為政者に恋は
「ベアトリス・リゼ・ローゼンダーク!
貴様の振る舞いは王族に相応しくない!
もはや我慢の限界だ!
貴様との婚約をこの場で破棄してくれるわ!!」
それは、王族主催の夜会にて起こった出来事。
ウィンブル王朝の終わりの始まりを告げるトドメの咆哮。
第二王子により婚約破棄された公爵令嬢は自身の最後を悟り震える手足を隠して微笑む。
次の瞬間、公爵令嬢の身体は複数の刃により貫かれた。
◆◆◆◆◆
最初のきっかけは、辺境に住む男爵家の令嬢だった。
勉強が出来て領民にも分け隔てなく接する令嬢。
男爵は多少の無理をして娘を王都にある貴族学校に入学させた。
良い婿を捕まえて王都の進んだ知識を携えて帰ってくる事を願って。
第二王子の目に留まるのはもはや必然だった。
貴族社会において令嬢は異端すぎたのだ。
化粧っ気もなく喜怒哀楽をはっきり示して遠慮を知らない。
言葉一つ動作一つに意味を見出し見出されてきた王子の生活において、令嬢との一時は癒しだった。
どんどんのめり込んでいく王子に側近である公爵子息も騎士団近衛隊長の子息も最初は良い顔をしなかった。
だがしかし、男爵令嬢の素朴さと素直さに毒気を抜かれて2人の逢瀬を黙認し始めた。
第二王子と男爵令嬢の仲が良くなるにつれて周りは静かに騒がしくなる。
第二王子の婚約者である侯爵令嬢は本人達に忠告をして煙たがられた。
侯爵系当主は王家に注意してほしいといっても、やんわり注意するだけでそれ以上何もしなかった。
王家は王族の権威を信用しすぎていて、その程度の事に手を煩わす貴族をうるさく思い事態を軽くみていたのだ。
適度な障害を乗り越えて火を灯す2人の恋。
ついには抱きしめ合いキスを交わす目撃証言まで出てくる。
身分違いの背徳感が恋を最大限にまで燃え上げる。
もはや止めれば止めるほどに加速していく域にまで達した愛に味方が現れた。
教会勢力である。
『故郷から遠く離れた地にて頑張る令嬢を応援したい』等聞こえの良い理由を並び立て男爵令嬢の後援に収まった。
教会にとって男爵令嬢が王子の妾にでもなれば人気、発言力共に期待出来る程度の一手間。
王族にとっても力を持ちすぎてきた貴族達よりもまだ教会に良い顔した方が良い程度の認識。
しかし初恋を見守ってくれる身内や友人、乗り越えろと言わんばかりの貴族達からの障害、味方になってくれる民(教会)という特大の燃料を得て燃やす2人には、周りが見えていなかった。
2人が主人公の物語の中に入り込んでしまっていた。
王族と教会が手を組み貴族を蔑ろにし始めた。
貴族達の認識はこうだった。
第一王子が妻と仲睦まじければまだマシだったかもしれないが、第一王子は有能で仕事人間すぎた。
妻との交流も子作りも義務として仕事の内としてしまっていた第一王子にも貴族達は密かに不安を感じていたのだ。
そこへ第二王子の婚約者を侮辱するに等しい行為。
抗議の声をあげてもロクな対応をしない王族とそれを支援し始めた教会。
危機感を持った貴族達は派閥の壁を超えて一丸となり始めていた。
婚約破棄を願い出ても拒否される。
拒否するクセに婚約者を貶し煙たがる王子。
王族と貴族の狭間に立たされたベアトリスは疲れていた。
地を這う煙の如く足元から迫り上がる滅びの空気に心身共に冷たくなっていく感覚。
学園での卒業式では独りだった。
本来ならば第二王子のエスコートにより卒業パーティーに参加するハズなのだが、独りで入場し独りで王子の婚約者席に座り独りで幸せそうに男爵令嬢と踊る王子を見つめていた。
時折王子と目が合えば指を指され嘲る笑いを向けられた。
婚約者を辞める事が出来ず貴族達から遠巻きに見られ王族からは嘲笑され、ベアトリスは淑女としてのナニカを壊した。
学生の卒業と貴族社会に本格的に入る若者達の前途を祝う夜会。
毎年恒例の王族主催の夜会。
ベアトリスは騎士に目配せをした後第二王子の近くへと行った。
案の定王子はシッシッと虫を払うかのような仕草と共に「目障りだ」とありがたいお言葉。
ベアトリスは持っていたお酒の瓶を王子の隣にいる男爵令嬢に振りかぶり力一杯振り下ろした。
割れる飴細工。何が起こったか分からない男爵令嬢と唖然とした後怒りに震える王子。
「挑発する」と聞いていたがその手段にびっくりする貴族達。
「冗談です。良かったですね、本当の瓶ではなくて。」
ニッコリと言い放ては第二王子から手加減抜きの拳が頬に飛んでくる。
そして、いとも容易く告げられる終わりを始める咆哮。
「ベアトリス・リゼ・ローゼンダーク!
貴様の振る舞いは王族に相応しくない!
もはや我慢の限界だ!
貴様との婚約をこの場で破棄してくれるわ!!」
ベアトリスは精一杯の虚勢をはり立ち上がり地獄へ堕ちろとジェスチャーする。
計画通り王子は更に激昂し「こいつをひっ捕らえろ!!」と騎士に命ずる。
ベアトリスはせめて痛みを感じぬウチに死にたいと思いながらも、目の前のコイツにだけは涙を見せてやらないとニッコリ笑う。
手足の震えは止まらない。
人の迫る気配。
微かな金属音。
衝撃と共に噴き出す剣と赤色。
ベアトリスの最後の景色は、自分の喉から出た剣とその先にある驚愕と恐怖とベアトリスの血を張り付けた王子の顔だった。
大義名分を欲していた貴族達にベアトリスの提案はまさに福音であった。
高位貴族の令嬢の血が流れれば充分大義は成る。
そして行われたベアトリスの盛大な自殺。
淑女を求められ淑女として生きてきたその生き様を個人の感情により穢されたベアトリスの最初で最後の命を張った反抗。
王族の命とはいえ守るべき者に手をかけたとして騎士達も自害していく。
血塗られたパーティー会場に男爵令嬢の悲鳴が響く。
王は混乱しながらも事態の把握をしようとした。
把握出来ない間に広がっていく王族批判。
王は自身の持つ絶対な権力が崩れていく音が聞こえるようだった。
事前に王子の周りには計画を知っていた貴族で囲っていたので第二王子や男爵令嬢がイイワケをしても王子が騎士に命令してベアトリスを殺した事実は覆らない。
そもそも、近衛騎士含めて軍部にまで見放された王族に未来なんてありはしなかった。
ウィンブル王朝の顛末はすぐに隣国にまで広がった。
王族と教会上層部と男爵令嬢の公開処刑はとある侯爵令嬢の悲劇と共に喧伝され、民は思い思いの石を持ち一人一人丁寧にじっくりと嬲られる罪人という娯楽を楽しんだ。
政治的空白は驚くほど少なく、教会も地方に飛ばされていた腐っていない者を中心とすることで混乱は最小限に抑えられた。
後の歴史学者は言う。
ウィンブル王朝の崩壊は、貴族達の保身が遂に国すら滅ぼしたという歴史的事件で、そのきっかけは身分違いの恋とありきたりな火種だった為、その時代の貴族がどれだけ誇り高く傲慢であったかが計り知れると。
そして恋が争いの火種になるのがありきたりなこの時代の為政者に、恋や愛という感情を知るのは早すぎたのではないか、と。