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76 愛し子に祝福を

(ここは…私はまた水の中にいるの…)


セリーヌは以前眠りについていた時の事を思い出した。


ゆらゆらと揺れる水面がずいぶんと遠くに見える。


(あぁ、私はこれで役目を終えたのね)


なぜだかわからないが、ここがあの湖の底なのだとわかる。


水の動きと共に揺れる体がフワフワと流れのままに漂っている。


『セリーヌよ、我の器よ』


(女神様?)


『そうだ』


(私は役目を果たせましたでしょうか)


『いいや、お前では役不足だ。だから我がこの箱と共にこの湖で眠ろう』


(どういうことですか?)


『どうもこうもない、お前は戻ってこの湖の穢れを浄化するのだ。そして他の者と共に生きるがいい』


(ですが…)


『グズグズするな、こうしてる間にも漏れ出てしまった穢が湖から川に流れ出てしまえば手遅れになるぞ』


それを聞いて恐ろしい事態を想像してしまう。


『あぁ、それからお前の髪飾りを使わせてもらった』


よく見ると、古びた箱を封じるようにあの髪飾りが箱の留め具になっているではないか。


『もう我が人間の中で生まれ変わる事はない。この先はお前達がこの世界を守ってゆくのだ。いつか人間がその覚悟を持てるまでと思っていた。やっとその言葉をあの王太子の口から聞くことができた』


あやつならこの国も世界も治める事ができるだろうと呟いた。


(女神様…)


『迎えが来たぞ』


一瞬だけセリーヌの前に女神が姿を現した。


その姿は何よりも美しく慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。


ー愛し子たちに祝福をー


そう聞こえた気がするが、目を開けるとそこには今にも泣き出しそうなアルフレッドの顔があった。


「アルフレッド様…」


アルフレッドは何度もセリーヌの名を呼びながら、抱きしめるその体が小刻みに震えている。


「セリーヌっ…」


戻ってきたのだ。


もう二度と会えないと思っていたアルフレッドの腕の中に。


生きていることを確認するかの様にセリーヌも強く抱きしめ返した。


気づけばアルフレッドは全身ずぶ濡れではないか。


「アルフレッド様が私を湖の底から助けて下さったのですか?」


「あぁ、女神様とその様に話していたからな。しかしセリーヌが目を開けるまで生きた心地がしなかった」


セリーヌが無事であった事が夢ではないのだと確かめるようにじっと見つめている。


(はぁ…何て綺麗なのかしら)


髪が後ろにかきあげられ、アルフレッドの美しい顔がよく見える。


このような状況なのにため息が出るほど、うっとりと見つめてしまう。


ふっとアルフレッドの顔が綻ぶ。


「今まで自分の容姿をあまり好きにはなれなかったのだが、今はこの顔に生まれて良かったと心から思うよ」


セリーヌは恥ずかしくなり両手で頬を覆った。


「私、また顔に出ていましたか?」


いつもの光景だ。


笑い合っている二人を、呆れと安堵の入り混じった顔でミオーネとダニエルが涙を浮かべて見守っていた。


「二人の甘々な世界を邪魔して悪いけど、まだ終わってないよ」


シモンの一声で我に返る。


「そうですわ、今どのような状況ですか?」


アルフレッドにも緊張感が戻った。


「今はわが国の騎士団と、エストルネ国の精鋭部隊が川へ流れる水を堰き止めながら、両国の魔術師達が懸命に呪われた水を浄化しようと試みている」


事は一刻を争うようだ。


「わかりました、私が浄化いたします」


女神から最後に与えられた力なのだと皆に説明しながら急いで立ち上がり、湖に向けて手をかざした。


(女神様、私しっかり役目を果たします)


