……いえ、官能小説です」


「えっ⁉︎」



「……それもSMの話ばかり」


「えええっ⁉︎」



「……しかも執筆中は全裸で、三角木馬に乗っています」


「ええええええーーー⁉︎」



「……さらに両方の乳首に、洗濯バサミを……」


「わわっ、もう聞きたくないよ! 完全に変態だよ!」



「とにかく! そういう経緯で、マサクニは全ての小説を変態化させないと、気が済まないのです! きっと奴は、この小説が正常に戻った事に気付いて、再びここへ戻ってくるでしょう」


「また来るんですか? 本当にしつこいなぁ……。あ、でも、もう大丈夫ですよね。阿部さんが、あのマサクニって人を、やっつけてくれるんですよね?」



 阿部さんは、自信に満ちた笑みを浮かべ、きっぱりと言い切った。


「……無理‼︎」


「ええっ、なんでですか!」



「僕は、おかしくなった文章を元に戻す能力はありますが、あれほど強大な魔力を持ったマサクニには、流石に歯がたちません! 足元にも及びません!」


「ダメじゃん!」


 黙って聞いていた茜が、仰け反った。




 すると阿部さんが、私達に向けて掌を向けた。


「心配ご無用!」と言い、胸の内ポケットから金色の液体が入った、怪しい小瓶を取り出した。



「何ですか、その気味悪い瓶……」


 私は嫌悪感を抱きながら、問いかけた。



「これは闘神水と言われる、僕の生まれ故郷で古くから伝わる、聖水です」


「それで……?」



「これを飲めば、一時的に超人的な力を発揮出来る! ……らしい」


「らしい⁉︎」



「いや本当に、飲めば必ずマサクニを倒せる! ……と願う」


「願う⁉︎」



 思わずツッコミを入れる私に、阿部さんが小瓶を近づけてきた。


 悪徳セールスマンの様な笑みを作りながら、ポンと小瓶の蓋を取る。


「いやっ……!」


 私は逃げ出したくなった。



「いいから、いいから。ほらっ、騙されたと思って。飲んでみて下さい!」


「うわっ、ちょっ、くさ、臭いですよ! 色といい、これオシッコじゃないんですか?」



「大丈夫ですよ、ほら僕を信じて、一気に!」


「臭い、息が出来ないっ!」



 見るに見かねた茜が、私達の間を割いた。


「ちょっと阿部さん、やめなよ! 春香が嫌がってるじゃん!」


 そう言って茜は、阿部さんの持つ小瓶を取り上げた。



「……私が飲むよ」


「えっ? 茜、いいの? 凄い刺激臭だよ」


「でも強くなれるんでしょう? 私、強くなりたい! それで、あのジジイをやっつけたい!」


「でも……」



 パチパチパチ……。


 阿部さんが、感心した様子で拍手をする。


「いやぁ、さすがです! 茜さん……でしたっけ? 君は見どころがあります! さあ、一気に飲み干して! ほら!」



 茜は、一つ深い呼吸をすると、覚悟を決めゴクリと飲み干した。


「うわっ、何これ! にっが! オエッ!」


「だから言ったでしょ、茜!」



「オエッ、吐きそう! これオシッコだよ! 絶対にオシッ……、うう……ううう……」


「茜、大丈夫? えっ何? 死ぬの? 死んじゃうの、茜?」


「……ううぅ……うおぉぉぉーー‼︎」




     |

   \\|//

ー ー カッ‼︎ ー ー

   //|\\

     |




 茜の身体から、七色の光が放たれた。


 同時に、茜を軸に渦巻き状の強風が吹き荒れる。


 私は乱れた長い髪と、めくれそうなスカートを押さえながら、茜を見た。



 彼女はオレンジ色のオーラを発しながら、五十センチほど宙に浮いていた。


 足元には、薄っすらとクレーターが出来ている。



「す……凄い……」


 異次元の力を持った茜に、私は驚愕した。



「ほーら、言ったでしょ? 彼女、強そうでしょう?」


 阿部さんが鼻の穴を膨らまし、興奮気味に言う。


「まあ、強そうですけど……」



「いやぁ、それにしても凄いなぁ。闘神水を飲むとこうなるのか。初めて見たなぁ……写真撮って、後で村の連中に自慢しよ」