一つ深呼吸をし、全身に漲る力を手に集中させる。


セリーヌの全身から純白の光が放たれ、それは次第に湖全体を覆い尽くした。


強く眩しい光が弾けると光の残像で寸の間、誰も動けずにいた。


気がつけば少しずつ空が明るくなり始めている。


段々と日の出により、湖面がキラキラと輝き始めた。まるで散りばめられた宝石のように。


「これで終わりましたわ」


セリーヌの言葉に歓喜の声があがった。


ほっとしたと同時に倒れ込むセリーヌをアルフレッドが抱きとめた。


「さすがに魔力が空っぽです」


ふふっと笑ってアルフレッドに体を預ける。


(あら?私、まだ起きているわ…)


こんなになるまで力を使ったのに眠っていないのは、セリーヌが強くなったからなのか、それとも女神が何か施してくれたのだろうか。


「セリーヌ?」


アルフレッドが心配そうに顔を覗き込んできた。


「私は大丈夫です」


笑ってみせると、アルフレッドはゆっくりとセリーヌの肩に顔を埋めた。


常に冷静なアルフレッドだが、やはりその肩には計り知れない重圧と不安がのしかかっていたのだろう。


そんなアルフレッドが愛おしくなり、肩に乗っている頭を優しくあやす様に撫でると、アルフレッドのはにかんだ笑顔を見ることができた。


意識はあるものの、もう体を動かす力も残っていないセリーヌをアルフレッドが抱き上げる。


「あのっ、アルフレッド様!それはちょっと…」


「どうした?」


「私重いですしっ、こんな人前で恥ずかしいですっ」


「僕達の事はここにいる皆が知っている、今更だろう?」


「そうですが…そうではなくっ」


しどろもどろで答えるが、体が動かないセリーヌはアルフレッドの成すがままだ。


恥ずかしがるセリーヌを愛でながら嬉しそうに歩き出す。


周りを見渡すと、ダニエルが騎士団の指揮を取り、皆が後始末に慌ただしく動き回っている。


見ればマークとショウキはもう抵抗する様子もなく大人しく捕らえられていた。


ヴィクトリアは保護されているが放心状態である。今回王太子の命を脅かしたとして大罪を犯したのだから処罰は免れない。


そして、この一連の首謀者であるウォルトナーの頭首である司教と、ヴィクトリアの執事の姿はどこにも無い。


セリーヌはここで大事な事を思い出す。


「おばあ様っ、あのっおばあ様は?」


クリスティアの姿を探してセリーヌは慌てて祖母を呼ぶ。


「私はここよ」


クリスティアが宮殿から出てきた。


「まぁまぁ、殿下に抱き上げられて。立派な淑女になるにはまだまだね」


と言いながらも、嬉しそうにセリーヌを抱えるアルフレッドごと抱きしめる。


「おばあ様!呪いは解けたのですね!本当に良かった…」


安心から涙が溢れ出す。


「あなたのおかげよ。ありがとう。よく頑張ったわね」


大好きな尊敬する祖母に頭を撫でられると、幼い頃に戻ったようで声を上げて泣くことになってしまった。


よくやく涙が止まった頃、ずっとセリーヌを抱えているアルフレッドにも申し訳ないからと、宮殿の中で下ろして欲しいと頼んでみたが、アルフレッドの方はセリーヌを離す気はないらしい。


二人のやり取りを見兼ねたクリスティアにマルグリット邸に戻って休むよう言われ、ミオーネも共に一度戻ることにした。


「アルフレッド様、少しだけ湖を見せて頂けませんか?」


アルフレッドは察したようで


「わかった」


と理由を聞くことなくセリーヌを湖の方へ向けた。


(女神様…今までずっと守って下さって本当にありがとうございました。これからはこの世界の人々が平和に暮らせるよう守っていきます)


心の中で女神に誓いを立てる。


「私も命を懸けて守ると誓います」


アルフレッドもセリーヌに続いて誓いを立て、ミオーネは胸の前で手を組み祈りを捧げた。


そして三人は一足先にアルフレッドの移動魔法でマルグリット邸へと戻った。






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