 阿部さんはスマホを取り出すと、茜を撮影し始めた。



「えっ? ちょっと待って。もしかして、その闘神水って、誰も飲んだ事がないんですか?」


 パシャパシャと撮影する阿部さんが、こちらを見ずに口元を緩めた。


「……ははは。飲むわけないでしょう。あんな小便みたいなもの」


「えっ! ひどーい! それを飲ませたんですか?」


「でも、これでマサクニと対等に、いや、それ以上に闘えるはずですから!」



 画像保存した阿部さんは、スマートフォンをポケットにしまった。


 そして、宙に浮かぶ茜へと近づく。



「さあ、茜さん、念力を使ってみて下さい」


「念力?」と茜。


「ええ、巨大な物体でも、自由自在に動かせる事が出来ます。持ち上げたい物に掌を向けて、念じてみて下さい」



 茜は阿部さんの言葉に従い、掌をかざした。


 その先には、赤い三角コーンがある。


 茜がフンと唸ると、それは五メール程の高さへと浮かび上がった。



「わぁっ、凄い!」


 私は思わず叫んだ。



 茜も、驚きと嬉しさに満ちた顔をしている。


「では次に、マサクニをやっつける究極の技を教えますね」


「えっ、究極の技?」


 茜が阿部さんを見て、フッと力を抜いた。


 そのため、浮遊していた三角コーンが重力を手に入れて、落ちてきた。



 ——バコンッ‼︎



「ウギャー‼︎」


 三角コーンは見事に、阿部さんの頭に当たった。


 それも先端の尖った部分が、脳天に直撃したのだ。



「痛いぃ! 痛いぃぃぃ!」


 阿部さんは頭を押さえて、地面を転がり回った。


 茜は「あ、ごめーん」と、反省の色なし謝罪。



 私は悶絶する阿部さんへと駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか?」


「う、うーん……なんのこれしき……それより早く、究極の技を茜さんに教えないと……マサクニが戻ってくる前に……」



 涙目の阿部さんは、頭をさすりながら起き上がった。


「茜さん、ピストルのように人差し指を突き出してみて下さい」


「え? こう?」


 茜が人を指差すようにして、手を伸ばした。



「死神消滅ビーム、と叫んで、指先からビームが飛び出すイメージを持ってみて下さい」


「えっ? こう? 死神消滅ビーム!」



「ウギャーーーー‼︎」


 青い光線が、阿部さんへと命中した!



 バリバリバリッ!


 電流が流れ、阿部さんは前後に痙攣し始めた。



「あ、ごめーん阿部さん!」


「ごめーんじゃないですよぉぉ! なんで僕に向けて撃つんですか……あう……ゥゥゥ……」




 ャ

   ァ

    ァ

     ァ

     ァ

      ァ

     ァ

     ァ

    ァ

   ァ

   ・




 阿部さんは炎に包まれると、最後はフッと灰になって消えてしまった。


 しーんと静寂。


 焦げ臭い中、私達は目を点にして立ち尽くした。



「し……死んじゃったね」と私。



 ——死んどらんわッ——


 阿部さんの声がした。


「あ、阿部さん? どこ?」と、キョロキョロする茜。



 ——僕は死神ではありませんから、この攻撃では死にませんよ。ただ身体が消滅してしまったので、元いた場所に帰ります。君達は協力して、なんとかマサクニをやっつけて下さいね——


「任せて、阿部さん!」


 茜が力強く拳を握った。



 ——頼みました……よ……——


 阿部さんの声が、遠退いていく。


 その気配が完全に消えると、茜は厳しい表情になった。



「阿部さんが消えちゃった……。許せない、絶対に許せない! 阿部さんのカタキは、必ず取るからね!」


「いや、阿部さんを消したのは茜だよ……」






つづく……

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